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イフパターン  作者: 其嶋真由
ポートシティ編

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第24話 網浜の決意

 

 ――北寺病院襲撃 直後


 秋吉と佐々木が縄梯子で2階に上がって、しばらく時間が経った。拳銃による銃声が何発も聞こえる。


「......大丈夫かしら」


 網浜は心配そうに、ぽっかりと空いた孔を何度も見上げた。光に照らされた粉塵がふわふわと外に流れている。


 すると、2階から大きな悲鳴と破裂音が聞こえた。鳴り止まず、何度も、何度も。ただ事ではない。


「......っ、嘘でしょ」


 網浜の鼓膜の奥が、じんと震える。足元が揺れ、びりびりと血管までもが揺らされているような感覚がした。


 何が起きているのかは分からない。それでも、考えられるなかで最も最悪な事態が起きていることは明らかだった。これは事故ではない、事件だ。


 そして、音がふっと途切れた。

 自身の拍動が全身に響くほどの静寂が流れる。


「......おわった......の?」


 終わった、という言葉の意味が良い方ではないことはくらいわかっていた。孔から流れる粉塵に2人の影が浮かぶ。網浜は安堵したように、大きな声でふたりを呼んだ。


「秋吉さん!佐々木くん!!」


 ふたりは孔から飛び降りて、網浜の前に現れた。しかし、それは金髪の男と包帯で顔まで覆い隠した男であり、秋吉と佐々木ではなかった。血の匂いが、空気に混じった。


「......」


 金髪の男の視線が網浜に向いた瞬間、身体が固まった。視線とは思えない、刃物のような鋭さ。


 網浜の膝が震え、後ずさる。


 金髪の男は構わず、網浜の耳元に顔を寄せた。色気のあるムスクが香った。


「すまないな、彼らは君の同僚だったかな」


 そしていきなり、網浜を包み込むように抱き寄せた。あまりにも自然な動きに、拒絶する瞬間すらなかった。


「本当に悪いことをした。君のようなかわいい子を泣かせたくなかったんだが、あいつがやってしまったんだ」


 金髪の男は包帯の男に責任を押し付けながら、男の白い指が背中をゆっくり撫でた。その仕草は白々しい慰めだった。網浜は思わず、男の胸を押し退けた。


 そして、包帯の男が低い声で言った。


「リザ。そいつは、発現者だ」


「おっと、そう敵意を向けないでくれよ」


 金髪の男は軽く両手を挙げ、一歩下がる。網浜は意味がわからず首を傾げる。


()()()、というとぼかし過ぎかな。とにかく君には不思議な力が宿っている」


 鋭い目がゆっくりと光を走らせた。


「まあ、謝罪の代わりと言ってはなんだが、俺たちは1ヶ月後にポートシティを訪れる。興味があるなら来るといい」


 言い終えると、まるでただの雑談だったかのように、背を向けた。網浜が声を発するよりも早く、ふたりは姿を遠くに消した。大きく飛び上がって消えたようにも見えた。



 ──────────────


「......そうか」


 諫花はゆっくりと息を吐いた。部屋に余韻が残る。小さな会議室に二人がいた。


 網浜は、かすかに震える手を膝の上で組み直しながら、自分が見たことを、知る限りすべてを語ったと言った。


「......これが、あの時、北寺病院で起きたことの全てです」


 諫花は頷いたあと、低く呟いた。


「ポートシティ、か。......厄介な話になりそうね」


 諫花はしばらく黙り、組んだ指の上に視線を落とした。静かな会議室の時計が、コツ、コツと音を立てて時を刻む。


「――それで、網浜。お前はどうしたい?」


「行きます」


 網浜は迷わず告げた。その目には確かな意志があった。


「行くって、ポートシティにか?」


「はい。私が見たあの2人が何者なのか、自分で確かめたい。それに......私、きっと、何か関係があるんです。“発現者”って言葉にも」


 諫花が少しだけ目を細める。迷いではなく、覚悟を測るようなまなざしだった。

 やがて、彼女は小さく息をつき、椅子にもたれた。


「......そうか。だが私はついていけない。後処理が山ほどある。病院も、上層部も、今回の事件のせいで、ひどく混乱しているんだ。

 網浜。お前が決めたなら止めはしない、そう言わせてくれるか。今回の件は、重大な出来事に繋がっていると、長年の勘が囁いているんだ」


 網浜は静かに頷いた。少し間を置いて、意を決したように言葉を続けた。


「そういえば......一緒に行きたい人がいます」


「ん?......誰だ?」


「あの少年です。あんな惨事のなかで、唯一生き残ったのは、単なる偶然ではないと思います」


 腕を組みながら、わずかに眉を寄せた。


「少年......。たしかに無傷だったが、精神面で大丈夫か。あんな現場にいたんだ。事件によるショックはさぞかし大きいだろう」


「でも所長。あの少年も発現者だとするなら、私たちは一緒にいた方がいいと思います。あの男たちは発現者を探していて、しかも手段を選ばない。同じようなことがまた起こらないとは限りません。

 “発現者”が本当に特別な力を持つ存在なら――彼らに対抗できるのは、私たちだけかもしれません」


「......わかった。連れていけ。ただし、彼を守るんだ。そして、お前自身もだ。これは任務じゃない。必ず生きて帰ってくると約束しろ」


 諫花の目には、わずかな苦笑いと、深い憂いが混じっている。


「......ありがとうございます。必ず生きて帰ってきます」


 網浜は静かに頭を下げた。このとき、二人の脳裏には、同じ思い出が流れていた。そして、諫花は優しい目をしながら、背を向けた。


「じゃあ、頼むぞ。その前に、明日、科技局で二人揃って検査を受けてもらえるか。発現者とやらの調査もしなければならない」


「はい」


 扉が閉まり、部屋が静かになる。雲間から、空を突き刺すような光が何本も出ている。


「ポートシティ......。何が私たちを待ってるというの」


 小さく呟いて、拳を握りしめた。あの日の金髪の男の言葉が、耳の奥でこだましつづけていた。


 "君には不思議な力が宿っている"


 網浜は目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。

 その言葉の意味を、確かめに行くために――

 西の港町、ポートシティに向かう。





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