3-3.ハッキリ言うたるわ
「実に素晴らしい」
アルブレヒトは拍手をしながら称賛してきた。笑顔を浮かべ、心から感嘆……かは分からない。だけど、私には口先だけでは無いように思える。
「なるほど、誤解していたようだ。これなら安全だね」
「理解してもらえて何より」
ともあれこれで戦闘は終了。腕を元に戻し、インモータル・ハウンドに刺さったままだった剣を抜いてシオに手渡す。そこに何もおかしな事は無かったと思うのだけれど、モンスターの出現に反応して立ち上がっていたアルブレヒトの護衛の一人がジッとその剣を見つめていた。
「あの、何か……?」
「おっと、失礼。剣の銘に『赤い家』の文字があったんでつい見とれてしまった」
彼の言葉につられてシオの剣を見てみる。確かに根本の部分に古ヴォルイーニ語で「赤い家」と書いてあった。
古ヴォルイーニ語は今ではどの国でも馴染みはないけれど、「赤い家」とはクレアの姓であるカーサロッソを指す単語だ。気に入った武器や防具にその銘を入れるのだと、クレアに以前に聞いた気がする。
「ちなみにその剣はどこで買ったんだ?」
「ええっと、どこと言われてましても……」
シオは愛想笑いを浮かべながらクレアに視線を向けると、彼女は小さくため息をついた。
「ウチがプレゼントしたんや。ま、言うてウチももらったもんやけどな」
「貰い物だと?」
「そうや。なんかおかしいか?」
「なら、カウンターに置いてある君の道具も貰い物か?」
今度はカウンターに視線を移すと、クレアがさっきまで作業していたのだろう、彼女の義手調整用の道具が端っこから覗いていた。柄の部分のそこには現ヴォルイーニ語で彼女の姓であるカーサロッソと彫られていた。
「古ヴォルイーニ語は『赤い家』しか分からないが、現代のヴォルイーニ語は俺も少しは読める。カーサロッソも確か『赤い家』のはずだが、偶然か?」
「……はぁ、目ざといやっちゃな」
クレアが大きなため息をついて、赤い髪を掻き上げた。たぶん彼女は隠したかったのだろうけれど観念したらしい。いつも私が注意してたように、カウンターで作業しなかったらバレなかったのに。
「だよねぇ。やっぱり普段からキチンとしてないと、こういう時にボロが出るものだね」
「そこ。うっさいで。
……せや。シオの武器はウチが作ったヤツで間違いない」
クレアが認めると、問い正した男性だけでなくシュルツァーを含めた他の護衛たちからがどよめいた。
「そんなに彼女の作る武器は良い物なのかい?」
「そうですね」ピンと来ていないアルブレヒトに、隣のヒュイが教える。「武器だけでなく防具も『赤い家』の銘を持つものがありますが、少なくともここルーヴェンで手に入るものの中では最高峰かと。それどころか、ブリュワード王国全土を見渡してもトップクラスの物と言っていいかもしれません」
彼女の武器がそこまでだったとは知らなかった。シオの話から高級品の部類とは思っていたし、事実彼女の武器は相当に優秀だけれど私が思っていた以上に世間では評価を受けているらしい。
私も驚いたけれどアルブレヒトもそれは同じらしく、感嘆の声を上げたかと思うと「そうだ!」と手をたたき合わせた。
「提案があるんだけれど、どうだい?」
「聞くだけなら聞いてやってもエエで?」
「ウチで働かないかい?」
彼の提案を聞いて「え?」と声を上げたのは、バックヤードにモンスターの死体を運んでいたシオだ。一方でクレアは、他の人には分からない不機嫌な笑みを浮かべたまま顎でしゃくって続きを促した。
「さっき話したとおり、僕の研究室はこの迷宮の深部にある。ここにいる彼らの他にも護衛を雇っているんだけど、モンスターも手強い上に数も多くて厄介でね。優秀な武器や防具はいくらあっても足りないし、僕は戦えないけれど、日々のメンテナンスが必要だというのは理解しているつもりだ」
「まあ、せやろな。どないな良い武器でも使い続ければ壊れるし、敵の攻撃を受ければ防具も傷ついて、そこから破損に繋がるもんや」
「だろう? だから僕たちは常に優秀な装備を供給してくれる、あるいはメンテナンスをしてくれる職人を必要としているんだ」
「なるほどな。それでウチを勧誘したわけかいな」
「そう。別に研究所で働くのが嫌なら、人を寄越すからこの店で作業してくれて構わない。深部で取れた良い素材も、必要なら提供できるはずだ。もちろん報酬も弾むよ。そうだね……」
そこで話を一度区切ると、アルブレヒトはヒュイと小声で相談し始めた。私の聴力が捉えたところ、どうやら相場を尋ねているらしい。
「詳細は君が『うん』と言ってくれた後で詰めるとして、これくらいでどうだろう?」
そうして彼が提示したのは、購入、メンテナンスともに破格な値段だった。迷宮深部に研究所を建ててしまう彼である。護衛についても十分な数を雇っていて、相当気前が良い。やはり相当に大きなスポンサーがいるものと推測できる。
通常の職人ならまず断らないレベルの報酬だ。けれどクレアは、差し出されたメモを受け取ると興味なさげに数字を眺め、
「せっかくやけど、断らせてもらうわ」
そのままメモを何処かへと放り捨ててしまった。シオも、他の護衛たちも彼女のその行動に思わず「へ?」とか「はァッ!?」とか驚きの声を上げているけれど、私の中で驚きはない。なぜなら。
「ウチ、お金のためにセカセカ働くの、イヤやってん」
彼女はそういう性格だからである。
クレアは、普段お客さんがいる時は吸わないキセルを取り出して火を点け、一度大きく吸い込んでからゆっくりと煙を吐き出した。
「おや、君はお金が嫌いなタイプだったのか。報酬で釣るつもりはなかったのだけれど、不快だったのなら謝罪するよ」
「別に金が嫌いっちゅうわけや無いんやけどな。ウチは作品を自分が好きなように好きなタイミングで作りたいねん。聞いてた感じやと、お宅から仕事もろうたらひっきりなしに依頼が舞い込んできそうやん?」
「否定は……今の消耗具合からすると、残念ながらできないね」
「武器を何セットくれ、胸当てを何セットくれ、刃が欠けたから大至急研いでくれ……仕事もらえるんはありがたいことやっていうんは分かっとるで? せやけどお金にも困ってないしな。今みたいにこうしてカウンターに座りながらのんびり作業するんが性に合ってるんや」
「分かった、なら――」
「それに、もう一個おっきな理由があるんや」
アルブレヒトが何を言いかけたのかは分からないけれど、クレアは彼の話を遮った。くゆらせるキセルをもう一度吸い込み、煙を吐き出す。私でも分かる作り物の笑顔でそばめられた瞳が、アルブレヒトをにらんでいた。
「もう死んでもうてるけど、ウチの親父は義体職人やってな。ウチが言うのもアレやけど変わりモンやった。金がなくてメンテもできへん義手とか義足の人がおったら、相場なんぞ無視して仕事を安値で請け負うんや。腕無くした身寄りのない子がおったら、ほとんどタダ同然で新しい義手を作ってやったりとかもしててん」
彼女とは付き合いはそこそこ長い。だけど彼女は過去のことはほとんど話さない。エドヴァルドお兄さん以外の家族のことを聞くのもこれが初めてだ。そうか、彼女の技術は彼女のお父さんから受け継いだものだったのだ、と私も初めて理解した。
「お人好し、言うんかいな? ま、何が言いたいかちゅうと、儲けることに興味がない人でな? その遺伝子を受け継いでるせいか、ウチも金儲けにあんま食指が動かんでなぁ。
せやけど、親父と違ってな? ウチはむっちゃ金吹っ掛ける事もあるし、場合によっては仕事も断るんや。
なんでやっちゅうと、親父、アホやからだいぶ悪いやつに金貪り取られとってな。前金も貰わんと仕事して商品だけ渡してバックレられたり、孤児にプレゼントする言われて大赤字で大量の義手の交換部品作って、実はその発注主が無茶苦茶高値で売ってたりしてんねん。おかげでウチらは相当な貧乏生活や。義体職人とか、普通はそこそこ儲かるはずの仕事なのにな」
阿呆だなんだとクレアはお父さんのことを悪く言っているけれど、話しながら浮かべているのは苦笑い。口で言うほど、お父さんのことを悪く思っていないように私には思えた。
「ま、そんなわけでな? ウチは気に入った奴やったら薄利でも仕事受けるし、悪どい奴やったりいけ好かん奴やったら金貪り取るか、仕事をお断りしとんねん」
「なるほどね」
アルブレヒトは顎を撫でながら小さく唸った。何が面白いのか分からないけれど少しにやけていて、そして察するのが壊滅的に苦手な私でも答えの分かる問いをクレアにした。
「君のポリシーは理解したよ。それで、私たちは君のお眼鏡にかなったのかな?」
「決まっとるやろ?」
クレアの顔から作り笑いが消えて、キセルが入口を指した。
「ハッキリ言うたるわ――おととい来やがれ」
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