あまくとろけるおくりもの
ズ…ズズ
ズ…
いつもの癖で、少年は静かに襖を開ける。
ゆっくりと、ゆっくりと。
夜中──。
少年はお腹が減っていたのだ。
だから、夜中に、ゆっくりと静かに、押し入れの襖を開けているのだ。
12月──。
もう小学校は冬休みに入っている。
それは、給食が食べられないと言う事だ。
家では、あまりご飯が食べられない。
だから、給食の時間は、何よりも大事な時間だった。
その給食が食べられない。
少年は、押し入れの下段から這い出した。
押し入れの外も暗かった。
暗い冷たい部屋だ。
その部屋自体、物置のような部屋だった。
雑然と、ダンボール箱や、服の詰まったカラーボックス、家電などが、ホコリをかぶって詰め込まれている。
少年は立ち上がった。
母親が、初めて知らない男を連れて来たのは、夏よりも前だった。
母親が知らない男を連れて来るのは、4度目か、5度目か。
怖い男だった。
目を見れなかった。
初めてのその日に、殴られた。
それを母親は見ていたのに、何も言わなかった。
何もしなかった。
男がこの家に居座るようになったのは、9月に入ってからだ。
男は、少年を見る度に殴った。
だから、少年は、物置になった部屋の、その奥の押し入れに籠もるようになった。
男の前に出られないから、ご飯が食べられなかった。
だから、学校の給食が、毎日毎日、待ち遠しかった。
週末、学校が無い日には、たまに、パンや魚肉ソーセージが押し入れの前に投げ込まれた。
少年は、それを、少しずつ食べた。
男は、よく電話で怒鳴っていた。
最初は、母親に向かって怒っているのかと思ったが、母親が出かけている時も、その怒鳴り声は響いていた。
だから、電話の相手に怒鳴っているのだと分かった。
怒鳴り声は、押し入れの中まで聞こえていた。
自分に向けられていなくても、その怒鳴り声は、とても怖かった。
教室で、みんなが、クリスマスの話をしていたのだ。
去年はサンタさんに何も貰った、今年は、何をお願いした。
そんな会話を、少年は教室の端っこで聞いていた。
ご飯をお腹いっぱい食べたい。
そんな願い事しか思いつかなかった。
少年は冷たい廊下を歩いて、玄関に向かった。
足下に注意して、ドアの鍵を閉めた。
ゆっくり、音がしないように。
そして、チェーンをかけた。
慎重に、音がしないように。
来客用のスリッパがあったので、それを履いて、玄関から離れる。
居間を覗いて、それから、台所に入った。
冷蔵庫を開ける。
胸が高鳴った。
ホールのケーキがあった。
まだ半分以上残っている。
白い生クリームにイチゴの赤が眩しかった。
少年は、ケーキの皿をテーブルに載せた。
他にも、フライドチキンや、お寿司のパック、サラダなどを、テーブルに載せた。
コップに、コーラを注ぐ。
少年は椅子に座った。
目の前にはご馳走がある。
ゴク、、
生つばを飲んだ。
夜、玄関のチャイムが鳴ったのだ。
押し入れの中でそれを聞いた。
母親が何か言いながら、玄関に歩いて行ったのが分かった。
ドアの開く音。
そして、バタバタと、足音が聞こえ、すぐにドタっと、何かが床に倒れる音がした。
何人かの足音が廊下を通って行く。
あの男の怒鳴り声が聞こえたと思ったら、すぐに止んだ。
それから暫く、何人かの足音が聞こえていたが、大きな音を立てるでもなく、家中を歩き回るでもなかった。
唐突に、玄関のドアが閉まる音が聞こえて、静かになった。
少年は、それを、押し入れの奥で 、息を殺して聞いていた。
静かになってから、心の中で数をかぞえた。
3000をかぞえてから、少年は押し入れの襖を開いた。
お腹が減っていた。
玄関には、母親が横たわっていた。
足下に血が溜まっていた。
居間には、あの男が倒れていた。
ソファーから落ちて、土下座のような格好で、動かなくなっていた。
床の絨毯に、血が染みていた。
もう、少年の邪魔をする人はいなかった。
少年はお腹が減っていた。
目の前のケーキから、右手の人差し指で生クリームをすくう。
それを、口の中に入れる。
甘かった。
頭の奥が蕩けるような、甘い甘い刺激が、口の中に広がった。
サンタさんありがとう。
少年は、心の底から、感謝した。