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私は聖女じゃない、もう聖女なんか生まれない

作者: 満原こもじ

 聖女とは大いなる力と慈悲を併せ持つ、清らかな乙女のこと。

 無論社会的地位は大変に高く、聖女を詐称するという事件は歴史上何度も起きていた。

 しかし今回の一件は一風変わっていた。


「私は聖女なんかじゃありません!」

「ナセラ嬢はウソを吐いている!」


 何と原告の聖輝教会が平民の少女ナセラを聖女と認めているのにも拘らず、被告のナセラがそれを否定するというものだからだ。

 聖輝教会の大祭司とナセラが主張し合う。


「ナセラ嬢が秘密にしようとも、祝福を使ったという証言がいくつもある! 祝福ですぞ? 聖女以外に使えたという報告のない技です」

「その方達は祝福を見たことがあるんですか? ありませんよね? だって聖女は一〇〇年も現れていないんですから」


 一般に一〇歳の洗礼式の際に、人は神から何らかの啓示を受ける。

 聖女ならばそう言い渡されるのだ。

 ナセラの言う通り、聖女は一〇〇年以上も出現していない。


「祝福ではないと言い張るのか? 裁判の場で偽証は罪になりますぞ!」

「言い張りはしませんけど……」

「それ見なさい! 祝福を使えると自供したも同然じゃあないかね」

「祝福か祝福でないかを判別する術がないと言っているのです」

「ナセラ嬢は治癒も浄化も破魔も結界も使えるではないか」

「その程度の術を使える者は大勢おりますよ」

「全てを使える者なんかおらん!」

「私がいるじゃないですか」

「だから聖女だと言っておるのではないか!」

「とにかく私は聖女ではありません! 私は知っているのです!」


 ナセラが知っているのは当然だ。

 洗礼式の際に神から何らかの啓示を受けたのだろうから。

 果たしてナセラは聖女の啓示を受けていたのか、そうでないのかが争点になるだろう。


 ただ神から何を授かったのかは重要な個人情報だ。

 親子や夫婦であっても言わないことがあるくらい。


 一方でナセラが聖女であるとの啓示を受けていないのでも、特に問題はないはずだった。

 聖輝教会が認めていて、かつ聖女に値する能力を持つのならば。

 どうしてナセラは頑なに聖女であることを拒否するのだろうか?

 皆に尊敬されていい生活が送れるだろうに。


          ◇


 ――――――――――ナセラ視点。


「だから聖女だと言っておるのではないか!」

「とにかく私は聖女ではありません! 私は知っているのです!」


 私は聖女なんかじゃないわ。

 そんな啓示は受けなかったもの。

 私はウソなんか吐いてない。


 大体私は俗っぽい。

 聖女らしい高潔さなんてこれっぽっちも持ち合わせていない。

 品行方正にしてろなんて困ってしまう。

 こういう考え方だから私は……なんだ。


 聖輝教会の魂胆なんか見え透いているわ。

 信仰を高めるために、聖女という象徴が欲しいだけ。

 私はお飾りの聖女になんかなりたくない。

 そもそも私は聖女じゃない。


 聖女になればいい生活ができるんじゃないかって?

 そうかもね。

 でも私は今だって悪くない生活してるわよ。

 だってケガの治療とかで儲けているもの。


 聖女に祭り上げられれば確かに尊敬は受けるかもしれない。

 王子様と知り合ったりできるかもね。

 でも私は見かけだけ華やかな生活なんて望んでないの。

 私は私のやりたいように生きていく。


 おまけに聖女になると、やることなすことに一々茶々入れられるんでしょう?

 聖女らしくしなさいって。

 私は自分が自堕落なことを知ってるし、ガタガタ小言を言われるのは嫌い。

 おいしいものをたくさん食べたいし、勤勉でもないし、決められた相手じゃなくて自分で選んだ恋をしたいの。


 傍聴席でアランがハラハラしているわ。

 でも大丈夫。

 あなたとの仲を邪魔なんかさせない。


「裁判長、このままでは埒が明きません。ナセラ嬢が受けた啓示の内容がわかれば、すべては決着するのです。啓示を開示する魔道具の使用許可をください」


 啓示を開示する魔道具?

 何だ、そんな便利なものがあるのね。


「却下します。聖輝教会側の言い分だと、ナセラ嬢の受けた啓示が何であれ、相応しい能力があれば聖女と認定したいようではありませんか。であれば啓示を開示する意味がないです。重要な個人情報である啓示の公表は認められません」

「ぐっ……」

「裁判長、私でしたら啓示の内容を開示しても構いません」

「何と?」

「代わりに私が聖女であるという啓示でなかった場合、聖輝教会の訴えというか、要望を取り下げる確約をください」

「ナセラ嬢が聖女であるという啓示でなかった場合、聖輝教会がこれ以上ナセラ嬢に積極的に関わることを禁じます。これでいいですか?」

「結構です」

「聖輝教会は今の条件を神に誓えますか?」

「神に誓います!」

「啓示を明らかにする魔道具をこれへ」


          ◇


 ――――――――――ナセラの恋人アラン視点。


 ああ、ハラハラする。

 ナセラは国教の聖輝教会に盾突いたりして。


 確かに僕はナセラを愛している。

 ナセラが聖女認定されたりしたら、間違いなく離れ離れになるだろう。

 でもナセラの幸せを考えたら?

 僕は身を引くべきなんじゃないか?

 

「裁判長、私でしたら啓示の内容を開示しても構いません」

「何と?」


 あっ、ナセラは本気だ。

 決着をつけようとしている。

 でもナセラの受けた啓示は、明らかになっちゃまずいんじゃないの?

 僕は恋人だからって教えてもらったけど……。


「代わりに私が聖女であるという啓示でなかった場合、聖輝教会の訴えというか、要望を取り下げる確約をください」


 一字一句繰り返してみる。

 うん、ナセラらしくないトラップだな。

 これが認められればナセラは解放されるかもしれない。


 でも聖輝教会は間違いなくごねるぞ?

 陪審員や判事はどういう判断を下すだろう?

 ああ、神様!


「ナセラ嬢が聖女であるという啓示でなかった場合、聖輝教会がこれ以上ナセラ嬢に積極的に関わることを禁じます。これでいいですか?」

「結構です」

「聖輝教会は今の条件を神に誓えますか?」

「神に誓います!」

「啓示を明らかにする魔道具をこれへ」


 通った!

 これ理屈ではナセラに分がありそうだけど、心情的には聖輝教会に傾くかも。

 水晶玉みたいなものが運ばれてきた。

 あれが啓示を明らかにする魔道具か。


「ナセラ嬢。このオーブに手を当ててください」

「はい」


 ナセラが手を当てると、荘厳な声が会場に響く。

 本来は自分にしか聞こえない神の声だが、啓示を受けた者の記憶から音声化する仕組みのようだ。


『ナセラはシン・聖女である』

「皆さん、聞きましたか? ナセラ嬢は聖女なのです!」

「違います! 私はシン・聖女です! 聖女ではありません!」


 裁判の会場がざわめく。

 予想はできてたけど。

 皆が困惑しているのだ。

 聖女とシン・聖女、何が違うんだ? という感覚なのだろう。

 僕はナセラから説明を受けているが……。


「シン・聖女というのは寡聞にして存じませなんだが、聖女の一種でありましょう。現にナセラ嬢は聖女にしか用いることのできない技を使えます!」

「違います。私はあくまでもシン・聖女であって、聖女ではありません!」

「詭弁に過ぎませぬ! ナセラ嬢は聖女です!」

「聖女ではありません!」


 思っていたよりナセラの旗色が悪い。

 しかし……。


「……私は聖女に相応しくないのです」

「何故そのようなことを。回復にしても浄化にしても、ナセラ嬢の技は見事! 立派に民を救っております!」

「技だけです……そう仰るのは『シン』の意味を御存じないからです」


          ◇


 ――――――――――ナセラ視点。


「……私は聖女に相応しくないのです」

「何故そのようなことを。回復にしても浄化にしても、ナセラ嬢の技は見事! 立派に民を救っております!」

「技だけです……そう仰るのは『シン』の意味を御存じないからです」


 たとえ私がシン・聖女と知っても、聖女みたいなものだろうとゴリ押してくるんじゃないかとは思ってた。

 ここで逆転してやるわ!

 大祭司猊下が問うてくる。


「『シン』とは何なのです?」


 かかった!


「それは……個人情報なので」

「裁判長。『シン』の意味はこの訴えの帰結に重要な情報と考えます」

「原告の要求を是とします。被告ナセラ嬢、『シン』の意味を教えていただけますか?」

「『シン』とは……『罪』を意味する古語なのです」

「罪?」

「ですから私は聖女に相応しくないと……」


 顔を伏せ、『罪』が意味するところが浸透してくるのを待つ。

 演技だけど。


「裁判長、発言よろしいでしょうか?」

「許可します」

「『シン』が『罪』を意味する古語というのは本当です」

「私もそう記憶しています」


 判事と陪審からサポートが入った。

 いいぞいいぞ。

 大祭司猊下が呆然として呟く。


「……つまり、シン・聖女とは罪ある聖女? 罪深き聖女?」

「その通りです」


 私は聖女っぽい技を使えるかもしれない。

 でも聖女なんてムリだよ。

 だって私は俗な女だもん。

 ずぼらだし、ぐうたらだし、だだくさだし、いい加減だもん。

 だから神様も聖女じゃなくて、シン・聖女にしてくれたんだと思う。

 神様わかってる。


「罪深き……聖女……」

「はい。ですから私に聖女は務まらないのです」


 おーおー、大祭司猊下が頭抱えてるわ。

 どうせ聖輝教会は私を看板にしたかっただけだろうからな。

 『罪深き』はマイナスイメージが大きいだろ。


「言い分は出揃ったように思えます。原告、被告、これ以上言いたいことがありますか」

「ありませぬ」

「ありません」

「判事と陪審で決を採ります。しばらくお待ちを」


 裁判長以下の皆さんが去っていく。


「ナセラ」

「アラン!」


 近付いてきた恋人のアランとハグする。

 ああ、落ち着くわ。

 私も慣れない戦いで、ちょっと気が張っていたのね。


「随分ぶっちゃけたね。よかったのかい?」

「精一杯やった結果だから仕方ないわ。でも私が勝った場合、慰謝料を請求しないとね。罪深きだなんて、イメージの低下だわ」

「ナセラはしっかりしているね」


 しっかりしてるよ。

 私は俗な女、シン・聖女だからね。


「ナセラはよかったのかい? その、聖輝教会に認められた聖女じゃなくて」

「構わないわ。だって私はアランが大事なんだもの」

「ああ、ナセラ!」


 心地良い温もりだわ。

 アランはとても優しいの。

 我が儘な私を包んでくれる。

 だから私の愛はアランのものなの。


 洗礼式でシン・聖女であるとの啓示を受けてから、私はずっと悩んでいた。

 聖女じゃないの?

 罪ってどういうこと?


 わかってた。

 私は聖女らしい技を使えるけど、性根はらしくないって。

 普通の女の子なんだもの。

 普通であることは罪なの?

 そこはわからない。


 アランに出会って初めて理解した。

 私がシン・聖女であって聖女ではない理由を。

 私は聖女らしくなくていい、自由に生きなさいってことなんだ。

 だから神様は私を聖女でなく、シン・聖女にしてくださった。


 一〇〇年も聖女が現れなかった理由。

 神様が矛盾を感じたからなんじゃないかなと、今では思っている。

 原罪なき人間はなく、生きていくことはそれだけで罪深いことなのに。

 聖女は模範であることを求められてしまうから。


 私は罪深きシン・聖女。

 理想と現実を照らし合わせた神様の実験作。

 多分これから聖女は生まれない。

 完璧な人間なんていないから。


 私がアランとの愛に生きるのも、神様の意図だと思うの。

 アランの背中に回した腕に力を込めた。


「ああ、裁判官と陪審員達が戻ってきたよ」

「ええ、私が自由を勝ち取る瞬間が近付いてきたわ」


 神様の思惑にも沿っているはずなの。

 聖女なんて矛盾を孕んだ存在を許さないことは。

 私がシン・聖女であることは。

 裁判官が声を張り上げる。


「静粛に!」


 静まる会場。

 さあ、判決は?


「各判事と各陪審員の意見は割れました。聖女とシン・聖女は違うという意見と、シン・聖女は聖女に含まれるという意見と」

「えっ?」


 予定と違う!

 あっ、大祭司猊下も複雑そうな表情を浮かべてる。

 わかる。

 もし勝っても罪深き聖女じゃ扱いに困るもんね。


「判事と陪審の意見は奇麗に真っ二つです。よって裁判長である本職の考えで判決を出します」


 げ、どうして?

 あれか、罪ある聖女は聖輝教会にダメージ与えたけど、判事と陪審にはあんまりってことか。

 戦術の失敗?

 でも他にやりようがあったかな?


「原告の聖輝教会、被告のナセラ嬢。ともに言い分に説得力がありました。このため、前提条件で判断を下しました」


 前提条件?

 ああ。


「ナセラ嬢が聖女であるという啓示でなかった場合、聖輝教会の要望を取り下げるという条件ですね。厳密に申せばナセラ嬢への啓示はシン・聖女であり、聖女ではありませんでした。ナセラ嬢が素直に啓示を公開したことも鑑み、ナセラ嬢の言い分を妥当と見ます!」


 やった、勝った!

 最後ヒヤヒヤしたけど!

 改めてアランと抱き合う。


「いやあ、やられてしまいましたな」

「大祭司猊下」


 もうサバサバした顔をしているね。

 ここは和解しておかねば。

 おそらくそれが神様の望み。


「ナセラ嬢に拘ることができなくなり申した」

「いえ、余計なことを考えなくてもいいんですよ」


 もう聖女として持ち上げる気は失せているだろうからね。


「私が聖女でなくシン・聖女なのは、神様のお考えだと思うのです」

「神の……御心が『シン』に含まれていると?」

「はい、何たって神様の啓示ですから」

「おお、そうでありました!」


 これで聖輝教会も、今や聖女というものが神様の意思に合わないから、シン・聖女が現れたという考え方になってくれるんじゃないかな?


「私は聖女ではありません。でも祝福など、私の術が必要な場面は喜んで協力させていただきますので」

「やあ、ありがたい!」


 大祭司猊下と握手する。


「ところで慰謝料についてですけど」

「え?」

「だって私は個人情報を暴露しなきゃいけなくなったんですよ? 罪ある、罪深きなんて恥ずかしいところまで」

「そ、それもそうですな」

「いえ、専属契約料だと思ってもらえればいいですよ。私が力を貸した時は賃金をいただきますからね」

「……やはり聖女とは違う」


 シン・聖女だからね。

 アランとの愛を育むためにも、お金は必要なのだ。

 大祭司猊下が苦笑しながら言う。


「一つ、提案させていただいてよろしいですかな?」

「はい、何でしょう?」

「和解のしるしに祝福を見せていただけませんかな? なあに、タダとは申さん。そちらの男性との愛を祈らせてもらおう」


 おっと魅力的な提案が来ましたよ。

 アランと私の仲が正式に認められるのか。

 聖輝教会と和解の姿勢を見せておくこともプラスだわ。


「では、お願いします」

「あなたのお名前は?」

「アランです」

「アランよ、ナセラよ。二人で進み、二人で探し、二人で掴む魂でありますよう。同じ道を迷わず辿りますよう!」

「皆に祝福を!」


 裁判の会場が光に包まれた。

 裁判に参加した皆さんが一様に感心している。

 ああ、心が洗われるようだ。

 祝福を使ってよかった。


 ふとアランと目が合った。

 ……いつもより三割方いい男に見えるな。

 おでこにキスを落としてくれた。

 好き。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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― 新着の感想 ―
笑えましたw しかし、聖女になりたくないなら、 何で目立つようなことやったんだろうとか。 病院か何かで治療とか、 どれかの能力で普通に金稼いでいればよかっただろうにとか思いました。 この聖女、評判…
異世界語に詳しい裁判官だったら「「シン」とは「真」を意味する単語であり、彼女こそが真実の聖女である。」とか言い出して泥沼になってそう(笑)
罪の方の「Sin」だと分かった途端、頭の中をペットショップボーイズの「It's a sin」がグールグルですわ。
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