第14話 【回想】祇園町事件⑩
「もう諫花でいいだろ。わざわざ佐藤に責任とらせたってよ。上は納得しねぇだろ。知ってるか。佐藤の許嫁がよ、斎藤議員の娘なんだぜ。オレは政治家を敵に回せるほどの肝っ玉はねぇよ」
幹部たちは密閉された会議室でババ抜きを始めた。責任をどこに押し付けるのか、膨れ上がった自己保身は、生き残れたという奇跡すら忘れさせていた。
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祇園町事件はすぐさま警察の大失態と報道され、国民や政界からも警察への風当たりが強くなった。大統領が暗殺された今、政界の老獪 伊藤君崇による代理政権はすぐさま警察庁へ責任者の処分と追放を指示した。警察庁長官は心身の不良を訴え自ら辞任、その後自宅で遺体で発見された。生き残った数少ない幹部は自身の責任を躱すように雲隠れを始めた。そして祇園町の祇園警察署のトップである諫花が責任を取り、北寺交番の所長へと降格させられた。そもそも祇園警察署の責任者はあくまで諫花である。いくら不在だったとはいえ、諫花はこの大失態の責任を甘んじて受け入れなければならなかった。それは諫花自身が一番理解していた。
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佐藤は警備を敷き忘れた。そのまま椅子で寝ていた。あまりにもカモミールティーが効きすぎた。懐かしい夢を見ていたのは、警察人生の終焉を告げる走馬灯のようなものだったのかもしれない。
佐藤が起きた時には既に事が起きたあとで、多くの犠牲者が出ており、テレビは事件一色で埋め尽くされていた。夢を見ているようだった。現場から遺体が発見され、次々と速報が打たれていく。あまりにも聞き慣れた名前が耳に入る。
ぐるぐると巡っている血が熱を帯びて、頭がぼんやりとする。そして自身の犯した罪の大きさに、耐えられず涙が流れる。
「諫花さん、僕はどこから間違えたんでしょうね」
「そうね。私を選ばなかったところからじゃないかしら」
"諫花さんは笑いながらそう答えた、、気がした"
佐藤はそのまま闇に消えた。長年に渡る出世競争は、午睡に散った。警察官として死刑宣告されたに等しい失態を挽回するなどという希望は見えなかった。そして何より、諫花佐和子と再び顔を合わせるなど出来るはずもなかった。
事後対応に追われる諫花の机には、カモミールティーの跡がついたカップとソーサーがしばらく置かれたままだった。




