4-1.ウチのアホぅ!
アルブレヒトたちを追い返した二日後。
「はぁ……やってもうたなぁ」
クレアは思いっきり引きずっていた。
整備途中の胸当てをカウンターに置いてはいるけれど、少し作業をしては頭を抱える仕草をさっきから繰り返していて、私が見ている限り作業は一ミリも進んでいない。
どうやら一昨日は完全に感情に任せた行動だったらしい。だけど気に入らない仕事を断ることをそこまで気にする必要はないと思う。
「気の進まない仕事なら受ける必要ないと思いますし、むしろきっぱり断ってかっこよかったですよ」
シオの慰めに私も同意である。仕事の内容はともかく、アルブレヒトの人となりは信頼できない。誰がどんな思想を持とうともそれは自由だけれど、彼の倫理観は戦争末期のヴォルイーニ帝国の連中と同等レベルに狂ってたように思う。そんな人物との接点は持たないに越したことはない。
「せやけど……あの金やで? 定期的に安定した仕事が舞い込んでくるだけでもありがたいちゅうのに、あの口ぶりやと仕事の量もウチが自由に調整して良さそうやったし。そんな美味しい仕事、一生に一度あるかないかのレベルの幸運やで? それやっちゅうのに……ああ、ウチのアホぅ! なんで断ってもうたんや……」
ハッキリと儲け話に興味は無いと言っていたのは何だったのだろうか。ロナもコーヒーを飲みながらやや呆れ顔である。とはいえ、依頼人がアルブレヒトで無く普通の人ならばポリシーを曲げてでも受ける条件だったことは間違いない。
「なんだい。この間はずいぶんとカッコよく啖呵を切ってたっていうのに」
「あれはホレ、ちょっと勢いっちゅうか……」
「それはそうかもしれませんけど……でも、ほら。よく言うじゃないですか。美味しい話には裏があるって。仕事を受けてたら厄介なことに巻き込まれたりしたんじゃないですか? だから断って正解だったんですよ」
これにも私は同意だ。一見してこちらに大きな利がある話に飛びつくと、最終的にはこちらの方が貪り取られて後悔する、というのはよく聞く話だ。
エドヴァルドお兄さんも言っていた。「金もプライドと同じくらい大事だが、目先の金に目がくらんでプライドを切り売りすると、後で痛い目に遭う」と。だからクレアの選択はきっと正解だったのだと思う。
「そうかいなぁ……? せやったらええんやけど」
「はい。僕もノエルさんも、クレアさんの判断は間違って無かったと思いますよ」
「……うし!」クレアがパァンと音を立てて顔を叩いた。「どっちにしろもう終わったことやしな。クヨクヨしとっても意味無い話や」
一応、まだアルブレヒトに頭を下げて契約を結んでもらう可能性は無きにしもあらずだけれど、基本的には彼女の言ったとおり終わった話だ。私も今更頭を下げるクレアの姿なんて見たいとは思えない。
そんな風に考えつつテーブルを拭いていると、彼女が手招きしてきた。何だろうか。
「今、武具の制作でちょいっと試したいことがあるんやけどな。それに耐えれそうな素材が、ウチが知っとる限りハイ・アーマーナイトの鎧くらいなんや」
ふむ。分かった。その素材を取ってくればいい?
「いんや、今日はウチも一緒に行こかと思うてん」
クレアも一緒に、とは珍しい。少し驚いたけれど、シオはもっと驚いたようで、目を丸くしてマジマジとクレアを覗き込んでいた。
「えっと、クレアさんって戦えるんですか?」
「お? ウチを馬鹿にしとんな、シオちん」
クレアがいたずらっぽく笑ってからかうと、シオが慌てた。そういえば、シオがここで働き始めて以来、クレアが戦っているのを見たことは無かった。なら、彼女の実力を知らなくても仕方がない話だ。
「これでも今のシオちんと同じB-2クラスのライセンスもってるんやで?」
「そうだったんですか!? 凄いじゃないですか!」
「せやろ? とは言うてももうシオには敵わへんやろうけどな。別に毎日鍛錬しとるわけやないし」
あくまでクレアの本分は作る側であり、戦う側の人間ではない。それでもB-2ライセンスを所持しているという事実は、かなり破格なのだけれど。
「しかしクレアから行きたいって言い出すなんて珍しいね。どうしてまた急に?」
「別に。たいした話やあらへん。気分転換も兼ねて、たまには思いっきり体動かしたくなったんや。それに、ウチの考えとる加工方法が使えるか、その場ですぐ試してみたいっちゅうのもあるしな」
この二日間、アルブレヒトのことを引きずっていたから気分を一新したいのだろうと推測する。最近は一緒に潜っていないとは言っても彼女の実力は把握しているので、別に断る理由はない。
「分かった。ただし、ハイ・アーマーナイトがいるのは二十階層より下のいわゆる深部。危険なので私から極力離れないでほしい」
「了解や。ウチも自分の実力は知っとるし、危険な場所やゆうんも理解しとる。ノエルの指示に従うで」
なら問題ない。私の指示に従ってくれるなら――仮にそうでなかったとしても――彼女の事は全力で守るし、この体を犠牲にしてでも生きて帰す。それが私の役目であり存在意義だ。
「ならシオは留守番をお願いする」
「分かりました」
「それと、ロナ」
「分かってるよ。別に雇われてるわけじゃないけど、私にとってもここは大事な場所だからね。戻ってくるまでしっかりシオ君をサポートさせてもらうさ」
シオも力強くうなずいてくれたし、ロナも補助を承諾してくれた。別にシオ一人でも何とかなるとは思っているし、そのくらいの実力はある。しかしながら迷宮内は何があるか分からないのが常だ。その意味でロナが承知してくれたのなら確実だろう。もっとも、頼まなくてもサポートしてくれただろうけれど、お願いする時はキチンと言葉にして頭を下げるのが礼儀だとエドヴァルドお兄さんに教わった。親しき仲にも礼儀あり、というらしい。
「しかしアレだね、深部に行くということはアルブレヒト氏たちがいる研究所の近くだろう? また遭遇したりしてね」
「ははは、それこそまさかやろ。深部や言うても迷宮内は広いし、アルブレヒトはんもそないに頻繁に外で散歩しとらんはずや」
「そうですよね。そんな偶然、そうそう起こらないですよ」
「せやせや。『おととい来やがれ』言うて、自分らの方から寄っていった挙げ句に鉢合わせるとか恥ずかしすぎやろ」
はははは、とクレアたちが声を上げて笑った。
けれど――私は知っている。基本的には迷信の類など信じないが、時には科学や魔導を超越した不思議な出来事が起こりうるということを。
実際に。
「……なんでやねん?」
クレアが憮然とした顔で正面をにらみつけた。
私たちがいるのは予定通り迷宮深部。上層よりも一層薄暗くて、魔素も濃い粘りつくような空気が支配する場だ。
並の探索者ならいざ知らず、上級の探索者であっても長居はしたくないと思える雰囲気。
だというのに。
「やあ、二日ぶりだね」
銀縁のメガネに白衣と猫背。
アルブレヒト・ゴルトベルガー氏が場所に似つかわしくない朗らかな笑みで、私たちを出迎えてくれていたのだった。
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