第四十四話 侵入
六真と穂野江は敵がいるアジトの近くに到着し、様子を覗っていた。
「ここが……敵の拠点ですよね。ここから見ているともう数十年も経っているビルに見えますけど」
「えぇ、でも良く視なさい。あのビルから流れ出る邪気の量を」
六真は目を凝らし、ビルの周りを見ると黒い物体が包み込んでいた。
見続けると心臓の中が掻き回され、気持ち悪くなっていく。
「ヴッーーオェェェェ」
胃から逆流し、口から苦味のある吐瀉物が地面に吐き落ちる。
「大丈夫よ、ゆっくり、ゆっくり……深呼吸して落ち着きなさい」
穂野江は六真の背中を優しくさすり、心を落ち着かせようとする。
「す、すみません……初めてじゃないのに……」
「いいえ。誰にだって慣れないものよ、現に人間の憎悪が混じった邪気なら特にね」
「ハイ……」
慣れていたハズなのにーーもしかしたら今までの戦いで感じなかったのが原因かもしれない。
それでもここで立ち止まってはいられない。
六真は倦怠感に苛まれながらも弱い心を奮い立たせる。
「……それじゃあ行くわよ、気を抜かないように」
「……」
返事を返す気力もなかった僕は穂野江さんの背について行った。
そうして暗い道を走りビルに着く。
ビルの入口に立つとキィーーキィーーとトビラが風に揺られて恐怖心を呼び起こす。
ゴクッと固い唾を飲み込む。
「ここが……」
敵が待つビルであるが本当に居るのか僕は疑問が思う。
「敵はやっぱり、こちらに気づかれないよう偽装していたみたいね」
『ホラ、見なさい』と穂野江さんは目で合図をしていて、僕はそこを見に行く。
すると所々に修繕をしていた"跡"のように比較的新しく見える壁やワザと壊している部分がある。
穂野江さんの方を見ると冷静に周りを観察していく。まるで探偵のようにスミからスミまで見落としがないように。
僕はある疑問が思い浮かぶ。
敵であるアンジカトスはこんなビルを使わなくとも魔界の門を開けられる手段はあるはずだ。
なにより自分達がここに居るとワザと知らせているようである。
僕は穂野江さんに聞いてみる。
「穂野江さん、敵はこんな事をする必要があるんですか?僕だったら誰にも見つからない場所でやると思いますけど……」
「そうね、普通だったらそう考えるのが必然だけど"場所と時間"がピッタリなのよ」
「場所と時間……ですか?」
するとサイタイスが反応し、その【場所と時間】が何故ピッタリなのかウィンドウが表示される。
『今回の日付では満月が出ており、このビルを最も照らし、そして丑の刻が近いからです。
魔界の門の道が僅かに繋がります。
そうした条件を揃え、なおかつ正当な儀式もしくは術式を構成させ、魔力に適正を持つ人間が唱えれば完成します。
しかし、この方法では多くの年数がかかり、術者本人の魔力や生命力を吸いつかれてしまい命を落としかねません。
成功する確率は不明ですが実行することは出来ます。
方法はこちらですーー』
サイタイスがその儀式の一覧を見せるがどれも胡散臭く、信用出来ないものだった。
さらには常人の人間では不可能であり実行などできようもしない。
しかし、実在しているからこそ魔界の門を開こうとしている。
それよりも気になるのは"時間"だ。
「まっ……待って下さい!それじゃあ残り時間は!?」
声を荒げながらサイタイスに表示されている時間を確認すると午前十二時五十分を回ったところだ。
つまりタイムリミットは約一時間と十分である。
「は、早く行きましょう!穂野江さん、手遅れになる前に!!」
早く、早く行かなくちゃ!
そうして敵である哀奇が待つビルの中に入ろうとしたが。
「待ちなさい!六真君!!」
穂野江の静止を振り返らず、走り出したが。
ブブッーーブブッーー
サイタイスが震えだし、六真等は確認すると奏さんとの通信が入る。
「六真君、焦る気持ちは分かるわ。一先ずは奏隊長の通信を聞きましょう」
「奏さん!?何だろう、もう時間はないのは分かってると思うのに!」
焦燥感が渦巻き、語気が強くなってしまう。
六真は踏み止まり、奏の通信を聞く。
『こちら奏上代、隊員らの諸君。これより作戦を開始する。
確認だが作戦は志麻妥哀奇の捕獲だが優先するのは魔界の門が開くのを防ぐ事だ。
我々、隠密部隊が足止めの結界を貼り、敵の監視だ。
穂野江、六真の二名は敵の拠点に侵入し、儀式を阻止せよ。
これは失敗を許されない!ーー以上だ。
行動開始!!』
「足止め?一体何を」
すると空に四本の光が昇り、ビル全体を包みこんでいく。
「これは封光印、門の道を遮るための結界魔法ね。急ぎましょう六真君、これは長くそう持たないわ」
僕はまた穂野江さんの背中を追いかけ、ビルの中に入っていった。
ビルの中には安全に入れたがナニカがおかしい。
至って普通に壁や天井はボロボロで窓も割られて、瓦礫の山もあるがどこかオカシイ。
「な、なんだこれ……空間が歪んでいる?」
僕は真っ直ぐ立っているはずなのに左だったり、右だったりと左右にフロアが傾いている。
そして窓の外は黒く、あの封光印が視えなくなっていた。
ビィーービィーー!!
サイタイスがけたたましく警告音のようなものを発していた。
『この場所は危険です!邪気の濃度が高く悪魔が出現する可能性があります。気をつけて任務にあたって下さい!!』
な、悪魔だって!?
「ここは……まさか異空間にしたっていうの!?六真君、気をつけて!ここはーー」
「え……?」
緊迫した声が六真に伝わり、穂野江の方に向こうとすると。
キィーーーーバタン!
突然、ビルのトビラが閉まってしまう。
「閉じ込められた!?」
「クッ……しっかり気を持って六真君!」
バン、バンバン!バンバン!!
僕達、二人しか居ないはずなのに天井や窓が叩かれる。
ガタッーーガダ、ガガダダーー
フロア全体が震えだしていき、立っていられなくなる。
ギャァァーー!アヴァァァァ!!
男か女の声が混じっているのか分からない怪物の叫びが耳をつんざく。
そして窓から無数の黒い手がこっちにゆっくりと伸ばしていき、一つの目玉らしい物がジッとこちらを覗く。
ニィィィーーと目玉を吊り上げていく。
まるでこちら側に引き込もうとしている。
「な、なんだよ……なんなんだよこれ!!」
恐怖心よりももっと恐ろしいナニカをこの目で見せられ、『ハァハァ』と息が荒く、肺がキツく締め上げられる感覚に鋭くなる。
「ッ……!こっちよ、絶対に手を離さないで!!」
「は、ァァ、アーー」
穂野江は強引に六真の手を引き、階段がある所まで駆け走る。
「六真君、しっかり、しっかりして!!」
階段を登っている間、目の焦点が合っていない六真を必死に呼びかけ、意識を戻そうとする。
「これじゃあ無理ね……しまったわ、とりあえずは彼が落ち着く場所を探しましょう」
そうして二階につき、六真が落ち着く場所を探す。
地面がしっかりした場所に六真を寝かせる。
「ここが良いわね、『我に邪を通さぬ護りの光の障壁をーー護雲壁』……ハァ!」
敵の妨害もしくは攻撃がないよう結界を唱える。
二人の姿がかき消され邪気は通されなくなった。
それまで六真が目覚めるまで十分をかけてしまう。
「ほ、穂野江……さん、僕はあれ?」
「良かった、意識が戻ったのね。私が迂闊だったわ」
穂野江は六真が目を覚ますまで魔力を絶やさず、周囲を警戒していた。
六真の精神状態が安定し、ホット安堵する。
「何があったんですか?」
「貴方は呑まれていたのよ、"異界"にね」
「そ、そうなんですか。というより異界って?」
穂野江さんが言うには人間と魔界の狭間にできた空間のことらしい。
異界には人の感情を掻き回すための幻覚を見せつけるものもあり、人ならざるモノも呼びやすい。
そして邪気の濃度が高く、悪魔が顕現しやすい場所となっている。
「そう、だったんですか」
「まさか敵が異界化を具現化していたなんて……ごめんなさい。ちゃんと対策としていれば」
「今となってはしょうがないです。穂野江さんのお陰で僕は無事でしたから。それより時間もありません、急ぎましょう!」
「そうね、グズグズしている場合じゃないものね」
穂野江は結界を解き、先に急ごうと三階に登っていく。
三階につき、フロアに入ろうとすると。
「止まって六真君……」
ピタッと止まるとそこには大きな影が動いていた。
「声を抑えて、音をたてずに階段まで進むよ。無用な戦闘は避けたいわ」
穂野江さんの声に従い、ゆっくりと歩きだしたが。
カツンーーカラカラーー
誤って六真は瓦礫で崩れてしまった小石を蹴ってしまった。
しまったーー!!と心の中で叫ぶ。
その影は音に気づいたのかこっちに向かってくる。
「ごめんなさい、穂野江さん!」
「しょうがないわ、戦闘態勢に入って!!」
僕は奏さんに貰ったハンドガンをホルスターから抜いて、構える。
穂野江さんはレイピアを鞘から抜きさり、同様に構える。
「来るなら……こい」
「……」
ノソノソと歩いてくるソイツの正体は熊だった。
「グゥゥゥアァァァァ!!」
ソイツは口からヨダレを垂らしながら、目を血走らせて走りだす。
まるで何ヶ月も食べ物を食べず、獲物を狩る野生動物よりも恐ろしい捕食者に視えた。
「野生の熊?でも様子がおかしい!?」
「油断しないで六真君!ソイツはただの動物の熊じゃない。邪気に冒された魔獣よ!!」
魔獣と呼ばれる獣は血肉を求めるようにこちらに鋭く突進してくる。
「グルァァァァ!!」
「クッ!?」
魔獣の突進が早く、引き金を引けずに横に飛んで避ける。
「ハァ!」
穂野江は上手く魔獣の突進を回避し背中を数発、突き刺す。
致命傷には出来なかったけど、次は外さない。
「グゥゥアァァ!」
痛みを負わせた穂野江に魔獣は異常に発達した爪で切りかかったがレイピアで弾かれる。
カキィィンと弾いた金属音が響いていく。
「ハァハァ、危なかった……」
「六真君、立てる?」
「ハイ、怪我はしていないです」
緊張が全身を巡り、汗が流れ出る。
「グルゥゥーー」
魔獣はこちらの様子を窺い、グルグルと左右を歩きながらこちらの油断を待っている。
「六真君、私が魔獣の動きを抑えるからその隙に」
「"撃て"ってことですね」
コクリと頷き、レイピアを再び構えながら魔獣に向かっていく。
「ハァァァァ!」
穂野江は的を絞らせないように俊敏にレイピアで攻撃しながら混乱させる。
「グゥォォ!?」
魔獣は目の前で消えたのに驚き、穂野江を目で捉えられず、無我夢中に爪で切り裂く。
そして一瞬の隙を逃さず、穂野江は甘く入った爪にレイピアで弾く。
「そこぉぉ!」
「グガァァーー!?」
魔獣の体勢が崩れ、よろける。
だが魔獣も一筋縄ではいかなく右腕を振り下ろし穂野江に当てる。
「ぐっ、しまった!?」
咄嗟にレイピアでガードしたが体が地面に転がる。
「今よ!六真君!!撃って!!」
その刹那の攻防に僕はハンドガンにおぼつかない手で弾丸を詰め込む。
六真はハンドガンを魔獣に向け、狙いを定める。
その視線に気づいたのか穂野江を後回しにして六真に襲いかかる。
【チャンスは一度】。初めてでもやるしかない……やるしかないんだ!
迫りくる魔獣にドクンーードクンーーと心臓が高く鳴る。
引き金を引く指が……震える。
意を決して僕はーー銃を撃った。
バァァァァン!!
魔力を持った弾丸が回転し、魔獣の眉間を撃ち抜いた。
「グッーーグオォォォォーー」
白目を剥き、頭から血を流して倒れた。
「や、やったんですよねーーハァァァ」
全身から力が抜けていく。
腕が痺れていく銃の反動だろうか。
僕の手は震えていたーーそっか殺めたんだよな。この手で。
実感が湧かないーー
「…………」
穂野江は傷を癒し、六真に近づき、問う。
「六真、その感覚は正当性があったとしても君はその手で人を殺める覚悟はある」
「何とも言えないです……それでも、いや、行きましょう」
返事をはぐらかす僕はどうして何も言えないんだろう。
声に力は無くとも歩みを止める訳にはいかない。
僕は自らの手で殺め、一つの命の灯火を失った魔獣に近づき、瞳を閉じさせる。
「ごめんね、これが最低限だ……」
そうして僕等は次の階に進んでいった。
どうも〜作者の蒼井空です!
お久しぶりです。読者の皆様、投稿が遅くなり、誠に申し訳ないです(´;ω;`)
それでも読みに下さったり、見に来てくださった読者の皆さまには感謝しかありません…
本当にありがとうございますm(_ _)m
もう季節は秋ですね〜気温の変化が変わる時期です。風邪を引かないよう気をつけて下さい。
それでは長く書きましたがまたお逢いしましょ〜う(^O^)/




