5-4.怖くないのか?
クレアの指摘にアルブレヒトの動きが止まった。しかしそれも僅かな時間で、すぐにまた手を動かし始める。
「人を見とらんから、ウチがアンタのことをどう思っとろうと平気で言いたいよーにしゃべるし、そもそもの話、人間に興味も無いんやろ? だから誰にどう思われても構わへん。大事なんは自分がどう思ってるか、何をしたいか、そればっかりや。簡単に言えば、わがままなガキがそんまま頭でっかちの大人になった感じやな」
「ふむ……なるほど、的確な評価かもしれない。周りにいるのは基本的に凡人愚物ばかり。昔から僕は、そんな人間たちとは用が無ければ関わらないようにしてたし、彼らが僕自身のことをどう評そうとも興味はなかったね」
「せやけど学問と技術、それだけは大切にしとる。なぜならそれはアンタの才能を活かすと共に、やればやるだけ応えてくれるから」
「ご名答。僕自身はどれだけ馬鹿にされても怒りも湧かないけれど、研究を過小に評価されるのは我慢ならない」
「それは今さっき身をもって体験したわ」
首を少しひねってクレアは枕元の傷跡へ目を遣った。頬は薄皮が斬り裂かれた程度だが、突き立てられたナイフから彼の怒りは感じ取れた。反面、「わがまま」と彼にダメ出しをしたところで怒りらしき感情は微塵も見て取れない。彼の言っていることは本心なのだろう。
「アンタは技術そのものにしか興味がない。技術の発展のためになら人ンことはどないなったって構わへん。そう思うとる。
でもウチはな、技術は人のためにあると、そう信じとる。アンタの言うとおり技術の発展に犠牲はつきもの。それは否定せぇへん。でもな、存在意義を履き違えたらアカンのや。技術のために人がいるんやない、人のために技術があるんや」
「……」
「強いモンスターから身を守りたい、手足を失くしても今までどおりに生活したい、面倒で大変なことを便利で楽に済ませたい……細かい理由は何でもエエ。そんなふうに人が望んだから技術は発展してきたと信じとるし、誰かがウチの作った物で喜んでくれる、笑ってくれる、そのためにウチはハンマーを振るうんや」
「……そうかい」
「そうや。別にアンタに強制はせんで? これはあくまでウチの信念や。アンタがどんなつもりで研究しようが構わへん。ただ――アンタを見とるとヘドが出る」
「残念としか言いようがないね。ひょっとしたら、君なら僕の研究に喜んで協力してくれるんじゃないかって思ってたんだけれど」
アルブレヒトは軽く嘆息した。言葉どおり残念がってはいるが、見た限りそれだけだ。落胆している様子はまったく見られず、機械の方を見つめ口笛を吹きながらコンソールを慣れた手付きで操作していった。
「……素晴らしい」
やがて程なく画面に数値が表示され、アルブレヒトの口から感嘆が漏れた。文字が小さく、それぞれが何を意味しているのかはクレアには分からなかったが、少なくとも彼がいささか興奮気味なのは理解した。
「純度も上げてない状態でこの数値……含有してる魔素の量といい、それを保持できている器といい、見事だよ。喜んでくれ、クレア・カーサロッソ。間違いなく君は、君こそが私が探し求めていた逸材だと確認できた」
「へぇ、そら良かったなぁ」
まったく感情のこもらない口調でクレアは投げやりに答えた。大嫌いな奴に褒められたところでまったく嬉しくもなんともない。
それよりも。拘束を外してくれないか、という叶うとも思っていない期待を込めて手足を動かしてみる。ジャラジャラと鎖が擦れる音がするばかりで、アルブレヒトもヒュイも外してくれる気配は微塵もない。
こうして手も脚も動かせず寝ているだけというのも退屈だ。血ならいくらでも取ってくれて構わないから、早く帰りたいなぁと思う。もっとも、彼が生きて帰してくれるような配慮をしているとは思わないが。
とりあえず寝てしまおうか、と考えると体は正直であくびが出た。大きく口を開けて緊張感もなく眠そうな目で天井を眺めていると、そこにヒュイの中性的な顔が割り込んできた。
「君は……怖くないのか?」
「んー……せやなぁ。こんなとこ拉致されて腹立たしくもあるし、店がどうなったとるんか心配やなぁとかは思うけど、別に怖ないな」
「さっきの話を聞いても危険な目に合わされると思わないのか? もう分かってるだろうが、あの人は君の体のことなどまったく気にしないぞ」
「はは、大丈夫。貴重な被検体なんだから長持ちするよう無茶はしないって」
到底信じられないアルブレヒトの発言を無視して、クレアはヒュイの問いに少し考え込んだ。が、結論は変わらない。
「んー、やっぱ別に怖ないな。もちろん痛いのとか苦しいんは嫌やし、どうせこのまんまやとロクな目に合わんのも理解はしとるんやけどな」
「理解してるのならなぜ……?」
「さあな。ウチもよう分からんけど……」
それでも理由は何となく想像がつく。クレアはそう言い添えてからヒュイに自嘲気味の笑みを向けた。
「ウチは親父もお袋も自殺してもうてるからなぁ。兄貴も戦争で死んでしもうたし、血の繋がった家族は誰も残っとらんしな」
「それは……申し訳ないことを聞いた」
「ウチが勝手にしゃべった話やさかい、気にせんといてや。実際、もうウチの中で整理はついとる。せやけど……ちっこい時に身近な死に触れすぎたからなんやろうか、死ぬことに対して忌避感みたいなもんがぶっ壊れとんねん。
大切な娘はおるから別に死にたいわけやないし、ゆっくり店の経営しながら好きなことして生きてこ、とは思うけど、どうせいつか親父や兄貴と同じように死ぬわけやしな。そこまで自分の生き死ににこだわっとらへんのかもな」
「面白い話だね」アルブレヒトが背を向けたまま会話に入り込んできた。「見ず知らずの他人の命には技術以上の価値を認めるのに、自分の命にはさしたる興味を抱かない。理解できないのに、僕個人としてすごく興味を引かれる話だ。ぜひともそこの思考回路を解きほぐしてみたいところだよ」
「ネジの外れた大先生にご興味持ってもらえて光栄や。それより、こないにのーんびりおしゃべりしといてエエんか?」
「……何が言いたい?」
クレアの、このような状況にもかかわらずどこか面白がるような言い方に、ヒュイの方が違和感を覚えた。まるでこの後、自分たちにとって都合の悪い事が起きるとでも言いたげな彼女に詰め寄るが、そんなヒュイに対して愉悦感たっぷりに笑った。
「ああ、すまんすまん。ウチが何か仕込んだりしたわけやないで? せやけど、この後何が起こるか、なーんとなく分かるんや」
「何が起こると言うんだ?」
「それは起きてからのお楽しみや。せやから、ウチのこといろいろといじくるなら早くした方がエエで? のんびりしとると、こわーい姫さんが暴れまわるやろうからな」
そう言って彼女がニィっと笑った。
次の瞬間――ヒュイの背後で壁が吹き飛んだ。
凄まじい轟音を響かせ、何の前触れもなく弾け飛ぶ壁の建材。ヒュイはとっさにアルブレヒトに覆いかぶさる形で地面に伏せたが、頭上から次々と細かい破片と埃が降り注いできて、爆薬の匂いが鼻を刺激してくる。
「こないな風に、な?」
何が起きたのか。理解が未だ及ばない中、笑いの入り混じったクレアの声をヒュイは聞いた。
組み敷いた形になったアルブレヒトに怪我が無いことを確認して彼は体を起こした。未だ舞い上がった埃で視界はおぼつかない。だがその向こうに小柄な影を一つ認めることができた。
「――迎えに来た」
「待っとったで」
程なく煙が晴れる。
そうして顕になったのは、どこか柔らかい目でクレアを見つめるノエルの姿だった。
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