5-2.クソ野郎をボコボコにしてやろうじゃないの
「でも、いったい誰が……?」
分からない。この場所を隠匿しているわけではないから可能性だけは無数に考えられる。けれどクレアで押さえ込めなかったということは相当にクラスが上位の人間だ。
果たして誰か。ここへと偶然迷い込んだ可能性も考慮すると、ルーヴェンに限ってもそれなりの人数が候補にはなる。思考にふけりながら店内を見回して、ふと気づく。
「あぁ……お酒とかコーヒーもだいぶ盗まれちゃってますね」
シオがカウンターの中へ入り、棚を確認しながら落胆する声を上げた。彼の言うとおりカウンターの奥にある酒やコーヒーの商品がごっそりと消えている。そこにもまた私は違和感を覚えた。
クレアが対応できない相手くらいの上位探索者なら、お金には困っていないはず。だから物取りが目的の可能性は低い。
にもかかわらず棚の商品が大量に盗まれている。カフェ・ノーラで置いているのは特に珍しい銘柄ではないから、地上の店に転売しても別段高額で取引されるものでもない。となれば、犯人自らが消費するためだろうか。わざわざ盗んでまで。
「盗んだ、ということは――」
その必然性があった。盗む必要があるということは、あまり酒が手に入らない環境。そう仮定したところで思い至る。
「シオ。盗まれたのはお酒とコーヒー、どちらが多い?」
「え? ええっと……そうですね、どっちかというとコーヒー豆の方ですね。抽出の器具もいくつか無くなって……?」
私に回答しながらシオが首を傾げた。彼も私と同じ違和感を覚えたようだ。
コーヒーを好む探索者というのは多くない。酒とコーヒー、どちらか一つと問われれば、おそらくは八、九割が酒の方を選ぶと思われる。だというのに、店の商品はコーヒーを中心に盗まれている。しかも抽出器具までだ。
上位クラスの探索者が関係して、コーヒーを好む人間。そして、この店を襲う動機がある。思いつくのは――
「アルブレヒト・ゴルトベルガー……」
彼しかいない。そして、クレアがここにいない理由と、アルブレヒトが見せていた執着。それらが繋がった時、私の足元が崩れ落ちるような感覚を覚えて。
気づけば、店を飛び出していた。
「ちょっ……! どこに行くんですか、ノエルさん!?」
バーニアを噴射して最高速で飛んでいく私に、シオがしがみついていた。振り落とされないよう必死に腰に捕まるシオを見て、少し落ち着きを取り戻す。いけない、ちょっと我を忘れてしまっていた。
「クレアのところ」
「どこにいるか知ってるんですか!?」
「推測。おそらくはアルブレヒト・ゴルトベルガーに誘拐された」
「そんな!? まさか……」
シオから驚きと困惑が入り混じった反応が返ってきた。驚くのも無理はないが、彼の可能性は高いと考えている。
「アルブレヒトさんって、あの人ですよね? この間、護衛の人たちと一緒に来てた、確か迷宮の地下で研究してるっていう……どうしてあの人がクレアさんを?」
「理由は不明。ただ、この間二十一階層で遭遇した際も彼はクレアに執着と推定される感情を覗かせていた」
アルブレヒトは武器の製造を要求していた。けれど、店を襲撃してまでクレアを連れ去った理由がそれとは考えづらい。クレアを雇う報酬にも相当な高額を提示していたので金に困っているわけでもなく、クレアほどではないけれどそれなりに良い装備は地上の街でも入手できる。
彼が行動した動機は何か。現段階では計り知れない。だけど動機が何にせよ、店をめちゃくちゃにしてクレアを誘拐したその罪は――重い。
「クレアに手を出すのは――許されない」
本来私が守るべき人だったエドヴァルドお兄さん。彼は、その妹であるクレアのことを何よりも大切に思っていた。
お兄さんは死んだ。守れなかった。なら、せめて彼女は守らなければならない。一方的な想いは逆に傷つけることもあるとこの間のシオの件で学んだけれど、それでも彼女が危機にあるとなれば、全力を尽くして彼女を救い出す。
「シオに質問。アレニアは今日迷宮にいる?」
「えっと、はい。たぶん。一人の時は、ここ最近は十二か十三階層くらいにいるみたいです」
承知した。
バーニアの勢いを殺すことなく、壁を蹴って角を直角に曲がる。
下の階層へ続く階段を降り、速度を維持したまま十二階層に到着すると、バーニアに加えて地面を脚で蹴りながらさらに加速させつつアレニアの姿を探していく。高速で迷宮を駆け抜けていく私たちに、すれ違った人たちに加えてモンスターたちからもポカンとした視線が向けられるけれど、それらはすべて無視。構っている猶予は無い。
やがて。
「――いましたッ!」
前方で、モンスターの背後を取っているアレニアの姿を発見した。銃を構えて今にも襲撃しようという雰囲気だ。
申し訳ない。自分でもおざなりと思える謝罪をして――背後からアレニアの体を捕まえた。
「ぐぇっ!?」
勢いを一切殺さずに抱え上げたのでアレニアからカエルが潰れたような声が出た。彼女は急速に接近する私に気づいていたようだけれど、さすがに問答無用で連れ去られるとは思って無かっただろう。
「の、ノエル!? それにシオも!?」
けれど、脚を止めてのんびり事情説明する時間も惜しいのが正直なところだ。
彼女が襲撃する予定だった敵モンスターを、通行の邪魔なので適当に蹴り飛ばしつつ、錐揉み回転に巻き込まれて悲痛な悲鳴を上げる彼女へ端的に説明する。
「クレアが誘拐された可能性が濃厚」
「ひぎぃ、落ちるぅ……って、はぁぁっ!?」アレニアの表情が一変した。「嘘でしょ!? 本当!? どこのどいつよ、クレアに手を出した大馬鹿野郎はっ!?」
「未確定。ただ店が荒らされていたから可能性は高い。そして犯人に目処はついていて、その人物とクレアを探し出す。そのためにアレニアが必要」
アルブレヒトが深層のどこに研究所を構えているか分からないし、そもそも研究所に連れて行っているかも不明。けれど、アレニアのスキル<鷹の目>ならすぐに見つけられるはず。深層なので完全なマップは形成できなくても、クレアと仲の良いアレニアだから彼女の位置だけはすぐマーカーが表示されるものと推測する。
「了解よ。ならさっさと見つけ出して、クレアに手を出したクソ野郎をボコボコにしてやろうじゃないの……!」
「そのつもり」
クレアに手を出した人間は許さない。アレニアに同意しながらそうつぶやくと、左手に掴まっていたシオが震えたような気がしたけれど、気のせいだろうか?
ともかくもクレアを助け出す。決意を抱いて、私たちは一気に深層へ向かっていったのだった。
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