記憶と梅雨と期末試験
女の子が二人でおしゃべりをしている。
「いっしょに……ろうよ」
「ち……ちゃん……てるの?」
「お……んの……借りて……」
前に見た夢と同じ二人だ。少しだけ会話が聞こえた。
約一週間ぶりに見た不思議な夢は気になったけど、今日は月曜だったので朝はバタバタして考えている時間はなかった。
トモちゃんと学校に行って授業を受けてアサミちゃんも加わっておしゃべりして。
授業が終わった後は掃除当番やって部室に顔を出して。
いつも通りの学校生活だったが一つだけ違うことがあった。ユウちゃんがいつもほど楽しそうではなかったのだ。何か考え事でもしているように見えた。
「会いたい人のこと、少し思い出したよ」
帰宅後、タローの散歩中に話してくれた。
「ちいちゃんっていうお友達」
夜は寝ているというユウちゃんは、夢を見ることがあるらしい。昨日見た夢がきっかけで思い出したそうだ。
「どんな子?」
「ポニーテールで元気のいい子で…一緒に写真撮った、かな」
ポニーテールの元気のいい子、どこかで見たような気がする。
写真のことは昨日のプリ●クラがきっかけで思い出したのかな。
記憶を取り戻すのはたぶんいいことだ。だけど今回もユウちゃんは元気がなさそうに見える。少しずつしか思い出せないのがもどかしいのだろうか。
「帰ったらいっしょにドーナツ食べよう」
「え?」
「昨日のドーナツ、半分こしよう」
「私食べられないよ?」
「気持ちの問題! もとはユウちゃんのだから」
この流れでドーナツとか意味不明な気もする。でもあのドーナツはユウちゃんの分だし。いるかどうかわからないお墓や仏壇にお供物するんだから、幽霊本人にあげたっていいじゃない。
トオコにとってユウちゃんのいる生活が当たり前になっていった。いっしょに学校いっていっしょにタローの散歩して自室でおしゃべりして。
そんな生活の中でユウちゃんが昔のこと思い出すことがあった。きっかけは些細なことだ。
国語の授業で習った有名な作家が書いた有名な作品。トオコはタイトル聞いたことあるな、くらいの知識だったけどユウちゃんは中身も知っていた。その作品だけでなくトオコがタイトルだけ知っているレベルの有名作品(ただし昭和以前のもの)は結構読んだことがあるらしい。
「教科書にそんなたくさん載ってないよね、本好きなの?」
「うん、よく読んでたみたい」
最後に『みたい』とつくあたり完全に思い出した訳ではないようだ。
「じゃあさ、作者の気持ちとかわかる?よくテストに出るやつ」
トオコはこの手の問題が苦手だ。答えを聞いてもイマイチ納得がいかない。
「作者の気持ちかあ。楽しく読めればいいんじゃないかな」
その意見にはトオコも賛成である。あんまり本読まないけど。
女の子が二人で話している。
「……ちゃんはいろんな本読んでるんだね」
「他にすることないから。ち…ちゃんの…楽しそうでいいなあ」
あの夢だ、前より二人の会話が聞き取れる。
今日ユウちゃんと本の話したっけ。夢の中の女の子も本好きとそうでない子のようだ。
本好きの女の子がユウちゃんに似ているように見えた。本が好きという共通点のせいだろうか。
もう一人の子も誰かに似ている気がする。誰だろう。
ある日の夕方、トオコはお母さんからちょっとしたお遣いを頼まれた。
「タローの散歩行くとき回覧板持っていってね。上のおばあちゃんち」
遠野家より少し高い場所におばあさんが一人暮らしをしている家がある。坂の上のおばあちゃんの家、が略されて上のおばあちゃんちになった。トオコのおばあちゃんよりもだいぶ年上らしい。
上のおばあちゃんち、はタローの散歩コースからちょっと外れる。タローは散歩が長くなる分には構わないが、トオコとしては遠回りは嬉しくない。今日雨降ってるし。
「なんで今日かなあ、せめて曇りの日にして欲しいよ」
雨に濡れても気にしないタローと雨に濡れないユウちゃんと普通に雨が嫌なトオコで散歩と回覧板のお遣いである。
「紫陽花キレイだねえ」
と言ったのはユウちゃん。普段の散歩コースには紫陽花は咲いていない。上のおばあちゃんちにはキレイな紫陽花がある。
雨の遠回りも悪くないか。
玄関のチャイムを押して大きめの声で呼びかける。お年寄りだし耳が遠いのだ。少し待つと奥の部屋から上のおばあちゃんが出てきたので回覧板を渡す。
「トオコちゃんありがとうね。はいこれ」
お駄賃がわりのお菓子をもらった。飴玉とかおせんべいとか。
家に帰ってからあらためてお菓子をみるといつもより多かった。これは二人分?
タローの分なわけないしまさかユウちゃんの分だったりしないよね。
ジメジメした梅雨が明けないうちに期末試験が近づいてきた。
日程や各教科の出題範囲が発表される。試験に向けて勉強しなければ。試験勉強なしでいいほど普段からしているわけでもなければ、試験なんてどうでもいいと言えるほど不真面目でもない。
「試験飛ばして夏休み来ないかな」
なんてありえないことを言ってみる。
「だよねー、でも夏休みは夏期講習あるんだよね」
アサミちゃんは二年になったタイミングで塾に通い始めた。その塾の夏期講習にも参加するらしい。
「夏期講習かあ」
「やっぱ塾とか行った方がいいのかな」
トオコとトモちゃんは塾には通っていない。来年の受験を考えるとそろそろ行かせてもらったほうがいいのかも。
でもその前に目の前の期末試験である。
トオコが宿題や勉強している時間はユウちゃんは静かにしている。期末試験が近づくにつれてトオコの勉強時間が増えてきたのでその分会話が減っていた。
勉強しているトオコを見ながらユウちゃんは考える。
こんな風に試験勉強をしたことあったっけ。いろんな本を読んだのは思い出したけど教科書や問題集で勉強した、という記憶はない。思い出せないだけだろうか。
少し前に思い出した友達のちいちゃん。よくおしゃべりをして楽しかった。でもトオコがトモちゃんアサミちゃんと過ごしているような日常、学校生活や街へ遊びへ行ったりというような記憶はない。これも思い出せないだけだろうか。
「やっとテスト終わったー」
あとは夏休みを待つばかり、といきたいが試験の返却と通知表が待っている。
それでも試験前に比べると解放感がある。勉強の時間も元に戻ったのでユウちゃんとの会話も増える。
「お疲れさまー」
見た目は学生だけど幽霊なので試験のなかったユウちゃん。勉強はどうだったのだろう。
「ユウちゃん得意科目なんだった?」
トオコが試験勉強している間に思い出そうとしたけど結局思い出せなかったことの一つだ。
「ん〜本は読んでたから国語かなあ。歴史かも」
歴史小説もいくつか読んだことがあった。学校の試験で点数になるかはわからないけど。
ユウちゃんは嘘にならない程度に誤魔化した。トオコは返事が曖昧なのは記憶が完全には戻っていないからと受け取った。
試験前と同じように何気ない会話を続ける。こんな日常が続くのかな、と思うトオコ。一方ユウちゃんは……。




