女子社員たちには、バレている。
今日の俺、いつも通り社員ダイニングで、昼飯タイムだな、いつもとは違う特別製らしい弁当を食している。
昨日、カミさんと娘が見に行った映画により、感化されたであろう弁当だ。
「美味、美味!」と食うのが正解らしいが、映画ネタがわかってない俺。
映画ネタ関係なしに、カミさんの弁当は美味い!
大人気の映画らしいが、流行り物に疎い俺は、よくわかっていない。我孫子みたいな名前の人が人気らしい。千葉県の話なのか?
「お、イトちゃん、今日のお弁当もしかしてー?」
この声は宮原。いつものポジション(パーテーションを隔てた俺の後ろ)に今日も座っているようだ。俺もいつも通りの場所だけど。
伊藤のお弁当に、何やら興味を示している。
なんだか、映画の弁当の真似が流行っているから、伊藤もそのクチだろうか。
「ふふふっ、昨日ツーリングしてきてゲットした峠釜ごはん屋の期間限定デザイン!」
あ、そっちか。って、限定? そんなのあるんだ。
「そんでさ、どしたの?」
え、伊藤にまだ何かあるのか?
「え、何が?」
ん? 本人もよくわかっていないぞ。
「なんか、思い出し笑いみたいなのしてたじゃん、午前中」
「あ、バレてた?」
そうなのか。俺は午前中、会議ばっかりで、デスクにいなかったからなぁ。
「いやぁ、旦那って、隠し事がすっごく下手くそでさ」
「えっ、隠し事!? な、なんか見つけちゃったの!?」
宮原がすごくびっくりしている割に、伊藤は笑っているから、そんな深刻なことじゃないのかな……。
それとも、深刻すぎて、もう突き抜けた挙句、悟りを開いた状態なのか……?!
「うん、旦那がこっそりと『ぷーにゃ』の限定スニーカー買ったみたいなのよ」
「へ?」
へ?
「別に何買っても、生活費さえちゃんと出すなら、お互い干渉しないし。でも、世間話程度に、コレ買うわーとか、伝えたりするのよね、うち」
「うん、うちも似たような感じだからわかるよ。でも、それ、隠す事……??」
「知られたくないみたいよ? クローゼットの下に置いて、畳んだ服をスニーカーの箱に積んで、こっそり隠していたもの」
なんでだ?? 別に買い物に反対されたわけでもないのに、スニーカー隠しちゃうんだ??
「多分、色がピンクだからかしら……」
「あははは、そーゆーことかー」
……つまり、伊藤さん(旦那)は、限定スニーカーが欲しかったけど、ピンク色を買ったことを言うのが恥ずかしいと言うことか。
若干気持ちがわかるけど。俺のようなおっさんだと、ピンクは女の子の色って、染み付いちゃっているんだよな。
ちょっとだけ年下の伊藤さんも、似たようなものだろうな。
「買う前に、次のツーリングはいつ行くのか聞いてきたり、その日の天気を積極的に調べたりしてくれてね。ツーリング日和だって教えてくれてたわ。毎日。多分、ツーリングしてきた昨日を、受け取り日に指定したんだと思うわ」
「でも、イトちゃんにすぐバレてるんだね」
「旦那が風呂入っている間に、私が洗濯物畳んでいたもの」
「それで、バレてないって思ってるの? 旦那さん」
「うん」
あっ、伊藤さん……詰めが甘い。どころか、普段気を遣わない人なんだから、天気調べてツーリング日和なのとかお伝えする時点で怪しまれるよな。
普段と違うことすると、女性はかなりの確率で気づくぞ。
特に意識しちゃうと、行動が変になるらしいんだよな。俺もカミさんにバレた。
やましいことをしていたわけじゃない。
昔、営業成績が良くて、歩合のほか寸志が現金で入った時があって、その時にカミさんが欲しがっていたバッグをこっそり買って帰ったんだ。
営業の外回りで直帰できる日かつ、カミさんが買い物に行っている時間に、ササッと帰って、寝室に隠しておいた。
いつ渡そうかと、そわそわしていたんだろうな。平静を装っていたつもりでも、なんかいつもと違うと、カミさんが勘付いて、問い詰められた。
俺もやましいことがあるわけじゃないし、カミさんが欲しがっていたものだから、堂々渡したかったが、子供には普段、誕生日・クリスマス以外プレゼントは無いって状態だから、サプライズプレゼントを母親だけって、見せにくいからな。
子供が寝た後に、ちゃんと説明して受け取ってもらえたし、バッグが丈夫なのか、いまだに使ってくれている。
「別に怒ることでも笑うことでも無いのに、なんで隠すのかしらって、思い出すとおかしくなっちゃって……」
「確かにねー。うちの旦那も普段は「このゲーム買っていい?」とか聞くし、自分の金なんだから好きにしろよってツッコミ入れるけど、聞かない時はコソコソそわそわしてるー」
「その時って、何買ってたの?」
「ふふふ、それはね『ニャディダス』の限定パーカー」
なんで隠すんだ?! 隠していたらせっかく買ったもの、着れないだろ……。
ってか、ほんとに行動似てるな、宮原家・伊藤家の旦那……。
「ニャディダスの限定って、確か猫耳付きよね」
「そそ! イトちゃんよく知ってるね」
「バイク乗る時、スポーツ用のインナー着るから、通販で買っていると、この商品を見た人にオススメのやつで、限定パーカー出てきたのよ」
「なるほど。あれは印象に残るもんね」
「印象に残るから、隠したかったのかもね」
「なるほどー。別にアイツが猫耳パーカー着てても気にしないけどなー」
え、宮原が気にしないのに、旦那はめっちゃ気にするんだ?!
それにしても、よくそんな変化に気づくよな。きっと些細なもの程度のはずなのに……。
「普段、気遣いゼロの旦那が気遣い始めると、隠し事の合図って感じなのよね」
「わかるわかる。別に隠したいなら隠せばいいのに、後ろめたさがあるのか、こっちの様子を窺おうとするんだよねー」
その結果が普段しない気遣いをやりだすから、バレバレにってことだよな。
……普段から、気遣いした上で、コミュニケーション取れば、隠す必要無いものって判断できるだろうに。
「なんか、アレだねー。うちらもやってみる?」
「何を?」
宮原は何に挑戦する気なんだ?
「ちょっとプチ贅沢な買い物して、旦那に言わず過ごすの」
「宮ちゃん、すでにしてるでしょ。にゃっぷるウォッチ買っても気づかないじゃん、ジンミヤのやつ……」
「あっ、そうだ! アイツ未だに気付いていない!」
宮原の旦那が人事部所属で、人事部の宮原だったっけか……。俺もそう呼ぼうかな。
って、にゃっぷるウォッチに気づかないって、どんだけ見てないんだよ!?
そもそも、隠す気持ちとか無い感じに思えるから、へんにソワソワ過ごしてはいないだろうが。
「かくいう私も、にゃっぷるタブレット買ったけど、家に置いてあるけど、一切気づかれてません」
「えーーーー?! デカいじゃん!」
えーーーー!! なんで気づかないの?!
ジンミヤ、伊藤さん……周りってか、自分の妻のまわりこと見て無さすぎ……。
あ、でも俺も、カミさんが服を新調しても気づかないのは、たびたびあるんだよな……。
けど、スマートウォッチやタブレットは、流石に気づくよ……。っても、家族構成とかの家庭環境異なるから、比べるのは違うかもしれんが。
そうは言っても、うちの場合……おっ、カミさんからLINNEメッセ。
――スマホ、機種変していい? すぐ、電源ぷつぷつ切れるようになっちゃった。
あ、はい。変えてください。それ、2ヶ月前から言ってますよね。今日変えてきてください。
こんな風に家計の兼ね合いもあり、事前に相談がある。
いいよ――っと、返信。
10分後
――じゃあ、週末ショップに連れてって。
絶対に、電源おちてましたよね?!
いま、週始めだからっ!!
こうなったら、娘にメッセージだ。――お母さん、スマホなかなか変えようとしないから、ショップに連れてってくれ。――
これでよし。
娘は、たしか創立記念日だか振替休日で、学校休みだったはず。
――いいよ。お土産にフォーチュンワンのアイス買っていい?
これに、OKの返信だ。
――ぺペイペイにお小遣いよろしく。
っかーーー! ちゃっかりしてる。まぁ、カミさんの機種変付き添い手間賃込みってコトだな。送金っと。
――行ってくるわ。パパはクッキークリームとラムネソーダでいいよね。
あ……いつも、俺が買うアイス覚えていてくれてる。
見てる人は、ちゃんと見てるんだな。年齢・性別関係なく。――よろしく。――っと返信。
家族がきちんと自分を見てくれてるって、嬉しいな、やっぱ。