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イフパターン  作者: 其嶋真由
交番編

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第5話 【回想】祇園町事件①

 

「そうだ、諫花くん。1月15日って予定ある?」


「いえ、ありませんが」


「いやあ、良かったよ。あのさ、夜城(やじょう)の記念式典行ってくんない?」


「え?いやでも、それは……」


「いいの、いいの。あんな式典なんて誰が行ったって一緒なんだから。実はさ、呼ばれちゃったのよ。”モツ”のパーティーにさ」


「モツ?」


「あははは、諫花くん、陰口とか言わないタイプ?真面目じゃやってけないよ、この先。上に行けば行くほどバカが増えるんだから。この国が低脳な議員たちでも回るのは、優秀な官僚がいるからだ。この警察庁だってそう。一流ポストに三流議員、お花畑の夢見がちな改革じゃ現場は回らないっての。それで、モツっていうのはお上だよ。心臓部(しんもつべ)爷爷(イェイェ)。あの人って世襲のおぼっちゃまだからさ、人を疑わないの。あれじゃいつ寝首を掻かれたっておかしくない」


「でも、パーティーには参加する?」


「そーそー。この国は能力主義じゃなく考課主義に変わったから。上に好かれれば上がれんのよ。顔を売る。たとえ腹の奥底に燃えたぎるマグマがあったとしても、おべっかする。諫花くん、残念だけどそういう世界だから。僕や君が上に立てば大きく変えられるだろうけど、何せ地盤が硬くてね。庶民上がりの単騎では戦えっこないね。とにかく、そういうわけで、諌花くん。1月15日は頼んだ。安心しろ。祇園警察署の署長は優秀すぎて力を持て余していると伝えておいてやる」


「局ちょ......」


 ツーツーツー、遠藤局長からの電話は暗くなった。


「はぁ、あの局長はダメね。優秀だけど、出世欲が強くなりすぎている。あれはいつか罠に嵌められて足を掬われるパターンね」


 諌花の陰口に、反応するかのようなふたたび電話がなった。


「あ、諫花くん、忘れてたけど。その日の署長代理は佐藤に頼むから!じゃ、よろしく」


 諫花が答える間もなく、電話は切れた。


「しかも、代理が佐藤くんかいな。佐藤くんは優秀だけど、どこか抜けてるのよね。大事な時に力が出ない系?局所脱力系みたいな」


 諫花は自分の代理が佐藤であることを笑った。代理というものは同程度のレベルの代役が用意されるものであって、自分の代役が佐藤というのはどうにもおかしいと思えたからだ。


 ──────────────


 チン。エレベーターが3階で止まった。


「おお、諫花じゃないの。ああ、諫花署長って言わなきゃいけないか」


「別所さん、いいですよ。もう出会って何年ですか。いまさら呼び方を変えられてもわざとらしいでしょう。それに別所さんに署長呼びされると、私も別所法安審議官(ほうあんしんぎかん)と呼ばないといけませんから」


「よせよせ。まったく本部から法安院(ほうあんいん)飛ばされるってんだから骨が折れるよな」


  法安院とは国家権力に対する監視及び拘束機能を有しており、なかでも警察組織の暴走を防ぐために設立された組織である。戦後の深い反省のうえに警察を抑制する為だけに作られた組織であり、警察にとっては目の上のたんこぶ、見えないガラスの壁、とにかくそのような煩わしい存在だった。別所は数ヶ月前に、刑事局局長という幹部ポストから、法安院に異動となった。ただ法安とは名ばかりで、実際には政府直轄の組織のひとつに過ぎず、結局は政府の息がかかって、警察や政治家の監視というのもお上の意向次第で効力を失う。次期総監として期待する声があった別所が、死に体の法安行きになる。それは誰も言わないが、あきらかに出世コースから外されたということだ。


「噂は聞きましたよ。幹部衆から煙たがられているとか」


「まあな。そりゃそうさ。元同僚に嗅がれるんだ。誰もいい気はしないだろうよ」


「でも、警察上がりが法安なんて務まるんでしょうか」


「だからだよ。政府は死に体となった今の法安でさえ恐れている。いくら政府直轄とはいえ、法安だ。拘束正当性があって、民意が得られたならば、それはいくら政府と言っても抑え込めないだろう。丸くなった牙でも、噛み砕くくらいはできるからな。それで人事異動で警察を送り込めば、情が湧いて厳しくできなくなるだろ。それで完全な機能不全を狙ってるというわけさ」


「それで、別所さんは温情をかけていると」


「バカを言うな。俺の血は青色だ」


 別所は伝説の処刑人フリーマンの名言になぞらえてそういった。フリーマンは処刑人としての誇りを持っていた。ある時、死刑囚はフリーマンに『同じ人間なら、助けてくれ』と命乞いをした。するとフリーマンは『人を殺したお前に赤い血が流れているというなら、お前を裁く私には青い血が流れているに違いない。私に青い血が流れているかぎり、正義が青い血を嫌うことはない』と返したという。

 とにかく別所は、情ではなく自身の正義と法への忠誠によって社会への奉仕者になると誓っているのだ。


「別所さんはやっぱり知的ですね。ハイブローというか」


 諫花は嫌味でもなく、お世辞でもなく、ただそういった。言ったというより、口が先に動いたというに近い。


「ワハハ、そうか、そうか。さすが諫花は”違いがわかる女"だ。そういえば、遠藤から聞いたぞ。今度の夜城での式典に代理出席するんだって?」


「ええ、電話一本で。電話一本ですよ?」


「遠藤はそういうタイプだからな。部下には冷たい、クールガイだから」


「クールガイって」


 諫花は苦笑いをした。クールガイというより、他人に関心がないくせに奥底にはアツい革命心を抱いているという危険人物だからだ。


「でもな、遠藤はお前のことを評価してくれているからな。その恩義は死ぬまで忘れるな」



 ──────────────


  ―数ヶ月前


  高層にある会議室はそれだけで大きな意味を持つ。各々の意図がうごめき、重要な意思決定の場所となる。今日は、政治の中枢に位置する祇園町における警察組織、祇園警察署のトップである署長を決める会議が行われていた。その地位は警察省の幹部に匹敵し、次期総監という未来が現実的になる。いわば花型ポストである。


「い、いさはな!?」


 黒く照ったオールバックの男は手元の紙を見てわざとらしく驚きの声を上げた。その声につられるように次第にざわつきが大きくなって、しまいにはクスクスと笑い声まで聞こえるようになった。おじさんは大きく咳払いをして、眼鏡を押しあげてこう言った。


「別所くんが書いたのか?この推薦状は」


「ええ、彼女は優秀でして。このまま留め置くには惜しい存在かと」


「ふーん、優秀ね」


「はい」


「それで、いつ抱いたの?」


 おじさんはニヤつきながら、そういうと会議場は大きな笑いが起こった。


「…...ひ…...でぇ」


「うん?別所くん、僕たちは爺さんばっかりなんだから。大きい声で言ってもらわなきゃ聞こえないよ」


 そうだ、そうだと加勢する声が増えていく。人間は序列に従順で、大きな船に乗る方が楽で、安全だからである。しかし、どうにもその大船に乗れない男がいた。


 ──バンッ。別所は今後のことなど考えずに持っていた書類の束を机に叩きつけた。


「いやあー怖いねえ。別所くん、おじさんのジョークを本気にしちゃダメだよ」


 おじさんに続くように周りも騒ぎ始めた


「おい、別所。総監に向かってなんだその態度は」


「警察がそんな真似をしていいと思ってんのか」


「いやー、総監。すみません。別所も冗談の通じない男でして。よく叱っておきますから」


 総監派が多数を占めるなか、中立を貫く副総監は別所を庇うように、場を宥めるように、仲裁に走る。総監は空気を変えようとしないまま、続けた。


「いやいや、いいんだよ。別所くん、君が諌花くんを優秀だと思っているのは分かった。でもさ、それって主観じゃないの。刑事局の部下に対する親心じゃないの」


「それは……」


「僕も諫花くんはいいと思うよ。でもさ、やっぱり皆に聞かないと。せっかく皆、集まってるんだから採決とろうよ」


 総監は既に結果のみえた形式上の採決によって、棄却が総監個人の意見ではなく、幹部による総意であるとまとめようとした。


「みんな、どうよ。採決しようよ。諫花くんが祇園の署長に適しているかどうか?賛成かどうか?」


 すると周りは口々に小さく反対だの、ありえないだの、と言い始めた。総監に同調しながら、それが目立たぬ意思表示になるように、大きな声では言わない。しかし、決して無口になってはならない。

 しばらくして、各々の意思表示が収まって、静かな時間が流れると、総監の怒号が飛んだ


「おい、司会。ちゃんと仕切れよ。俺が採決とるって言ったの聞こえなかったのか?司会できねえのに司会すんなって。まったくよ。警官のクズはよ、交番勤務にさせときゃいいんだから。こんな本部まで釣り上げてくんなよ」


 司会は慌てたようにマイクを持って採決を始めた。


「えー。それでは総監が先ほどおっしゃられましたが、祇園署の次期署長に、諫花佐和子が適当か採決を取りたいと思います。総監および推薦者である別所局長は採決に参加しないでください。では、推薦するという方は手を挙げてください。多数決で取りまとめます」








 互いが様子を見るように沈黙の時間が続いた。



「もうさ、多数決なんかじゃなくてさ。一人でも推薦するって人がいたら諫花くんを認めてあげるよ」


 しばしの沈黙で完全勝利を確信した総監は司会にそう告げて、再びの採決をさせた。


「では、再び、諫花佐和子の昇任案を支持するものは手を挙げてください」





 長い沈黙が続いた。別所は静かに目を閉じて、審判を待った。








 パチ、パチ、手を打つ音が鳴った。そしてその音は早くなっていった。ちょっとの間、会議室に拍手の音が響いたあと、男は手を挙げた。


「僕は賛成ですよ。諫花さんは優秀です。たとえ、別所次長に抱かれる見る目がない女だとしてもね」


 男は少し笑いながらそう答えた。


 司会は総監の顔を伺いながら、採決の結果、一人の賛成によって諫花佐和子の昇任推薦状は可決された。その後、会議は静かに進行していった。総監は苦々しい顔をしながら、手を挙げた男にずっと視線を送るも、男は静かに書類を見つめているだけで視線が交わることはなかった。


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