第3王子、危機一髪。
「くそっ、くそっくそっ!!」
彼はセシル•トランパーエル第3王子。
今日は、彼の婚約者、ロザリー•ハートウェスト公爵令嬢の誕生会であり、社交界での正式な婚約発表の場である。
そんなめでたい日に何故彼は怒り狂い、小声で侍従に当たり散らしているのか。
彼の、境遇から話そう。
彼は、唯一の正妃の息子だ。一昔前、小さな隣国から、友好国の証として人質のように送られてきた今の正妃は、かなり不安定な精神状態だった。母国では第6王女という王族の割に自由な立場だったのにもかかわらず、王族で唯一の未婚女性として、恋人と分かれさせられて大国に嫁がねばならなかったからだ。
重ねて不幸なことに、彼女は子を授からなかった。
大臣たちがしびれを切らして側室を迎えさせる程には。
彼女が嫁いで3年、側室を迎えて半年ほどの頃。側室は、男児を身ごもり出産した。
側妃が産んだ第1王子は驚くほどに優秀で、他に男児もいなかったことから、王太子は確実だろうと思われた。
さらにその翌年、側室はもう一人男児を身ごもったのだ。
大臣たちも
「代わりのストックまであれば安心だ」
と、正妃に無礼な態度を取ることが多くなり、正妃の仕事までも側室に取られていった。
周りからの嘲笑、焦り、そして不満。ギリギリの精神状態の中、吉報が走る。
嫁いで5年。遂に彼女は子供を身ごもった。
順序的には第3王子。しかし、彼女は自分の子が王になると信じて疑わなかった。
―――疑わなかったのだ。『これは天命だ』と。
変わるはずのない事実に人が努力するだろうか。
答えは簡単、するはずがない。
母である正妃に、そう言い聞かされて育ちろくな努力もしなかった第3王子セシルは、結果プライドばかりが高く能力の伴わない顔だけ男に育ってしまった。
そんなこともつゆ知らず、ロザリーはゾッとするほどの美しさをまとって会場に入場した。
まだ正式に婚約発表をしていないので兄、ロドリックのエスコートのもと、滑るように階段を降りる彼女を、いったいどう言葉にできようか。
その場の空気、音、目線。どれをとっても全てロザリーのもの。疑う余地のない圧倒的な美しさと強さに誰かが呟く。
「『傾国の赤い薔薇』……!」
原作では、贅沢ずきの浪費癖があるロザリーに向けられた、美しさと浪費癖の二重の意味をかけた皮肉じみた二つ名だが、今は違う。単純な『美』という強さがにじみ出る姿は、誇り高き紅薔薇に違いない。
(ァァァァァァア!!足ガックガクやが??生まれたての子鹿もビックリだよ!待って、落ち着け?このままだとロドリックの手ェ掴んだまま階段転げ落ちる。……あ!セシルいた!めっかわ!!!!!!えぇ……なんか侍従のセオドアたんと話してる……やっぱショタはいいよなぁ。原作では兄に劣等感覚えてるけど母親の期待に応えたいっていう健気さがいいんだよねえ!!!)
……誰が麗しい紅薔薇の脳内がキモオタだと思おうか。
その意味で、彼女の家庭教師はとんでもなく優秀だったことがうかがえる。
ロザリーはテンプレにならい、主催の挨拶を終えると真っ先にセシルの元へ向かう。この国では身分が上の人ほど早く扱わなければいけない。
「セシル王太子殿下、お久しゅう御座います。ハートウェスト公爵家が娘、ロザリー•ハートウェストで御座います。殿下におきましてはご機嫌いかがでしょうか。」
周りの大人が感嘆するほどの教科書の如きカーテシーと流れるような挨拶。
(中々いいんでない?頑張ったよ!せんせぇ!!!)
内心自慢げなロザリーとは対称的にセシルは終始しかめっ面だ。これはよくない。
(何ーー!何かよくないものでも食べた?そんなにしかめっ面だとこのパーティ楽しみじゃないです、この婚約は不満ですって意味になっちゃうよぉ!貴族社会って怖いんでしょ!!)
先生が言ってた!と思う反面、確かにこれなら原作ロザリーは殴るだろうとも納得していた。
ロザリーは原作でも優秀だったのだから、今回のロザリーと同じく帝王学なども学んだはず。そのうえでこの態度は付け入る隙がデカすぎる。もしかしたら、原作ビンタ(言葉殴り)はロザリーなりの激励なのかもしれない。
かたや大人びて、恐ろしいほどの美少女、かたや隙だらけの王族。あまりにもチグハグな姿に大人たちはどよめく。すると、数名の男たちが私たちを囲むように立ち並んだ。
「ロザリー様は宝石にご興味がおありかな?私の土地でいい宝石が採れましてなぁ……」
「あら、殿下にご挨拶もないんですの?……宝石といえばこちらのイヤリング。我が家の領地で採れたものですけども……価値はおわかりになる?」
「いやはや、お似合いの婚約者ですなぁ。二人が婚約した暁にはぜひうちの領地の酒を……」
「そういえば、エッドレンジ伯爵領ではお酒を飲んだ方々に病気が発見されたんだとか。……ご遠慮しときますわね。」
ころころと笑いながら地雷を踏まずに投げ返してゆく。
推しのアンチ達とのレスバを思えば屁でもない。
周りのおじさんたちがスゥッと引いていき、観客からクスクスと笑われているのが見える。ざまぁ。
「……お前は、人気者なんだな。」
「今のが人気に見えますの……?眼球の取り替えをお勧めしますわ………」
(やべぇ、レスバテンションで喋っちゃった。)
王族して、最低限も教育を受けず、わがまま放題で育ったセシルに、こんなことをいえばどうなるのか、火をみるより明らか。
案の定、殴りかかりにきたセシルに、やっぱりかと肩を落とす。
(あーー、これで殴るのはなくない?やばいよね。原作こんなじゃなかったんだよ?いい子でさぁ あっちでは俺様と弱気のギャップが可愛い、同人誌だと総受けタイプだったんですよ?それがこんなになっちゃって……
てか、兄様もだけどさ、殴りかかりに来るのってブームなの?何、『キスしないとでられない部屋』みたいな?ときめきもクソもねえよ?)
内心文句たらたらのまま、向かってくるセシルと逆に距離を詰める。自分とセシルの体で死角になる部分にドゴッと肘を入れる。綺麗に入った。
「まぁ!どなたかいらっしゃらない?セシル様が倒れてしまったわ!」
慌てて(フリをして)近衛兵を呼ぶ。
(まぁ、休憩室で要はなし合いかな。)
誰にもバレてないと思った渾身の死角エルボーは、父にバレていたらしく、ガン見されていた。
(お説教コース、確定演出もらいました―――……)
あとを覚悟しながらも、セシルに付き添い、会場をでた。
やはり、セシルはだめ男でしたね〜。
テンプレを踏襲する!といったからにはこれもやらなきゃなと思っておりました。
大変私事ではございますが、受験間近になってまいりましたので、更新が大変不定期&少なくなると思います。
受験が終わり次第本格的に書いて行こうと思っていますので、気長に☆とブックマークを押して待っていてくださると本当に嬉しいです。