美男美女と醜いケダモノ
「やはりお上手ですね。」
「授業で習いましたから。」
キラキラのシャンデリアとピカピカに磨かれた大理石の床。優美な音楽と麗しい一組の男女。
そこには貴族令嬢令息達の興味を引くに十分なものが揃っていた。
つい先程までブランシュ達に向けられていた羨望の眼差しは、あっという間にロザリー達に奪われる。
「あぁ、やはり『傾国の赤い薔薇』は違うなぁ。」
「学園でのお姿も格好良かったけれど、やはりドレス姿もお似合いね!」
「一度だけでも彼女の手を取りたいなぁ……振り払われるんだろうが。」
「ダグラス様と踊れるなんて……なんて羨ましいのかしら」
ヒソヒソと騒ぐ観衆達から上がる、嫉妬、羨望。
筆頭公爵家たるハートウェスト家の長女と波に乗り、経済面や外交面にて叙爵も間近とまことしやかに噂される憧れの的の辺境伯ロンド家の嫡男。
その2人の恋愛事情と、女性に手を挙げ、中身も伴わない身分だけの伽藍洞とたかだか元平民の女の噂。
どちらにお貴族様が食いつくかなぞ一目瞭然だった。
ロザリーの黒いドレスがとろりとした光沢を帯びて、くるくると回ると自然と目が釘付けになる。
アレキサンドライトの首飾りがシャンデリアの光を反射してより一層紅く輝いていた。
「あぁ、やはり美しい。貴方にはこのドレスが誰よりも似合うと思ったのですよ。現に男どもの視線が痛い。」
やれやれと肩をすくめて見せるダグラスに思わずロザリーは吹き出す。
「まぁこのドレスが?ありがとう。それよりレディ達の視線が痛いのはわたくしでしてよ……今度のお茶会でなんと言われるやら。」
溜まったもんじゃありませんわとロザリーも眉をハの字にして訴えた。
ダグラスは知らんぷりを決め込み、くるくるとロザリーを回す。ロザリーは当然のようにスカートの裾が一番綺麗に見えるように回り、ダンスを締めた。
ホールの中心から戻ると、ロドリックが不満げにしている。どうやら、私とダグラスがいなくなった途端に令嬢方に囲まれたらしい。
「……つか、れ、た……」
げっそりとやつれた顔でいうので呆れてしまう。
「あのねぇにいさま。わたくしが学園に来た理由覚えている?兄様の婚約者探しよ!!」
(男でもいいと思うよぉ!!)
「お前の方が早く婚約者決まりそうだけどなぁ……ぅ゙っ」
青白い顔のまま軽口を叩くので、使用人に頼んで休憩室に運ばせた。どうやら、ごった返したレディ達の香水の匂いが混じり気持ち悪くなったらしい。
兄、ロドリックが無事に別室へと向かうのを確認しました直後だった。事件が起きたのは。
「ロザリー•ハートウェスト!!貴様の悪事を今ここに晒す!!前にでよ!!」
煌びやかなパーティーの中、セシルのその言葉でパーティー会場は凍りついた。
勿論ロザリーも凍りついていた。
(何で……何で?本来の原作では、セシルとロザリーは婚約者だったし、なんなら断罪イベは卒業パーティーのハズ。今は期末パーティーだよ!?)
しかも原作で『婚約破棄を命ずる』だったセリフが変わっている。何故だ。何故こうなった?
私が原作から捻じ曲げたうちの何処だ。何のどれが誰に影響を及ぼしたんだ。
(……王妃、か?)
タイミングがあるとするならばそこだ。だって、めぼしい攻略対象や関係者には影や、ロザリー自らの精鋭部隊『彩華』達を監視として送り込んだから。同行を監視出来なかったのは、王と王妃、あとは異様に勘が鋭かった騎士組。騎士組には生徒に扮した者たちに動向を確認してもらっていた。つまり完璧に行動を把握出来ず、尚且つセシルの行動に変化を与え、ロザリーに関係がある人物――王妃、メリーウェデル•トランパーエル。
(まさかここで前世意味深なボカロを聞いては考察班に回っていた推理力が役立つとは……)
ロザリーはうつむき、小さく震え、深呼吸をするともう一度セシル達を見据えた。
セシルの傍らには、元平民から成り上がった主人公、ブランシュ•クローバーレールがふるふると小動物のごとく震えている。白銀の髪にピンクがかったマゼンタの瞳は、日本のホワイトアルビノのウサギを彷彿とさせる。
「ロザリー……?」
心配そうにダグラスがロザリーの顔を覗き込む。
(大丈夫。だってここまですべて――)
――予想範囲内!!
野次馬の中、スッと立ち出でたロザリーは、うっすらと微笑みを携えていた。
◆◇◆◇◆
(……っ!何だ、こいつは……)
セシルは言葉にならない苛立ちをかき消そうとより一層声を張り上げた。
「ロザリー•ハートウェスト公爵令嬢!貴様はここにいるブランシュ•クローバーレール嬢が男性からの羨望を浴びていることに嫉妬し、醜いイジメを繰り返した!」
「違います。」
「机に落書き、教科書を破り捨て、あげく階段から落とそうとするとは……なんと卑怯な!」
「人違いでは?」
事実を言われているはずなのに、何故こんなにも飄々としていられるのであろうか。己の考えが間違っているとは微塵も思わないセシルはふつふつと湧き上がる怒りに身を任せてなおも怒鳴りつける。
「いいや!貴様は私の寵愛を一身に受けているブランシュが憎くて、いじめを繰り返したのであろう!」
醜く暴言を吐き散らすその姿は、仮にも一国の王太子であるとは思えず、その愛しのブランシュを抱く手には思いっきり力が入っていることにすら気が付かなかった。
ちなみにセシルが好きなのは、ブランシュではなく己の思い通りになる人間です。
何故ならセシルが自分を愛してくれていると思っている最たる相手、メリーウェデル王妃が、『思い通りになる=好き』と無意識にすり込んだから。
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