2-2.店内ではお静かにお願いします
さて。
とりあえず床に尻もちをついたままの三人を引っ張り起こしてカウンター席に案内すると、ロナがカップを三つ彼らの前にスッと並べて柔らかく微笑んだ。
「まあまあ。何やら慌ててたようだけど、これでも飲んで落ち着きたまえ。焦りすぎると伝わるものも伝わらない」
「あ、ああ。そうだな……」
カップからはカフェオレが仄かな湯気をあげていた。どうやら彼女はまた勝手に店の豆を使ってコーヒーを淹れたらしい。改めて言うけれど、彼女はあくまで客だ。とはいえ、誰よりもコーヒーを淹れるのが上手いから私もクレアもあまり咎めることはしない。
探索者らしい男性三人組を観察する。大柄のスキンヘッドと、無精髭を伸ばした金髪の剣士風の男性、それと小柄で黒い魔導服を着た三人で、未だ落ち着かない様子ながら手元のカップを手に取ると、まるでジュースのようにあっという間に飲み干してしまった。やっぱり相当に喉が乾いていたらしい。
「落ち着いたかい?」
そう言いながらロナが、今度は淹れたてのコーヒーを差し出す。香りが店内に広がっていって、三人の顔に落ち着きが戻っていくのが分かった。最初に飲みやすいものを出して、後から落ち着けるものを出す。クレアの方を見れば、「絶妙なタイミングやな」とでも言いたげだ。なるほど、勉強になった。
「ここは……酒場ってことでいいのか?」
大柄の男性が店の中を見回しながら渋い声で尋ねると、クレアが苦笑して首を横に振った。
「ちゃうちゃう。そこのちっこい子が最初に言うたやろ? カフェやカフェ。ま、とはいえ、世界でも唯一の迷宮内店舗や。もちろん酒も準備しとるで」
コーヒーだけでなく酒の目利きもできるらしいロナの勧めにしたがって、安価で気軽に飲めるものからそれなりに高級なものまで一通りラインナップをそろえている。なお、ロナは店の経営とはまったく関係のないただの客だと改めて言い添えておく。
「いやー、まさか迷宮の中にこんな店があるなんてな」
「見かけた時は信じられなかったし」
剣士風と魔導士風の二人が口々にそう口にした。
それもそうだと思う。迷宮の中でも第十階層はただでさえ広く複雑に入り組んでるうえに、ギルドも通過を推奨している。そんな階層の奥まって分かりづらい場所に店はある。だからほとんどの探索者には認知されていないし、案内の看板も出してないから店に来ようとしてもまず初見じゃたどり着けない。
すでに店を開いて半年近く経つ。なのに、ロナを除いて客は一日に一人来れば良い方だ。
「なんでこんなところに店なんか出したんだ? いくらライバルがいないからって、もうちょっとマシな場所があっただろうに」
「まーな。せやけど、ま、いろいろとウチらに都合がいい事情もあるんや」
一応ここだとクレアの工房を併設しても十分な広さを確保できるし、あまりモンスターがやってくることもないからその対処に煩わしくなくて済む。人もやってこないけれど。
もっとも、こんな場所に店を出しているのは招かざる客を遠ざけるという意味合いが大きくて、その目論見は今のところ成功していると言って良い。
「それより、なんや血相変えて駆け込んできたけど、なんやあったんやないの?」
「そ、そうだったっ!」
クレアから尋ねられて、大柄の男性が今更ながらハッとして立ち上がった。他の二人もまた大慌てで入口を振り返り、けれどもクレアが「だから落ち着きって」となだめてまた座らせた。
「んで? 何があったんや?」
「……実は、モンスターに追いかけられていたんだ」
大柄の男性が説明するところによると、彼らはキュクロベアーに追いかけられて逃げ惑っていたらしい。
キュクロベアーは一つ目の熊型モンスターで、討伐ランクはB-2以上。特徴はその防御力で、生半可な武器や魔導ではたいしてダメージを与えられない。
第十階層に出てくるような敵ではないけれど、どこからともなく現れて襲われたそうだ。彼らも必死に抵抗したけれど剣や盾を破壊されてなんとか逃げ回ってるうちにここに偶然たどり着いたとのこと。とりあえず、無事で何よりだと思う。
「ギルドに言われてるとおり、俺らも通過するだけのつもりだったんだ」
「けど、下の階段へ向かってるほんの少しの間に遭遇してしまったし」
「あらら、そりゃ運が悪かったんやなぁ」
「あ、アンタらが店なんかやってるくらいなんだ。ここは安全……なんだよな?」
「んー、まあ大丈夫やと思うとるで」
クレアが明るくそう告げると、彼らはホッと胸をなでおろした。
一応モンスター避けの結界は貼ってるから、この階層のモンスターたちくらいならほとんど寄ってくることはない。とはいえ、結界も完璧じゃなくって、あくまで遠ざける程度のレベル。視力の良いモンスターに視認されれば寄ってくる可能性はあるし、何より一定の強さ以上のモンスターであれば結界は無意味だ。
なので。
「……」
「お? 来たんか?」
店に近づいてくる気配を感じとり、入口へと向き直って来客を待つ。
そして。
「■■■、■■■ァァァァァッ――!!」
勢いよく入り口のドアがぶち破られ、けたたましい音と共に耳障りなモンスターの咆哮が静かだった店内に響き渡った。
「ぎゃああああああああッ!」
「マジかッ!? もうここまで追ってきたのかよ!!」
モンスターの咆哮に男性の悲鳴が混じる中、キュクロベアーが店内にニュッと頭を差し入れてきて大きな一ツ目が顕になる。目を真っ赤に充血させて興奮を示しており、獲物と推定されるお客様三人組を見つけると、喜びを示すようにもう一度大きな咆哮を響かせた。
「うるさい」
なので私からは、大口径の十四.五ミリ弾二発で歓迎した。
変形した腕からドゴンッ、と大きな音を響かせ、魔導で強化された巨大な弾丸がキュクロベアーの目と口を貫く。するとキュクロベアーは即座に咆哮を止め、そして大きな体が後ろへと倒れていった。
「店内ではお静かにお願いします」
ここはカフェ。静かで落ち着いた空間を提供するものと相場が決まっている。したがって騒がしいお客様はどうぞお帰りください。
「ま、マジかよ……?」
お客様から呆気にとられた視線を感じるが気にしない。マナーの悪い客には断固たる態度で挑むべき、とエドヴァルドお兄さんも言ってた。たぶん。
またのご来店を。
私が静かにそう告げると、カウンターの奥からクレアが出てきた。モンスターをキチンと倒せたのか、お客様は未だ半信半疑の様子だけれど彼女は警戒した様子もなく近づいてその体を物色し始める。
「……うん、さすがノエルやな。目と口以外に傷はなし。見事なもんや」
「素材として問題ない?」
「もちろんや。こいつの骨を混ぜれば義体の強度も増すし、毛皮も耐熱性バッチリや。肉も美味いしな」
なら良かった。
私の返事にクレアが親指を立てて応じると、彼女はキュクロベアーの脚をつかむ。そして三メートルはある巨体を引きずって、そのまま彼女の作業部屋があるバックヤードへと向かっていく。
「……」
「見かけによらずクレアも中々パワフルだろう?」
クレアの姿をポカンと口を開けて見送っていたお客様に、ロナが楽しそうに話しかける。
確か最新のクレアの体格は、身長一六五センチの体重五五キロ。かなり細身だけど、毎日重い鍛冶道具を軽々と振り回しているし、たぶんそこらの男性探索者よりも腕力はかなりあると推測される。
それはそれとして。
「クレア」
「分かっとる分かっとる。ちゃんと残しとくから安心し」
付き合いの長い彼女は私の一番の理解者だ。だからモンスターの肉体が私に必要であると知っている。そんな彼女もたまにはうっかりするので念の為声を掛けたのだけれど、どうやら杞憂だったらしい。
彼女の背中に向かって「ありがとう」と伝えると、ひらひらと私に手を振って奥へと消えていった。
さて。
私は床を眺めた。足元には、入り口から店の奥に向かって伸びるキレイな赤い血の線。
「……」
しばし見下ろしつつ腕のライフルを元に戻すと、私は無言でモップを取りに奥のロッカーへ向かったのだった。
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