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イフパターン  作者: 其嶋真由
ポートシティ編

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第20話 謎の少年

 

 少年は病床で目を覚ました。

 ただ頭のなかがぐるぐると渦巻き、考えがうまくまとまらない。考えようとするたび、頭のなかの神経が途切れていると、神経細胞が報せてくる。エラーコードは001だ――何かが正常ではない。


 薄暗い病室の光さえ眩しく、手足はだるい。身体の感覚もどこか遠い。


「......ここは?」


 少年が声に出してみても、乾いた喉が水分を求めて張りつくだけだった。そして声はしずかに石膏の壁に解けて、どこにも辿り着けなかった。


「......痛っ」


 右のこめかみに鈍い痛みが走る。すると病室から見える遠くの山なみの緑が眼に焼き付く。目の前が緑であかるくなって眩しい。


 端に寄せたカーテンの隙間から差し込む光がゆらめき、床に影を落としていた。その影がまるで生きているかのように、ちらちらと揺れる。少年の頭の奥で、記憶と現実の境界がぼやけ、視界の緑の明るさと影の揺らぎが混ざっていく。


「.....はあ......はあ......」


 少年の息が荒れる。肺胞がうまく酸素を掴めない。空気を失った肺がひりひりと痛む。手を伸ばし、ベッドの柵をにぎる。冷たい金属の感触は現実に引き戻そうとせず、むしろ感覚を異空間に飛ばす。虚ろに力が抜けていく。


 少年は耐えられず目を閉じる。まぶたの裏には、緑と光、そして揺れる影が入り混じり、まるで映像のように再生される。その映像は途切れ途切れで、順序はめちゃくちゃで、意図を読み取るには難しい。


 ――ピンポン......


 館内放送がかかる。その音に意識を奪われる。それは不愉快な映像を切り裂いて、現実を直視させた。少年にとっては救いだった。


 その声は、無機質で淡々としているのに、鋭く突き刺さる。そして、怯えている。


「北寺病院に、異常事態発生。全員、直ちにホールへ集合してください」


「......ホール?」


 少年は寝ている体を起こす。まだ頭がぐらぐらと揺れる感覚に支配されている。手足のだるさも抜けきらない。視界は光に揺れる。脳裏の残像が映される、現実と奇妙に重なる。少年の視界は極度の不快感をもたらした。胸の奥までもが痛む。心臓が早鐘のように打ち、呼吸が追いつかない。体が軋んで限界を迎えている。


 ――行かないと


 少年は弱々しい足を床に下ろす。震える足で、ゆっくりと立ち上がる。視界の揺れと吐き気に耐えながら、病室の出口へ向かう。


 廊下に出ると、看護師たちが慌ただしく患者を誘導していた。誰もが顔を強張らせ、普段の穏やかな病院の空気は消えていた。そして、館内放送の声が繰り返される。


「繰り返します。全員、直ちにホールへ集合してください」


 少年は息を整えながら、足を一歩ずつ進める。エラーコード001の警告音が鳴り止まない――まだ頭の中の混乱も消えていない。しかし、今はそれよりも、現実に迫る異常をもっと恐れていた。


 廊下の先に自動扉が見える。その先で何が待ち受けているのか、少年はまだ知らない。ただ、目の前の現実にむかって足を踏み出すしかなかった。


 ──────────────


 少年を感知すると、自動扉が開く。ホールに足を踏み入れると、大きな空間に人々が集められている。人数にして、30人くらいだろうか。ざわめきとざわめきの間に、緊張が重く垂れ込み、空気の層が薄く押し潰されていた。


 その中心に、少年の目を引く人物がふたり立っていた。


 一人は金髪の男。長身で、光の加減で瞳が鋭く輝く。鋭い視線は周囲の人々を一瞥するだけで威圧感を放っている。


 もう一人は包帯で全身を覆った男。顔の半分も包帯に隠され、口元さえ見えない。けれども、静かに立つ姿勢から、異様な気配が漂っていた。



 しばらくすると、看護師長の女が現れた。


「......あ、あの。これで動ける人は全員集まりました」


「ああ、すまないな」


 金髪の男はそうお礼を言うと、一通り見渡して、こう言った。


「めんどくさいのは嫌いなんでな。単刀直入に言うが、このなかに発現者がいれば付いてこい」


「......はつげんしゃ?」


 彼ら2人を除いて、誰も理解ができなかった。聞いたこともない言葉と、この異様な事態は誰一人として、理解できるはずもなかった。


「.......」


「.......」


 ながい沈黙が続いた。


「......見せるほうが早いな」


 包帯の男は静寂を割るように、ゆっくりと壁に近付いていった。そして、壁を小さく甲で叩いた。


 ――コン


 その音は小さく乾いていた。しかし、その音がホールに到達し、ホール内の空気に満たされた瞬間、何かが弾けた。


 ――ゴォォンッ。


 石とコンクリートが引き裂かれる地響きのような轟音。床が振動し、空気が一瞬止まったように凪いだ。続いて、粉塵が舞い上がり、待合室を隔てていた壁の一部が内側へと崩れ落ちた。そして、爆発した壁からは白い石膏がぱっと飛び散り、飛沫が光を反射してちりばめられる。窓ガラスがびりびりと鳴り、天井の灯具が揺れ、蛍光灯が割れて灯りがちらつく。ホールに集められていた人々の顔は一瞬で真っ青になり、つぎつぎと悲鳴が連鎖して広がった。


「うわっ!」


 誰かが叫び、車椅子が後ろへと転がる。看護師が咄嗟に患者に手を伸ばすが、粉塵と衝撃で視界を遮られ、何を守ればいいのか判断がつかない。焦げた匂いと生暖かい埃の匂いが肺にまとわりついた。


 少年はその場に釘付けになった。衝撃波が胸を押し、内側のエラー音がけたたましく鳴り響く。こめかみの痛みが増し、視界が白い斑点で埋まる。声も出ないまま、少年は手のひらで顔を覆った。指の間をかすかに通る風が、飛び散った石膏の粉を運んでくる。


 煙のなかにふたりの影が浮かぶ。金髪の男は冷ややかに笑みを浮かべ、片手をポケットに入れたままじっとその様子を見つめている。包帯の男は手を払いながら、まるでさっきの行為が些細な所作であったかのように落ち着いて立っていた。だが、包帯の端から血のような赤がにじんでいるのを見て、少年はさらに背筋が凍った。


 周囲の人々は混乱し、助け合う者、出口へ走る者、ただ立ち尽くして震える者とに分かれていく。自動扉の向こうから看護師長の声が掠れながら指示を飛ばすが、ほとんど届かない。ホールはもはや「安全な集合場所」ではなく、死がもっとも近くにある場所と化していた。


 壁には大きな孔が開いていた。外の光が流れ込んだ。

初夏の風は澄みきっているのに、ここだけが息苦しい。青空はやけに無関心で、季節から切り離されたような気がした。


 ──────────────


 3人は現場に急行していた。もはや警察としてではなく、人間として駆けつけなければならないような異常事態であると、本能が3人を動かしていた。


 北寺病院の2階から黒煙が立ちのぼっている。普段は穏やかな病院の外観に、今は災禍の兆ししか見えない。風に乗って漂う焦げ臭さと、建物全体が、軋む音が緊張をさらに高めた。



「......2階か」


 佐々木が呟く。

 幸いにして、出火は起きていないようだが、緊急事態に変わりはない。視線は2階に集中する。


「......何が起きたんだ、いったい」

「急ごう......」


 秋吉が低く言った。3人は互いに無言で頷き、建物の入口に向かって走り出した。





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