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イフパターン  作者: 其嶋真由
交番編

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第13話 【回想】祇園町事件⑨

 

 それから僕は斎藤さんに縋るようになった。

 ドライブに誘って、海岸線を駆け抜けた。カーラジオから流れる流行りの音楽を2人で熱唱してみたり、サンセットの雰囲気にたまらず手を握ってみたりして。


 斎藤さんはやっぱり軽い女だった。というか、僕に惚れていたんだと思う。僕が好きだといえば、私も好きですとすぐに返してくれた。はなから僕のことが好きで、先輩に紹介させたのかもしれない。カップルらしいこともすぐ出来た。愛しているふりをすればするほど、彼女は本気になっていて、ハグをすると大きな鼓動が胸に伝わってくる。そしてこぼれ落ちそうなほどの目で僕を見つめてくるのである。愛していなくても、可愛いとおもえる。愛のない恋人ごっこをするたびに、かわいくなっていく彼女がたまらなく愛おしかった。


 僕が彼女と恋人ごっこをしようと決めたのは、彼女の父親が警察委員会の理事をしていると知ったから。彼女の育ちが僕とは対照的であることは知っていたが、まさか議員だとは思わなかった。警察委員会とは内務省の傘下にあって、警察庁を管轄している組織である。そして、そこに属している斎藤議員。つまり、斎藤さんと繋がりを持って、斎藤議員に認知してもらうことが出来れば、別所派や石川派といった政局争いに巻き込まれることなく、大きな御上の力によってポストを獲得できるというわけである。


 この企みは大きく結実し、豊かな恵みに繋がることになる。


 ──────────────


「おお、君がうちの娘と付き合っている佐藤くんか」


 デートの終着点としてなんども訪れた”成功者というほかない邸宅”ではなく、静かな林の中に建つ小さな数寄屋に招かれた。斎藤議員はスーツではなく、着物を着ていて、いつものテレビで見る姿とは違って優しく見える。


「はい!お付き合いさせていただいて……」


「いやいや、構わないよ。そんなに縮こまらなくても。実はね、心配していたんだよ」


「え?」


「"佐藤くん"にじゃなくてね、娘にだよ。あの子はもう25歳なんだよ。それなのに彼氏のひとつも作らないでいたんだ。一生独身でも構わないけど、そんなの悲しいじゃないか。やっぱり人間ていうのは愛する人と恋をして、子供を育てるということがね、大事なんだよ。それでいい人を紹介してくれって頼んだんだよ。まさか佐藤くんみたいな子だとは思わなかったけどね」


 斎藤議員は僕の気持ちを無視して喉ちんこが見えるほどの大笑いをした。なんというかすごく不快だ。別に自分が優れた人間だとは思っていないけど、大きく笑われなければならないほど落ちぶれてはいないはずだ。僕は反射的に言い返しそうになったが、口の中で留めた。


「佐藤くん、勘違いしないでくれるか。これは褒め言葉だよ」


 僕の様子を見て察したのか、斎藤議員は慌てて誤解を解こうとしてきた。


「いや、佐藤くんはだってA官でしょ?それに顔も悪くないじゃない。そんな方がうちの娘と付き合ってくれるというのは親として嬉しいでしょう」


「あー、そういうこと……。すみません、なんか、誤解しちゃって」


「いいのいいの。それよりさ、僕は佐藤くんがうちの娘に愛想をつかさないか心配だよ。はやく既成事実を作ってよ」


「既成事実ですか……」


 既成事実という言葉、きっと子供を作れという意味だろう。愛のない虚言の恋の間に生まれた子供はどれだけ不幸なことだろうか。それに僕の恋物語はここで幕を下ろすということになる。浮気や不倫だなんてそんな馬鹿げたことをするつもりはない。たとえ嘘だとしても、僕は死ぬまで嘘を吐き続ける。それが彼女を騙した罰じゃないか。


「うん?どうしたの。DINKsか何かなの」


「いえ、そうじゃありません。彼女が望むのであれば、僕はいくらでもがんばります。ただ……」


「ただ?」


「ただ正直、今の自分では釣り合わない気がして。昇任できる気配もないですし、彼女を幸せにすることが果たして出来るのだろうかと不安なんです」


「愛は偉大だ。金や地位、名誉なんてものは愛の前では小さなものだよ。互いに愛している、その事実だけで如何なる苦難も乗り越えられるものなんだ。だから君が昇任に悩む必要はない。うちの娘だって、そんなことなんて気にしたこともないはずだよ」


「でも……」


「佐藤くんは自信がないね。なくてもあるように生きなきゃ、人生は輝かない。石川くんだって、もちろん優れた優秀な警察官であることは間違いない。だけど、なんでも出来る天才ではない。でも石川くんが何かをできないと泣いたことはないよ。出来なくても背中を退け反って、傲慢な態度で居座る。そういう人が上に上がれるんだ。佐藤くんも出世をしたければ、自信を持って椅子に座っているといい」


 傲慢な態度で居座る。世の流れと逆行しているアドバイスだった。でも確かに幹部衆を見てみると確固たる自分を持っていて、人の話など聞きそうもなかった。トップダウンの世界で出世するには、そうでなければならないことを知った。


「まあ悩むことはないよ。いずれ機会は巡ってくる、その時にしっかり掴めばいい」


 斎藤議員はそう言いながら畳の一部を取り外した。すると炉が現れた。


「お茶は好きかな。僕はこれが趣味でね、良ければ飲んで帰りなさい」


 鉄釜はひゅるひゅるという小さく蒸気を吐いて、小さな部屋がほんのりと暖かくなった。年季の入った茶具を扱う様は格好が良くて、少し憧れる。隠居して、このような暮らしをするのは憧れだ。


「いいお茶だよ」


 斎藤議員が茶筒を開けるとお茶の匂いが届いてきた。緑色という言葉が当てはまる、というより緑色という色はこのお茶の為にあると言っても過言ではない。深く浅い緑色の抹茶がかき混ぜられて、白っぽくなった。そして、腰に隠していた懐紙に包まれた茶葉を1本取り出して、抹茶に浮かべた。


「茶柱だよ。これは佐藤くんへの応援の気持ち。いつか、幸運が回ってくるはずだよ。だから、誠実に生きていきなさい」





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