4-3.運命の人だから
「クレア」
「ほい来たぁっ!!」
踏みつけたことで敵が静止し、そこにクレアのハンマーが振り下ろされた。
彼女が示していた敵の首元に、焔精霊の力が宿って赤熱したハンマーの先端が叩き込まれる。直後、ハイ・アーマーナイトがくぐもった悲鳴を上げ、ハンマーがぶつかったところが一瞬だけまばゆく光った。間違いない。彼女のスキルが発動した。
「ノエル、今や!」
光った場所が赤熱し、そこから鎧に一本の亀裂が走った。
それを見るよりも早く私は魔法陣を展開。頭上から飛び出した冥魔導の黒い矢が、狙いどおり亀裂の起点に突き刺した。
「も一丁ぉっ!」
すかさずクレアが再びハンマーを振り下ろした。金属同士がぶつかったはずだけれど、不思議と音が響かない。代わりにもう一度、今度は黒い光が周囲に一瞬だけ広がっていって、やがて静まり返った。
ハンマーをどけ、私も敵の体から降りる。ハンマーで叩きのめされた箇所以外は、私の十四.五ミリ弾でへこんでいるくらい。けれどハイ・アーマーナイトは動かなかった。無事に敵の心臓部たる核だけを破壊できたようだ。
「どう?」
「……うん、良さげやな」敵の鎧の、亀裂が入った箇所付近をクレアが指先で撫でる。「いい感じに冥魔導と元々の素材が馴染んでそうや。効果が出とる範囲がせいぜい亀裂が届いとるとこくらいまでなんがちょいと予想外やけど、まあそこはしゃあない。とりあえずウチは上半身だけで十分やから、脚はノエルが好きにしてええで」
それは助かる。Aランクのモンスターではあるので、一部とは言え取り込めばクレアから血を貰わなくてもそれなりの魔素を補充できると思う。
クレアの目的も達成した。早く店に戻ろう。私が周囲を警戒し、クレアが手早くハイ・アーマーナイトを解体していく。
と、そこに私たちへ近づいてくる気配を感じたのでそちらに銃口を向ける。姿はまだ見えず、だけれども響く足音からどうやら人間、あるいは人型のモンスターと思われる。前者の方が可能性が高いと判断し、少し警戒を緩めながら湾曲した通路の奥を監視していると、やがて足音が姿を現して。
「……なんでなん?」
「やあ、二日ぶりだね」
そして現在に至る、というわけだ。
「……ストーカーなんか、自分?」
「はは、開口一番失礼だね。でもそういう態度、嫌いじゃないよ?」
「そんな顔で言われても嫌味にしか聞こえんで?」
笑顔を分類するのであれば「朗らか」になるのだろうけれど、常に口の端を吊り上げてジトっとした皮肉っぽい顔つきのせいか、クレアの言うとおり嫌味や皮肉の類が含まれているのではないかと疑ってしまう。
「はは、失礼。申し訳ないがこういう顔立ちでね。それに、ストーカーと言われても僕の研究所へ近づいてきたのはそっちだろう?」
「別に近づきたくて近づいてったわけやあらへん。単に欲しい素材のモンスターがここらに生息しとったっちゅうだけや。
てか、自分が建てたっちゅうご立派な研究所様はどこにあんねん?」
見回してもそれらしき建物はない。少なくともすぐ近くにあるというわけでは無さそうである。
「もう一階層下だったかな?」
「なら特別ウチらが近づいたわけやあらへんやないかい。てか、上まで登って何しとるんや? まさか護衛連中にとってはた迷惑な、単なる散歩言うんやないやろな?」
「それはもちろん。君のお店に向かってたんだ」
「なんや、やっぱストーカーやないか」
「いやいや、君の店のコーヒーが忘れられなくてね。息抜きができて居心地も良くて美味しいコーヒーが飲める場所ができた。ならば、そこに通うのが常識というものだろう?」
「面倒な常識ができたもんやな」
呆れたようにクレアがため息をついたけれど、アルブレヒトは気にした様子もなく、楽しそうに喉をクツクツと鳴らした。
「それで、先日の話はどうかな? 考え直してくれたかい?」
「阿呆。ンなわけあるか。どれだけ金積まれても気が進まん仕事はお断りや」
その割にはかなりグラグラと揺れてたけれど。そんな指摘が思わず口から飛び出しそうになったけれど、クレアに睨まれたのでそのまま閉口しておく。
「ふむ……どうしてもダメかい?」
「ダメや。諦めて他を探しや」
「分かったよ。また別の日に店で説得するよ」
「全然分かっとらんやないかい」
どうやらアルブレヒトは彼女を諦めるつもりは無さそうだ。困っているクレアを見る彼は楽しそうであるし、どちらかと言うとからかってるのかもしれない。対象的にクレアは話が通じないことに苛立ちを隠さず、「ケッ!」と吐き捨てた。
「行くで、ノエル。もうここに用は無いさかいな」
「数日中に伺うから、美味しいコーヒーとスイーツを準備して待っててくれないかい?」
「ダホが。別に来んでええわ!」
親指を下に向けながらクレアは私の手を引っ張って店へ帰っていく。けれどアルブレヒトはまったく応えた様子はなくて、途中振り返っても見えなくなるまで私たちへと笑顔で手を振り続けていたのだった。
クレアの姿が見えなくなると、アルブレヒトは振っていた腕をようやく下げた。そのまま腰に手を当て、軽くため息をつく。
「やれやれ。こんな場所でまた出会えたから運命だと思ったけど、中々どうして。ガードは硬そうだね」
まるで女性に恋する少年のように、クレアにはっきり断られたにもかかわらず楽しげにアルブレヒトは笑った。ただしその笑い方に純な少年要素はなく、猫背の中年男性が「ククク……」と喉を震わせる、不気味極まりないものであったが。
「どうして彼女にそこまでのこだわりを?」
そんな彼を見て、護衛を務めているヒュイが率直な疑問を口にした。
この街に来るずっと以前から彼はアルブレヒトの護衛を務めている。だからこそ、彼が恋や愛だのといった感情でクレアにこだわっているのではないと感じていた。
問いに振り返り、そして彼は笑った。仄暗いものを瞳にまとわせて。
「なぜ彼女にこだわるかって? そんなの決まってるじゃないか。彼女が『運命の人』だからだよ」
「貴方がロマンティックな言い回しを好むのは知ってますが……しかし恋愛感情などではないのでしょう?」
「もちろん」アルブレヒトは鼻で笑った。「あんなもの、人生において一文の得にもなりゃしない。せいぜい脚を引っ張るだけさ。いや、しかし……そうだね、これはある意味恋なのかもしれないねぇ。まさか彼女のような人間と、こんな所で出会えるなんて、それこそ神の思し召しかもしれない」
「あの女性の、何が貴方を惹きつけるのですか?」
口ではそう言うものの、ヒュイも別段クレアが魅力的ではないと思ってるわけではない。女性的な面でも魅力はあるし、装備を製造する職人としての腕前もとても魅力的だ。職業柄、知性面でも一般的な人間より優秀だろう。それに先程の戦闘で示したように戦う力もある。控えめに見ても十分過ぎる以上に魅力的な女性だとヒュイも思う。
だが、それまでだ。どれも自分の護衛するこの一風変わった、頭のネジが数本は彼方に飛んでいっている人間が、これほどまでに欲するほどの魅力を備えているとは思えない。むしろ一緒に居たメイド服の子供の方を彼なら好みそうである。
果たして、そんなヒュイの疑問が伝わったのか、アルブレヒトはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「毎日見ているとね、何となく分かるんだよ」
「何がです?」
「魂の質、だよ」アルブレヒトが舌なめずりした。「魂というのは無味で無臭で目には見えず、形すらない。だけどね、不思議なことに毎日いろんな人間から魂を抽出して存在に触れているとね、分かってくるんだ。この男の魂は低品質だ、あの子どもの魂は活力に満ちている、といったふうにね」
「私には理解が及びませんが……あの女性は格別だったと?」
「そりゃもう! なにせ立っているだけで輝いて見えるんだ。きっと膨大で濃密な魔素を内包しているに違いないし、それだけじゃない。彼女からはもっと大きな……こう、器と言うのかな? 内包する魔素に負けないだけの強さを持っているんだ、きっと。だから――」
アルブレヒトはクレアたちが去っていった方向をジッと見つめて、それから微笑みを浮かべた。
ヒュイには分かった。彼が、自分たちに望んでいることが。
「――だから、彼女の魂を手に入れることができれば、間違いなく『聖なる剣』の完成に大きく近づくはずだ。
というわけでヒュイ、それから君たちも。よろしく頼むよ」
ヒュイの、それから一緒にいた護衛たちの肩をポンと叩いて回る。その際に粘りつくような視線がそれぞれに向けられ、気味の悪さがヒュイたちの背筋を走った。
正直、気は進まない。が、これも契約だ。こういった後ろ暗いことをすることも含めて莫大な契約金をもらっている。
ヒュイは一度大きくため息をついた。そして先に研究所へ戻ろうとしているアルブレヒトの背中を無言で追いかけていったのだった。
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