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マチアプで出会った龍族のチャラい男と強制結婚式挙げさせられる。

 ──その人を見た瞬間に、苦手だな、と彼女は思った。


 彼女に長く恋人がいなかったのは、仕事に打ち込んでいたためでも、趣味にのめり込んでいたためでもない。

 ただただ自堕落に、何かを変えようと思うこともなく毎日をすごしていたに過ぎないだけだった。

 そんな中でふと人恋しい夜があったのだけれど、そんな夜に連絡できる男なんて一人もいなくて、自身の交友関係の少なさを思い知るとともに、むくむくと湧き出てきたのはそんな夜に寄り添ってくれる相手が欲しいという欲求。

 悲しくて涙も出てきてしまって、数本の酒を飲み干して酔った勢いでマッチングアプリを初めてダウンロードし、アプリに言われるがまま男を右に何人もスワイプしていく。好みだとかは考えずに手当たり次第だ。

 しばらくすると「マッチしました!」というポップアップとともに、一人の男とマッチしたというメッセージがでてきた。

「うわ」

 思わず声が出てしまった女は、眉を顰める。

 画面に映っていたのは、金髪で色白。気だるげな感じでこちらを見つめる、大学生くらいの細身の男だった。

 間違えた、と思ってどうしようと考えている間に、ぴこん、と通知音が鳴る。

『初めまして! お姉さんすごい好みだったでマッチできてうれしいです! よかったら仲良くしましょ~』

 彼女は特に何も考えずにスワイプしていただけなのでそのメッセージを見た瞬間、どうしようか、と困惑した。

 本当ならば黒髪で体格のいい男が好きだし、年上で男らしい人が彼女は好きだった。

 このまま何も返信せずにそのまま放置しておこう、と彼女は思った。

 けれども、そうしたら今まで通りで何も変わらないじゃないかと、指をぴたりと止める。

 数か月前の友人たち数名の集まりのことを思い出したのだ。

 周りの友人たちは結婚していたり、子どもがいたり、そうじゃなくても同棲していたり、長く付き合っている恋人がいたりと、人生の新たなステージへ進み始めている人たちばかり。

 いないのは彼女だけで、友人と話す場になると、みんながそんな話題になって置いてかれるのは彼女のほうだった。

 そんなことばかりで友達付き合いも少なくなり、休日は家に籠ることの方が最近はずっと多くなってしまった。

 だからこそ一歩踏み出して始めたのに、ここで引いたら負けなんじゃないかと彼女は画面の中の金髪男を眺めつつ、しばし悶々と酒の入った頭で考えた。

 そして数十分かけてやっと「初めまして」とその青年にメッセージを送り返したのだった。


 ***

 

「あ、いたいた。おねえさぁん」

 すぐに終わるだろうと思っていたやり取りは、青年のメッセージの上手さからか、毎日続いた。

 趣味のこと、仕事のこと、生活のこと、友人のこと。

 アパレル系の専門学校に通っているのだと言う青年は、親が厳しくて早く結婚しろと言われているのだと電話でため息をつきながら語った。

 人懐こく、話も上手い青年とのやり取りは彼女の心を潤し、その結果、青年から会わない? と言われたときに「いいよ」と即答してしまったのは彼女の方であった。

 異性とこうやって二人で出かけるなんていつぶりだろうか、そんなことを思いながら無意識に前髪を直し、シンプルなワンピースを着た自身を見下ろしながら、集合時間の五分ほど前に、その声は彼女に向かってかけられた。

 彼女が振り向いた先、立っていたのは写真通りの金髪で、伊達眼鏡と派手な柄で鮮やかな色のシャツを着た、気だるげな雰囲気の美しい青年であった。

「えっと、アプリで約束した……」

 普段全くと言っていいほど関わらない人種が目の前にいて思わずじろじろと眺めまわしてしまった彼女は、はっと我に返ったあと恐る恐る声をかける。

「ウン、そう。逢えてうれしいな、よろしくねぇ」

 彼女よりいくつも下であろうその青年は、女のことを見るとやけに赤い唇ににっこりと笑みを浮かべた。

 けれども、彼女はその容姿に見惚れるよりも、青年が着ていた派手な柄のシャツから覗く手を見て、ぎょっとした表情を見せる。

「……龍族?」

 なぜなら、青年の両腕の肘から先は薄い青の鱗がびっしりと覆っていて、藍色の長い爪が青年の頬を掻いていたからだ。

 また、青年の尾骨の辺りからは地面に付くほどの、同じく鱗に覆われた長い尾がゆらゆらとまるでこちらを揶揄っているかのように揺れている。

 女の視線を感じて、青年は小さく首を傾げた。

「うん、そぉ。嫌だった?」

「別に、そういうわけではないけど……」

 なんで、とは思った。

 龍族がどうしてこんなところにいるのか、彼女は不思議でしょうがなかったのだ。

 龍族はこの国の建国に関わった存在とされ、特権階級の生き物だ。

 彼らはプライドが高くて、血統主義で、美しく、普通の人間が人生で彼らに関わる可能性はないに等しい。

 そんな男がなぜマッチングアプリなんてものをやって、こうして特別容姿がいいわけでもなく、名声や権力があるわけでもない普通の女と会っているのかわけがわからなかった。

「そう? じゃあ行こ! 俺ね、おねぇさんとどこ行くか色々考えたんだぁ」

 聞きたいことは山ほどあったけど、彼女が口を開くよりも先に青年は彼女の手を取ってずかずかとどこかへ歩き出す。

 通行人が、青年の腕や尾を見てぎょっとした表情を浮かべるけれども、青年が気にした様子はない。

 この国で龍族に許可なく無礼に話しかけたり、撮影なんてしようものなら重い罪に問われることになる。

 繋がれた手は人の体温よりも少し低い。

 会ってすぐに手を繋ぐのはどうなのかと思いながらも、青年の背で揺れる大きな尾を見て黙り込んだ彼女に、青年は「楽しみだねぇ」とへらへらとした笑みを浮かべた。


 ***

 

「おねぇさん、次はいつ空いてる?」

 そんな誘いが来たのは、青年と二回ほど会った日の夜のこと。

 所詮、特権階級のお坊ちゃまが庶民と一度遊びたいだけなのだろうと思っていた彼女は、青年から声をかけられたことに心底驚いた。

 確かに会話はそれなりに弾んだ覚えもある。

 色々考えたという青年の言葉通り、彼女の好みを聞いて考えられたデートプランはとても楽しく過ごすことができた。

 けれども、いくら話が合おうと、会話が盛り上がろうと、彼女はこの龍族の青年と会うのは一度きりにしようと思っていたのだった。


 ──だって、さすがにあり得ないでしょ。龍族よ龍族!


 知り合いに「マッチングアプリで龍族の男とマッチしてデートしてる」と言ったところで、誰もが信じるわけがないと彼女は自嘲する。

 どうせなら普通に交際ができる恋人がほしいと思った一人目の相手がこれである。

 ただの記念であればいいが、交際相手として考えるにはあまりに現実味も将来性もない相手に、彼女はある意味自分の運の良さを呪うばかりであった。

 それに加えて、周りの人たちからの好奇の視線に晒されながら出かけるというのは、一般人である彼女にとってはなかなかの心労を伴うものであったのだ。

 しかし、彼女が一度目のデートのあと、やんわりとお断りの連絡を入れるよりも先に、青年は丁寧にいかに今日が楽しかったか、そして次の具体的な日程をどうするかを聞いてくるものだから、彼女は言い出すタイミングを逃してしまったのだった。

 そんな中で始まった二回目のデートでは、青年は変わらず彼女を「おねぇさん」と呼びながら、予約したのだというおしゃれなカフェに彼女を連れて行くと、世間話をしながら嬉しそうに長い尾で彼女の足元を撫で、眼鏡越しに金色の瞳で彼女を覗き込む。

 それは龍族特有の仕草なのか、本人の性格の問題なのか、一回目よりもやけに距離の近いその様子に彼女は戸惑った。

「えっと、何?」

「ン? おねぇさんに逢えてうれしいなぁ~って思って」

 思わす彼女が問いかけた言葉に、青年は顔色一つ変えずににっこりと笑いながら返答する。

 いかにも慣れてます、といったその態度に、彼女はなんとなく合点がいく。

 

 ──さては私のこと女友達だと思ってる?


 確かに、龍族といえどもこの青年は友人が多そうなタイプでもあるし、女友達もおそらくたくさんいるだろう。

 その中の珍しい一般人枠として可愛がられているのだと思えば、彼女は自然と納得できた。

 この龍族の美しい青年も、きっと自分のことを遊び相手として見ているに違いない。きっと時間が経過すれば飽きるだろう。

 そして彼女にとってもこの人懐こい年下の龍族の青年はもはや、恋人候補というよりも、毎日やり取りのできる気安い男友達のような相手として見ていたのだ。

 そう考えると、なんだか気分がすっきりした彼女はこの話を数年後の飲み会のネタにしようと青年に「私もあなたに逢えて嬉しい」と微笑み返す。

 途端、真顔になった青年の表情に気づかぬまま、おすすめだというフルーツタルトに舌鼓を打ったのだった。

 

 ***


 二回会ってからも相変わらず青年からの連絡は途絶えることはなかった。

 それどころか彼女が数時間返信をしないと「寂しい」「忙しいの?」なんて追いメッセージが何通も来る始末。

 独占欲の高い彼女を持ったらこんな感じなのだろうかと思いつつ、随分懐かれたものだと思いながら、彼女はその時マッチングアプリで出逢った他の人とのやり取りを優先し、龍族の青年に対して少し距離を置いていた。

 そんな中で、青年が突然電話をかけてきたのだ。

「おねぇさんのこといいところに連れってあげる!」

 どこか焦ったような声で彼女と出かける予定をなんとか取り付けようとする姿に、どこに? と思わず彼女が聞いても秘密と言い、詳しい場所を彼女に教えることはなかった。

 そのことに彼女は訝しんだものの、電話口で「ねぇ、お願い」と甘えたような声を出されてしまうと、なんだかんだ青年のことを可愛い弟のように思えてきた彼女は無下にすることはできず、一週間ほど先に再度会うことになったのだ。

 

 何かのサプライズだろうかと思いながらも彼女が待ち合わせ場所である公園に向かうと既に青年はその場所に居て、そわそわした様子で長い尾を揺らしている。

 彼女がやって来たのを見つけると、青年はぱっと顔を輝かせ急ぎ足で駆け寄る。

「よかったぁ、来てくれて」

「まあ、それは。約束したからね。ところでいいところって──」

 彼女が言いかけると、青年は鱗の生えた手で彼女の手を取ってにっこりと笑う。

 そうすると、口の端から鋭い犬歯がちらりと覗く。

「そうそう! もうみんな待ってるから急がないと!」

「……みんな?」

 青年は強引に彼女の手を引くとずんずんと早足で歩き始める。

 そんな手に引かれながらあぁそういえば、と彼女はふと思い出した。

 確かこの辺りは龍の一族が住んでいる場所が近く、よくテレビでも祭典の様子などが放映される場所であった。

 青年が指定した待ち合わせ場所は国営の公園。

 龍の一族は結婚式などの大事な一族の行事は全てここで行うのだと、以前どこかで読んだことがあった。

 事実、その日も公園は何かお祭りが行われているのか、派手な色の飾りや花々がいたるところに置かれており、まるで今にも式か何かが始まりそうな雰囲気。

 何か胸騒ぎがした彼女が、ねえ、どこに行くの? と前を歩く青年に再度聞こうとした時だった。

 

「──母上!」


 青年が一際きらびやかな飾りつけをされたテーブルの傍に居た女に向けて大きく声をあげて近づく。

 女性はその声にこちらを向くと、青年を見て目を輝かせ、優雅に扇子を開く。

「もう、遅いわ! すぐに支度をおし! 花嫁はちゃんと連れてきたのでしょうね?」

「連れてこなくてどうすんのぉ、いるよ。ほら見て! 俺のだよ!」

 青年は拗ねた声を出すと、彼女の腰をぐっと引いて、母上と呼んだ女にその顔を見せつける。

 彼女はその女性の顔を見て、思わず大きな声を上げそうになるのを咄嗟に堪えた。

「まぁまぁ、言いたいことはあるけれど、お前が連れてきたのならば文句はないわ」

 その女性は、青年とよく似た顔をしていた。

 青年よりも長い尾を揺らし、鮮やかな色の鱗の生えた手を挙げに当てて彼女をじっと見つめる。

 

「では、早く式を始めましょう! 我が家の可愛い三男坊の結婚式ですもの!」

 

 彼女は、その女性の顔を知っていた。

 国の式典で、龍族の一族の代表として連れてこられる現当主の妻。

 まごうことなき、直系の家系の一番偉い人の一人だ。

「え、あ、」

 ──こいつが?

 彼女は顔が青ざめるのを感じた。彼女の腰を抱いたまま朗らかに笑っている青年の顔を恐る恐る見上げる。

 いくら龍族といえど、その末端なのだと勘違いしていたのだ。それを、今この女性は何と言った?

 名家の、直系の三男坊?

 だって、マッチングアプリなんかして女を漁っているようなやつに、そんなのがいるわけないと思っていたのだ。

「まあまあ! あの子がこんな可愛い子を連れてくるなんてねえ」

「よかったわあ、心配してたのよ」

 青年の声を聞きつけたのか、周りから嬉しそうな声をあげながら人が集まってくる。

 皆、尾と鱗の生えた龍族の者たちだ。彼ら彼女らは、青年の背を叩き口々に「おめでとう」と言い、青年はその言葉を聞いて照れくさそうにお礼を返す。

「さぁ、花嫁さん。あなたも早く支度をして。衣装に着替えなければ」

 召使らしき者たちが数名、彼女を取り囲む。

 呆然とする間にずるずると引きずられてあっという間に重い衣装に着替えさせられ、化粧を施されると、口々に「素敵ね」などと声がかかる。

「さぁ花嫁さん。旦那様がお待ちですよ」

 衣装を引きずりながら、何が起こっているのかもわからずに彼女が連れてこられた先は、まるで披露宴会場のような場所。

 そこには、彼女と同じく豪奢な衣装に身を包んだ青年が佇んでいて、そんな青年と彼女を取り囲むように、多くの参列者が見つめていた。

 彼女の姿を見た青年は眼鏡をしてない瞳を細め、鱗の生えた手をゆっくりと彼女に伸ばす。

 

「幸せになろうね、おねぇさん」


 ──なによ、これ。

 

「こ、来ないでっ!」

 彼女は伸ばされた青年の手を、悲鳴を上げて強引に払いのけた。

「なんでこんなことするの!?」

「……え?」

「ふざけてるの!? 意味わかんない! 何よ結婚式って、こんなの聞いてない! あ、あなたと──」

 絶叫するように言い放った彼女は、重い衣装の上着を投げ捨てる。

 

「結婚なんて、するわけないでしょ!?」

 

 そして、周りの人々がざわつく中、それをかき分けて彼女は走り出した。

「ねぇ! 待って、待ってよ !  どこに行くの? まだ式の途中だよ? あ、もしかして体調が悪い?」

 後ろから青年の驚いた声が聞こえたが、彼女は足を止めることはなかった。

 一刻も早くこの場所から逃げなければ、ただ頭にあるのはそれだけだった。

 恋人がほしいだけだったのに、寂しかっただけだったのに!

 龍族は結婚相手に人間を娶ると聞いたことはあった。そして産まれてくる子どもは必ず龍なのだと。

 あの青年も、親に結婚を急かされていると言っていた。その相手を探しているとも。


 ──だからといって、会ってたったの三回目、しかも相手は龍族の名門一家の三男坊が、なんで私を?


 履かされた高い下駄を投げ捨てて、一心不乱に走り続けて彼女は民家の路地に入っていた。

 時刻は夕暮れ、橙色の光が道を照らしている。この辺りは古い家が並んでいて、人通りも少ない。

 そんな中、走りつかれて息が切れた彼女は民家の壁に寄りかかって、息を整える。

 ここまでくれば大丈夫だろう、明日から何事もなかったかのように日常に戻って、恋人探しはしばらく休もう。

 しばらくしたらあの青年も諦めるだろう。きっと何かの間違いだったと気づくに違いない。

 は、となぜか笑いがこみあげてきて、彼女はよろよろと立ち上がる。とにかく家に帰ろうと足を踏み出したその時だった。

 

「──ごめん、ねえごめんって」

 

 からん、とどこからか下駄の鳴る音が聞こえる。

「いきなりで驚かせちゃったよね? 喜んでくれると思ったんだぁ」

 からん、ころん、からん、ころん。

 下駄の音は町中に響いて、どこからやってきているのかわからない。彼女は咄嗟に自分の口を手で覆う。

「ねえ、やり直そう。もっとちゃんと覚えるし、考えるよ、人間が好きなもの」

 それは動物の唸り声にも聞こえた。

 喉の奥から絞り出すような、悲痛な声。大事なものを奪われたような、そんな声。


「──だからほら、出てきてよ。おねぇさん」


 また、結婚式をしよう。

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