1
生死の境に立ち、なおも男は手を伸ばす。
その狂気を飲み干さんと、欲して。
"悪魔が出る"
その噂は最初は酒のつまみに。
時を追う毎に恐怖として村に広がった。
長年山に入り、生活の糧を得てきた猟師はその噂を信じない一人だった。
己の庭に悪魔が居るのであれば、真っ先に自分が出くわすに違いない。
そして出くわしたなら、弓でその目でも撃ち貫いてやろうと豪語した。
その数日後、川で洗濯をしていた女衆が、流れて来た何かに目を留める。
そして上がる悲鳴。
それは、昨日山に入った猟師の死体だった。
跳ね気味の短髪に眠そうな瞳。
小柄の身には合わない、やや大きめの服を着た姿は少年と見紛う。
ジニー。
彼────彼女は立ち止まる事なく道を行く。
僅かに伏せた顔を覗き見ることができるなら、その奥歯をしっかりとかみ締めている事が伺えるだろう。
脳裏を埋め尽くす喜びの声。
更なる死を要求する声。
声、声、声、声、声、声、声、声、声、声
『殺せ』と叫び続ける数多にして一つの悪夢が元々健康的とは言えない彼女の表情に疲れとストレスからなる青白さを与えて止まない。
ようやく自分が間借りしている宿の一室に辿り着き、彼女は身を投げ出すようにして、硬いベッドに転がった。
手の震えは声だけのせいではない。
奪った命に対する背徳故。
彼女はたった今ひとつの仕事をこなしてきた。
それは他者の死を伴う行為だ。
如何にそれが悪逆非道の徒だとしても、年端の行かない少女には重過ぎる物だ。
あの時、あの瞬間。
決定的に狂ってしまった運命を憎む事も恨む事も、やり尽くして久しい。
それでもこの手は、この心は未だ慣れてはくれない。
「ご苦労様です」
息が詰まり、それでも跳ね起きる。
巡った視界にそれはあった。
宿の一室。
狭い室内に当たり前のように彼女はたたずんでいる。
男性用の燕尾服にシルクの手袋。
ショートに整えられた髪が相俟って作られた男装の麗人がそこにある。
「……おや?
驚かせてしまいましたか?」
口調もまるで執事そのもののようだ。
ロアンナ・アナフェイス。
自己紹介を信じるならば男爵位を有する貴族にして『魔術師殺し』の一人。
そして快楽殺人者である。
身を起こしたジニーだが、暫しの沈黙を経て再びベッドに倒れこむ。
それから数秒間を空けて「なに……?」と投げかける。
「労いに着ただけですよ」
無作法を気にする風もんくぁく、彼女は完璧な微笑を浮べる。
「……そう」
生返事をして、視線だけをロアンナに向ける。
男装をしているが体のメリハリは明確だ。
化粧も多少なりに施されている。
恵まれた上に更に高められた容姿は、男女問わず引き付けて止まない魔力がある。
そんな彼女に対する『どうでもいい』とばかりの応対に、一転笑顔を悲しげな顔に作り変える。
「おや、反応が薄いですね。
ジニーさんはもっと可愛らしいのですから微笑まれたほうが宜しいかと」
「……」
無反応に肩を竦め、美しき狂人は魔法のように袋を取り出した。
「報酬でございます」
「……いつもどおりにして」
「よろしいので?」
確認の問いかけに返答すら不要と態度で示す。
「いやはや」
困ったようにしながらもその顔にはお気に入りの玩具を見るような輝きがある。
「承知しました。
ご安心ください。
間違いなくご希望通りにしますので」
「……そう」
気付けば金貨か何かが詰まっていたであろう袋は消え、ロアンナは殺しきれない苦しみを表情に浮かばせた少女を眺める。
「まだ……何かある……の?」
「いえ。
愛でているだけですので」
優しげな視線だが、それが油断して良い物ではないことは最初に聞いている。
彼女の有するもう一つの悪癖が幼児愛好なのである。
表向きには孤児を養い、教育を与えしかも一角の人物にまで仕立て上げているが、その本質は一定年齢以下の対象に可能な限りの愛を注ぎ、ある程度育ったら世に放り出す形で捨てているに過ぎない。
ただ、そうやって世に出た人物の中には国政に携わる事を許されるほどの才覚を発揮した者も少なくないから、なんとも評し難い。
先生の知り合いは変な人が多い。
内心そう思っているジニーだが、中でも最悪の部類に入る一人はカースドアイテムに魅入られた自分だと思い返し、吐息の代わりに目を伏せた。
「暁の女神亭と同じ視線」
「あの猫と一緒にしないでください」
至福の時を全面に押し出していた表情が殺気を伴う物に豹変。
「あれには美学が欠けます。
ただ見ているだけだなんて愛でるという言葉への侮辱です。
人の身に何故五感があるのか理解していない。
それはその全てで愛を感じるためにあるのだから」
すっと伸ばされる手に肩がびくりと震える。
「しかし、同意もなく穢す事を嫌う点だけは認めましょう。
泣き叫ぶ声、その涙にも……振り絞るような絶叫にしてもなんとも言えない美しさがありますが、それで壊してしまっては意味がないですし」
伸ばした手をわざとらしく彷徨わせて、それから胸に掻き抱くように戻して微笑む。
「ジニーは私の元に来る気はないのですか?」
柔らかな微笑みに彩られた誘惑。
自身の尊厳がいくばくか失われようとも、こうして日々を生きる為に魂を削る事に比べれば間違った選択とは絶対に言えないと承知している。
「その呪いを解く当ても探してあげられますよ?」
「……」
それでも、気付けば首を横に振っていた。
「そう。
残念です」
欠片もそんな雰囲気はなく、むしろその回答こそを嬉しく思っているかのように、男装の麗人が目を細めた。
彼女は気付いているのだ。
最悪の死神に魅入られ、動かしてきた手足が、着実に年端の行かない少女の血肉になりつつある事を。
子供の暗殺者は少なくない。
子供の殺人者とあってはなおの事多い。
だが、道徳心を有しながら殺しを重ねていく子供などどれほど居ようか。
「次の依頼があったらお持ちします。
ではごゆるりと」
慇懃無礼かつスマートな礼をしてみせたロアンナはそのまま宿の一室を去る。
去りながら、思うのだ。
恐らくあの少女はいずれ破綻するだろう。
殺人者にとって道徳心とは決して折り合う事のない毒なのだから。
けれども、と思う。
破綻しなかった時、あの少女がどんな怪物に変貌するのか。
無作法にも舌なめずりをしたロアンナは手持ちのリストを脳内に広げ、少女が歩く外道、その道筋を思い描く。
依頼は二日も空けずジニーの元に届いた。
とある村で悪魔が出たと言う。
魔術師狩りであるジニーには関係ない事だが、ザッガリアが倒れて数年。
魔族の出現数が大幅に減少した昨今では、魔族の居る所に魔術師の影が耐えない。
もちろん何かを違えて出てきたり、昔から住み着いたのも居るのだが、召喚されたと見做すのが妥当な判断とされる。
そして、魔族を召喚するという行為は異端である。
先の仕事のターゲットは余りの小物だったのか、『声』は激しさを増しつつある。
それもあって彼女に断るだけの理由はなかった。
数日後、彼女は村を前にしていた。
彼女から見て右手には山。
地形からして水の流れがあるように思える。
人口は大体30人程度だろうか。
小さな村だ。
視線を周囲に転じてみるが、畑には雑草が目立つ。
悪魔を恐れて戸口を堅く閉ざしているのだろう。
観察を終えた少女は村に向かって再び歩を進める。
かぁと遠くで烏が鳴く。
「……」
魔術師ギルドの印章を見せられて、老人は再度ジニーの姿をまじまじと見る。
いつもの事だとぼんやり考えて、相手の納得の行くまで待つ。
同年代と比べてもかなり発育の悪いジニーはどう見ても子供だ。
その上、ぱっと見ても武器や防具は見当たらない。
冒険の時には持ち出す弓も、こちらの仕事で持つ事はない。
「ふむ……」
視線を落とし、それからややあって、
「ようこそお出でくださりました」
魔法使いは良くわからない。
この認識は街から離れれば離れるほど強く思われる。
見た目と一致しない事については余りにも有名すぎるハーフエルフの大魔法使いの影響もあるだろうが。
「この村には宿がありませんので、我が家にお泊り下さい。
……さっそく調査なさいますか?」
事実上の催促に、元々そのつもりであったジニーは無言で頷き、村長宅を後にする。
向かうべき方向は直ぐにわかる。
どうせぼーっとしても勝手に騒ぎ立てるのが居るのだ。
案の定、その意識は山に向かっていた。
タダの噂ではない。
確かに魔力を有する何かが居る。
散々仕込まれた足音を消す歩き方に切り替えて少女は緑の中に消えていく。
それは無限の陥穽。
果てしない奈落であり、ただ貪欲であるだけのモノである。
絶壁に指一本でぶら下がるように、ソレは虚無の穴倉を眺め続けていた。
絶え間なく吹き付ける風が根こそぎ体力を奪い去る。
指先一本分がその状態を許す均衡だった。
ソレの体力を『魔力』と言う。
狂い、歪み、それ故に世の法則に従わず、虚空から莫大な魔力を放出し続けるバケモノ。
そんな特異な存在のみが、この奪取に抗える唯一にして無二。
その心が人であるならば、とうの昔に精魂尽き果て、その身を奈落の供物としただろう。
心も含め、何もかもが歪んでしまったからこそ、それは凄絶な笑みと共に未だそこに留まっていた。
『動いたな』
全ては比喩表現に過ぎない────
その手は十数年の時を経て、初めてゆっくりと動き、五指でふちを掴む事に成功する。
未だその体は奈落の求めに抗うために、何もかもを奪われ続けている事には変わりない。
だが、一指が五指にまで増えた。それは躍進と称して遜色ない出来事だ。
『けひひひひひひひひかはぁ……』
笑う。
嗤う。
『きひひひひひひひぃぃいいいぃひひひぃ』
狂い、狂いすぎた故に、一つのカタチを得たモノはぎょろりと瞳を天空に向ける。
ただ奪い去るための奈落に光はない。
だが、その果て。
中天の一光が星のように淡く光る。
『キヒッキヒヒッ……
未来視の魔女……忌々しい弱者の王……』
それは全て奈落へ落ちる声。
しかしその欠片なりとあの中天を越えよとソレは叫ぶ。
『俺は抜けるぞ……。
それは貴様の嘆きか。
それとも安堵か……!』
ソレは狂いし精霊。
存在の初めから狂い、壊れ、混沌と化した世界の癌。
『存在できないはずである』という事象すらも歪め、無限の存在を得て神霊にまでなってしまったモノ。
神に挑んだ唯一の精霊。
そして挑んだ神が唯一の知識神であったが故、敗れ去った邪精霊。
それは狂って嗤う。
ぎぢりぎぢりと五指を鳴らして、嗤う。
『声』が求めから渇望へと変貌する。
「……消えた……?」
殺せ。
殺し食らわせろと叫ぶ声が不意に途絶え、飢えを批難するモノへと変わった。
「……転移した?」
ティアロットに学んだ時には、確か彼女が転移した瞬間そういう変化をした覚えはあるが、
「……何か、違う……かも」
勘のような何かに頼るのは好きじゃないが、このまま帰っていい気はしない。
資料によると、猟師は全身が焼け爛れたようになっていたという。
どす紫色に変貌したその姿を正視できなかったらしいが、恐らく毒であろうと想像が付く。
触る事すら怖れた村人は棒で引っ掛け揚げてその場で火葬にしたらしい。
「……」
周囲を見渡すが、特に気配はない。
銃も淡々と飢えを訴え続けるのみ。
「……戻ろ」
指針がなくなってしまえばどうしようもない。
レンジャーが持つ足跡を探すスキルは生憎持ち合わせていない。
────貴様ガ供物ニ成ルカ
初めて聞いた言葉に全身からどっと汗が噴出す。
誰かの声ではない。
これは、恐らく銃の声。
意味を求めて思考が混濁し、『殺せ』の声が静まりかえる今に焦りが募る。
────毒!?
咄嗟に身を伏せ、布を口に当てる。
今の所体調に変化はない。
そう思った瞬間、眩暈が来た。
耐えられないものではない。
何とか踏みとどまり、風上を見上げるが何一つ目に留まる物はない。
腰のポシェットから薬を取り出し、冷静に風を読む。
何時から吸っていたかはわからないが、その分かなりの量を吸引しなければ大丈夫だと判断し、リフレッシャーを呷ると、一気に山を下る。
コロセ───────!
殺意が風上に向かう。
だが、今のジニーに振り返る余裕はない。
教えに従い、逃げるべき時には一目散に逃げる。
ただそれを実践すべく駆け抜ける。
「……暫く、森側に近づかないで」
「……はぁ?」
ジニーの言葉に村長は呆然と頷く。
無理に駆け下りてきたせいか引っ掛けてほつれたり、頭に葉っぱが刺さっていたりする。
視線に気付いて髪の間の葉を取り除き、はふと一つ溜息。
「悪魔に出会いなさったか」
何かを察したらしい老人の問いにジニーは首を一つ振り
「あれは悪魔じゃない。
人間の……暗殺者の類」
そう、断言する。
「森に吸引毒をばら撒いてる……猟師さんが死んだのはそれを吸ったから……かも」
「毒ですと?」
「……そう。
どれだけばら撒いてるか知らないけど……近づかない方が良い……かも」
「なんでアンタは無事なんだよ」
この場に居るのは村長だけでなかった。
村の大人たちが少しでも安心を得んがために集まってきているのだ。
皆ジニーの姿を見て呆然となり、彼女が魔術師ギルドから派遣されたと聞かされ、一様に失望に顔を染めた。
「…… 神殿が売ってる解毒薬を使ったから」
『神殿』の言葉は情報の行きかわない土地では絶対の奇跡に等しい意味を持つ。
同時にそれを否定する事は神への不信ともとれるため、問うた男は不満そうにしながらも口を閉ざす。
「で、何とかできるのかい?」
別の問いに表情を変えずに思案。
相手が魔法使いならばジニーの管轄だ。
しかし、対暗殺者の戦闘となると勝手が違う。
話はいくらか聞いたが、それだけで何とかできるほどの能力を彼女は有していない。
そもそも対魔術師戦闘だって付け焼刃なのだ。
偶然得た師が対魔術師戦にやたら詳しかっただけに過ぎない。
魔術師には付け込む隙が意外と多い。
接近戦を極端に嫌うが、相手を視界に捕らえられる場所からしか攻撃をしない。
使用回数の縛りがあるため、無駄打ちを嫌うし、戦闘が長引くほど守りに入る。
しかし、魔法使いである事にプライドが高く、他の武器を使う事は滅多にしない。
多様性のある魔術を弓のようにしか使えないのが魔法使いの傾向だ。
だが、暗殺者は違う。
利用できる物は全て利用する。
プライドなどない。
彼らが遵守すべきは依頼人からの制限のみだ。
更には死を恐れない者も多い。
何を措いても相手にしたくない存在だ。
一応聞いた『暗殺者との戦い方』を思い出す。
────狙われたと気付けなかった時点で死。
────気付いた時点で対処できなければ、次はない。
思いっきり心構えでしかないと、溜息一つ。
「……相手は人間。
それに森に居座る理由がわからないけど……
近づかなければ被害は最小限に抑えられる……かも」
「何もしてくれないってのかい!」
男の怒鳴りに、感情の籠らない視線を当てる。
「……する。
失敗したら、次を呼んで、山に近づかない。
ボクは万能じゃないから」
何一つ包み隠さぬ言葉に、皆息を呑む。
諦めではない。
己の死ぬ可能性を淡々と述べているからこそ、不満の言葉が外に出るのを拒む。
そうなれば目の前に居るのは自分の子供ほどの少年だ。
不満を口にするだけの我が身が哀れになるというものだ。
「ささ、夜ももう遅い。
今日のところはこれで終わりとしよう」
微妙な空気を察して村長が間に入る。
矛先の行方を見失っていた面々はこれ幸いと村長宅を辞していく。
──────
───────!
視線が向かうは山の方。
「……なん……なの……?」
ひたすらに、執拗に、コロセと囁く声がするいつもとは何かが違う。
むしろ狂いそうな程の声の濁流は成りを潜め、心の奥を焦がすような渇望が奈落の底から響いてくる。
────我ニ其ヲ
────喰ラワセヨ
思わず腰────背に回したホルスターを服越しに触れる。
錯覚だろうか、熱を帯びたそれが脈動するように感じられる。
そうして、彼女は思う。
この呪われた銃の、出自を自分は何一つ知らないのだな。と。
この世界が生まれ、消え行くまではどれほどの時が必要か。
星の数を遥かに越えた生死が織り成す機織布の、人の認識が届かぬ遥か果ての数字の一つにそれは混ざっていた。
それを見つけた時、誰もが恐れ戦き、そして渇望した。
神すらも凌ぐ可能性。
それは創造神ですら埒外の特異。
イレギュラー、バグ────修正されるべきでありながら、その修正という意味すらも届かぬモノ。
故に渇望する。
たった一つの奇跡であるからこそ、何を賭しても手にしたいという貪欲さは人間が人間である証。
そして魔術師は壁を越える。
生命の存在原理を踏みにじり、ただ己の願望へ一歩も二歩も踏み込む。
その果てが奈落でも、愚かなる足が地面を踏み外すその日まで、歩みが止まる事はない─────
それは木陰でずるずると座り込む。
周囲に虫の声が無い。
その静けさは彼女には慣れない現象だ。
彼女が騒がしいのではない。
真逆だ。
彼女は余りにも静か過ぎるために、森に住まう者達は異物に気付かず音を奏でる。
耳が痛いほどの静寂。
獣達が禍々しい気配に身を潜め、虫達は息を殺す。
時が止まったような世界で、彼女は苦しげに吐息を漏らす。
心臓の音が耳に痛い。
彼女にとって、鼓動を操る事くらい造作もない。
呼吸も、鼓動も、体の細部に至るまで、静動作に限れば完璧に操る事が出来る。
世界との同調。
己を世界とし、世界を己とする。
己は大地で、大気である。
それゆえに呼吸は風であり、鼓動は波である。
全ては世界の鼓動であるからこそ、誰もそれに気付けない。
目の前の空気にいちいち気を配っては生物の情報処理能力などあっという間にパンクする。
認識の必要のないそれらと等しくなる彼女を全ての感覚は認識する必要のない物と見做さざるを得ない。
聞けば余りにも特異すぎる能力だが、一切の弱者を認めぬ魔境に生まれ、されど対抗する力を持ち得なかった彼女ができる唯一無二の自衛法に過ぎない。
生きる為に生物はどこまでも進化する。
────だが、十数年当たり前とした行為が今は為せない。
「っかは」
肺の中からせり上がってきた呼気があふれ出す。
余りの灼熱感に汗が滑らかな肌を幾条にも濡らす。
例えるならば風邪────それも限界まで酷くなったそれに等しい。
熱は上がり、体は言う事を聞かず、意識が朦朧とする。
水が欲しい。
わずかでも動かすとぎちりぎちりと鳴る腕を必死に動かし、腰の水袋に触れる。
紐を外すのも気を遠くしながらも、なんとかひと含みし、それすらも喉の奥に流し込むのに一分あまりを要した。
「……」
体全身がじんと痺れて力が入らない。
そのくせ心臓だけは跳ね回り、マグマでも突っ込んだかのような熱を帯びている。
呼吸すらも億劫になり、汗まみれの肌が泥土を孕んで汚していく。
何もかもが遠い。
─────意識が落ちる。
夜の山道を歩いてはならない。
これは鉄則だ。
ただでさえ明かりが満足でないこの世界では街道を歩く事すら危うい。
足を踏み外す可能性も、木の根に引っかかる可能性も高く、何より獣の大半は夜行性だ。
────彼女は基本的に鉄則を厳守する。
自身に能力がない事は誰よりも理解している。
それ故に先人が築き上げたマニュアルから逸れれば崖下に落ちるばかりだとも。
しかし、今日ばかりはそうもいかない。
■■■■■■■■■■■■■■■■!!
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!
それはすでに言語として成立していない。
最初から壊れているのか、それとも重なりすぎて雑音と化しているのか。
ふとすれば意識を持っていかれそうなほどの声。
黙れ、と思う。
あんた達の言うことを聞いてやるから……
だが声は止まない。
いつもの心を蝕むような声が万倍マシだったと吐き気の中で呻く。
同時に、この先に何があるのかという興味と、そして恐怖が胸の中で踊る。
魔法を魔力をそして人の命を。
喰らって喰らい尽くそうとする欲望だけの存在が、この先にある何に反応しているのか。
魔法使いに近づいたとき、声が強くなる事は実体験として知っている。
単語以外の、言葉を聞いた覚えは、最初の一瞬を除いてこれまで一度もない。
大陸でも有数と言われる先生の前や魔術師ギルドの長、フウザーの前であっても、その声は明確にはならなかった。
────フウザーの前では一瞬意識が持っていかれ、銃口を向けてしまったが────
『世界最高の魔術師』以上の何かが居る。
それは確信だ。
そして狂喜に打ち震えるこの呪いに抗い切れない。
念のために口元には布を巻いている。
これでどれだけ意味があるかわからないが、街に戻りリフレッシャーを購入するような悠長な真似をこの呪いは許さないだろう。
頭は冷静に状況を分析しながら、頭の中に響く爆音に視界が歪む。
「……黙れ……」
珍しく悪態を吐いて、木の幹に触れる。
体重を預けて深く息を吐き、思考をクリアにする。
───────────────
────────────────────
まさか、自分の言葉を聞き届けるとは思っていなかった。
とたんに無音となり、その余りの静けさに崩れ落ちそうになる。
と、同時に背筋を走る寒気───────
────来ルゾ。
もつれる足を必死に制御して木の陰へ。
右手を後ろに回し、グリップを握る。
森は凄まじく静かだ。
虫の声すらしない。
渇望の声のせいで気付かなかったが、この森は余りにも静か過ぎる。
──────喰ラエ。
『殺せ』でない渇望。
耳に痛い静寂が壊れる。
闇の中に緑の光がぼうと灯る。
揺れながら近づくその鬼火がまさか瞳と思わず、息を呑む。
鬱蒼とした森の中。
月の光が漏れ届いた所でそれは立ち止まる。
息を呑む。
「……魔女」
「ああ? ……見たことのある顔だなぁ。
オイ」
銀嶺を受けてそれはあまりにも美しかった。
所々泥に塗れながら、ぎらぎらとした緑の双眸がジニーをねめつけるその姿は雌狼か。
にぃと笑みに吊り上った口の端。
荒々しい雰囲気を纏わせてそれは天を見上げる。
「今日は気分がいい。
見逃してやるから、帰りな?」
静かだ。
余りにも静か過ぎる。
虫も、動物も、大気も、この地にまつわる全ての精霊も。
それを怖れるように息を殺し、抗えぬ厄災の行方を見守っているように思える。
「アァ?
早く行けってんだろ、ガキ。
それとも腰が抜けたか?」
視線をゆっくりと、落とし──────
射線が重る。
「はじまったねー」
「はじまりはじまりー」
「まりー」
木の上で忌々しい声が絶え間なく響くが、相手にした所で時間の無駄だ。
「まろ?」
「蹴鞠~」
「暗殺球技~」
時間の無駄どころか、逆に胃が痛くなりそうだ。
彼女は森の中を危なげなく駆け抜ける。
夜目が利く彼女にとって、月の出ている道を走るのは造作もない。
「ちっ……
ったくどうなってやがんだ」
呼気をまったく乱さずぼやく。
鞄に忍ばせた本が忌々しくて仕方ない。
予言の記述が現れたのはつい2日前だ。
そこから急いでこの地までやってきたが、ギリギリにも程がある。
「……先見の魔女様の御威光もこれまでってことかもな」
それはそれで晴々することだが、今はそうも言っていられない。
垣間見える月と星の位置を頼りに目的地へと走る。
「……おい、猫っ!」
「なーに?」
「ぬーねー?」
「のー!」
木から木へ飛び移る小さな影が応じる。
その姿は赤や白や青の和服じみたもの───忍び装束だ。
何故か目元には服と同じ色の仮面がある。
「てめえら、今度はどういうつもりだ」
「なー」
「いー」
「しょー」
腰を落とし、石を拾って投げつける。
赤いのが避け、白いのがキャッチして投げ返し、何故か青いのの頭にダイレクトヒットして一匹脱落。
に、見せかけて
「変わり身の術~」
青い忍び装束を着た丸太がごろんと転がった。
やりたかっただけとしか思えない無意味さだ。
「ナメやがって……」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
赤いのが全速力で走る彼女の肩に容易く乗ってくる。
払いのけようとすると、頭に乗られた。
「っていうか、すでにイレギュラーだし?」
「イレギュラー……」
予言がギリギリになった事が過ぎる。
「前にも言ったけどね。
あちしとしても早く目標達成されたり、早く大失敗されても困るにゃよ」
人形なので表情は変わらないものの、腕組みしつつうんうんと頷く。
「で、今回はどっちかと言うと大失敗方向?」
「どこまで知ってやがる……」
「にふ」
いやらしい笑い。
答える気がないのかと払いのけようとして
「フェグムントには唯一無二の特性があるにゃ。
それはこの世界を守護する神々も無視できないほどの~」
記述によれば、あの狂った神霊は実際に神に挑んだとされる。
信じられない事に、相手とした神がルーン神でなければ、その敗北はなかったとも。
「リリーちゃん、知ってる?」
「……」
予測はいくつかした。
だが、この世界にあるまじき現象だ。
正解かどうかなどわかろうはずもない。
……丁度いい機会だと割り切る。
「この世界のあらゆる法則に縛られない」
「おー、ニアピンニアピン」
ぬいぐるみ的な手がぽすぽすと腑抜けた拍手を起こす。
「にあぴん?」
「95点ってことー」
満点ではないが、方向性は合っているということか。
「正確には『能動的に』にゃよ」
「あぁ?」
自分から、歪める?
「だって、自動的に歪められるなら、あちしたちと会話とかできないじゃん」
言葉も思考も様々な法則の重なり合いだ。
確かにその全てが歪んでしまえば、意思疎通どころか、存在するということすらできない。
出来ているとしてもそれは認識する手段のない『何か』になりかねない。
「アレは正しく生まれていれば大精霊とも、神霊とも言われるモノになったにゃ。
返せばやっぱりベースは精霊なんにゃよ」
「故にその存在は精霊の基本に捕らわれ、それ故に如何なる事象を歪められても、フェグムントとして確立した自身の本質を歪める事はできないにゃ」
「だからこそ、ソレを知ったルーン神に破れ、セリム・ラスフォーサの用意した監獄から抜け出せないにゃ」
精霊の本質。
それはマテリアルではない─────
「エーテル……マナか」
「ぴんぽーん」
「せーかいせーかい」
「大殺界~」
最後のは大きく違うが、突っ込むと調子に乗るので無視。
「あれは自身を構成するマナのあり様だけは歪められないにゃ。
できるけど、できないにゃよ」
それで一つ得心が行く。
あの魔力欠乏の魔女の中で何故大人しく魔力供給をしているのか。
「マナの供給循環システム自体はいっくらでも歪められるから、無限の魔力を補充できるけどね~」
「その片っ端から抜かれてるから抜け出せないにゃよ~」
「無間地獄~」
頭の中を整理する。
とりあえず邪魔な人形を頭の上から放り投げながら
「だが、おかしいじゃねえか。
自分は歪められなくとも、檻のほうを壊せばいい」
「そこでトラップ発動!」
は?と思い、周囲に罠が無いかと気を配るが、特に何もない。
「永続トラップ『無限の陥穽』を破壊するとね、今まで吸い取りまくった全ての魔力が返還されるにゃ」
「永続? ……」
そのあたりはタワゴトだとうと切り捨てて、
「さて、問題。
無限に無限を足すといくつでしょー?」
理解が追いつかない。
無限というのは、フェグムントが歪めた魔力供給の事で、もう一つは今まで食われた魔力の事か。
返還されれば二つの魔力は合わさる事になる。
「……っそんなの知るかよ!」
「正解~」
「はぁ?」
赤いのが布の端を手足にくくりつけ、モモンガのようにして追いついてくる。
「そんな法則ないもん」
「だから知るわけないよねー」
「算数の上だと無限にゃけどねー」
そんなものはない。
無限なんてのは数学上の定義に過ぎない。
「無限というありえないモノをアレは歪められない?」
思考が漏れただけの呟き。
「ぴんぽーん。
だから無限に無限を足すってのもありえないから歪められない」
「そもそも無限を作り出したのはフェグムントちんの歪みだもんねー」
「だから、無限同士がぶつかったらどうなるかなんて誰も知らないから」
三匹の声が重なる。
「「「フェグムントちゃん消滅!」」」
それから一拍の間を開けて
「「「多分世界ごと どっかーん」」」
無駄にぼむぼむぼむと色付きの煙が上がる。
「まー、フェグムントちんは世界はどーでもいいけど、自殺する趣味ないっぽいしねー」
下手に手を出すと洒落にならない事が起きる……とまでは予想していたが、なんと言葉を出していいかすら最早わからない。
「今の所魔女っ子の中では『無限+1-無限=1』な感じだったのよー」
「僅かにフェグムントちんが勝ってたのねー」
「無限に1を足しても無限だから0のはずだけど、そういう仕様だものー」
限りなく言葉遊びに近い暴論に頭が痛くなってくる。
同時にそのあたりの事象は人の身である自分にどうすることも出来ないと理解する。
「で、それと今回の件が何か関係あるのかよ!」
「うん。
あるにゃよ」
赤服がこともなげに言う。
「今の計算式にさらにマイナス無限をしたらどーなると思う?」
「はぁ?」
先ほどの答えは『1』だ。
そこから無限を引くことは出来ない。
それとも『マイナス無限』と言いたいのか。
「まー、これも答えは そんなの知るかボケー なんにゃけどね?」
「むかーし、むかーし、プラス無限大なんて物を作っちゃったのがいるのよねー」
「でも、そいつは別に法則を歪められるわけじゃないから、代償としてそれを実現する物を生み出したにゃ」
プラス無限大を実現する物。
つまりフェグムントとすれば────
「もしかして、ファルスアレンの無限魔力……?」
「お、凄いじゃん」
ファルスアレンという故国にあったとされる無限の魔力を供給するシステム。
それをもたらしたのは信望されていた神オーディアスとされているが、その正体は概念存在なる異界の魔王だったはずだ。
「できるはずが……ない」
それは否定でなく、
「そ、だからできちゃった」
彼への挑戦であり、故に必ず敗北する。
「ややこしー話にゃけどね。
それがフェグムントが誕生しちゃった背景だったりするにゃよ」
「でも、先見の魔女がちょーっとオイタしてたり?」
「だから掛け違えたボタンが一個ぶらぶらしてるんにゃよね~」
マイナス無限……
フェグムントの存在理由がファルスアレンへの魔力供給とすれば、あれはクュリクルルの中に入る必要もなく、魔力を失い続けているはずだ。
先見の魔女───セリム・ラスフォーサの介入、ボタンの掛け違い。
つまりその魔力を横から奪ったとして、では元々の魔力をフェグムントから奪う機構はどこにある?
「まさか────」
「にふ。
わかった?」
マイナス無限大。
つまりフェグムントから魔力を奪うシステム。
それに良く似た物を手にしてる小娘が居た。
「無限大に無限大を足す答えがどっかんとして、1から無限大を引く計算は」
「しおしおのぱー、かにゃ」
「逆びっくばーん」
女神亭に出入りする連中の動向調査は『黒の家』が全力を挙げて行っている。
そこから入手できる情報を思い起こし
「渇望は無限大……そりゃぁ飢えはおさまらねえだろうよ」
奪うべき相手を見失ったその機構は延々求め続けたのだろう。
魔力を─────
「クュリクルルのヤツが女神亭に現れなくなったのは、シリングのアホのせいじゃなかったんだな」
「本能的に悟ったんじゃない?
あれは天敵だって」
チと舌打ちして星の位置を確認。
目的地はそう遠くない。
だが、到着して自分に何ができるのか。
書には何一つ記されていない。
「どいつもコイツも役に立ちやしねえ」
「大変にゃねぇ」
しみじみと言われたので、とりあえずナイフを投げつけておく。
「俺様に喧嘩を売ろうってか?」
無垢からくる幼さはそこにはない。
どこまでも野生的な───獣性をぎらぎらと目に漲らせて嘲る。
「ふん、運が悪いな。
オイ。
よりにもよって俺様が出てる時にやりあわ────」
引き金を引く。
だが、弾は発射されることなく、かちんと撃鉄の落ちる音だけが響く。
「ンン?」
蔑むような目が怪訝を含む。
同時に、ジニーの中では気が狂いそうな歓喜と、更なる欲求が木霊する。
「テメェ……そりゃぁ何だ?」
答える義理はないとばかりに後退。
再び引き金を引くと、凄まじい衝撃が手の中で起きた。
だが、悲しいかなこの銃は取り落とす事を許してくれない。
指が持っていかれそうになり、ごぎゃりと酷い音が体の芯に鳴り響く。
銃身に傷はないが、どういう状態かはおおよそ察しが付いた。
「は、二発同時に撃つからだ」
何らかの方法で1発目は射出のための魔力媒体が作用しなかった。
しかしリロードした次弾は通常に作動し、先に送られていた弾丸を叩いたのだ。
だらり下がった銃口から焼け焦げた弾丸が一つ転がり、その推測が正しい事を確認する。
「で、小娘よぅ?
そりゃなんだって聞いてるんだよ」
ずがずがと近づいてくる女に銃口を向けようとするが、先ほどの衝撃も響いて腕が上手く挙がらない。
それならばと逃げようとして──────
「だからよ?」
がっちりと頭を掴まれた。
「う……あ……」
白魚のような手、と評して遜色ない手が信じられない強力で頭蓋骨を締め付けてくる。
「何だって俺様が聞いてるンだよ。
わかるか?」
みしり、みしりと鳴るのは自分の頭蓋だけでない。
彼女の手も規格外の力を発揮し、軋んでいるのだ。
痛みが思考力を、何より冷静さを奪っていく。
魔術師とやりあう時の鉄則は十分な距離を持ったまま相手の行動を許さない事。
銃を手にしたとき、それは先制打を与えそれで仕留めてしまう事に変化する。
危機はあったものの、死に直面する危機は余りにも久々過ぎて、感情の枷が頭蓋よりも大きな軋みを挙げる。
「う……あ……」
折れた指を無理やり駆使して引き金を引く。
「無駄だっ……て?」
確かに弾は発射されず、斜め下を向いた銃口からころりと弾丸が転がる。
しかし同時に頭への圧力が弱まり、転がるように距離をとる。
もっと、もっとだと騒ぐ声と、未だ残る痛みに気が狂いそうになる。
実際目からは絶えず涙が零れ、射撃に必要な精神の安定はまったく得られそうにない。
「……覚えがあるが……覚えてねぇなぁ。
マジで何だ、そいつは?」
逃亡しようとすれば、前後不覚になるほどの叫びが脳を揺さぶる。
遠くなる意識を更なる叫びが叩き起こし、物理的な痛みと合わさって地に足が付かない。
もつれた足が派手な転倒を促す。
「あー……コイツの中とも違うしなぁ……」
ざっ、ざっと気楽とも取れる歩みが近づき、心臓が縮こまる。
痛み、狂喜、恐怖─────
それだけ汚れ仕事に手を染めようと、一回たがが外れれば思春期の少女だ。
パニックになった頭は得られる情報全てを無視し、無我夢中で銃口を向ける。
「…… 触るとなんか吸われてるんだがよぅ」
実際には触れていないが、魔銃への干渉を仕掛けたソレはむぅと暫し考え、
「さっさと殺すか。
気分わりぃし」
手ごろな枝をへし折る。
それは何故か鉄となっていて、気がつけば2mほどの槍に変貌していた。
「じゃあな」
一突き。
右の眼窩を穿つであろうそれを防ぐのは今の少女には不可能であった。
どす、と鈍い音。
「アァ?」
だが、それは何故か赤い忍び装束を着た丸太で。
「セーフ」
「酷いにゃよっ」
二つの声と共に煙幕が張られ、何かしらが走り去る気配がする。
「今の声……あの猫か?」
「気ノセイデス」
「ソウソウ、気ノセイ」
「ッテカ、投ゲラレタダケデスニャ」
微妙なごまかし声で応答する声三つ。
「け」
手を一振りすると、煙幕が一瞬で晴れる。
そこには誰の姿もない。
「……ち。
気にいらねえな。
オイ」
何か、は覚えていないが、存在を許していいものではないとは理解できる。
あれは存在する限り自分を脅かすものだろうとも。
「たった一瞬の干渉で随分と食われたもんだな」
だが、まだ活動するには十分だ。
無限であるが故に、膨らんだ最大値に戻るのに時間すら必要ない。
「気にいらねえ……なんか腹が立つなぁ、オイ」
月を見上げ、ソレは嗤う。
「潰すか」
アレが女神亭に関係するモノであるならば、現れる場所は見当が付く。
ソレ────フェグムントという名の歪んだ神霊はクュリクルルという名の牢獄を従えて、ゆっくりと山を下り始めた。