2-2.謝罪を要求する
「ノエルちゃん!」
「ギルド探索者規則第二条第三項違反。職員への暴力行為とみなし、強制排除を実行する」
ただでさえギルド内での暴力は禁止されている。その対象が職員であれば完全なるご法度。さらにそれがサーラに向けられたものともなれば到底静観などできはしない。
サーラにはこの街に来た時からお世話になっている。スキンシップこそ過剰ではあるものの彼女から向けられる好意は私でも分かるほど明確で、故に私の語彙では表現が難しいけれど、なんと言うかこそばゆく、そしてありがたい。かけがえのない「友人」だと思っている。
なので――男に対して多少なりとも怒りを覚えている。彼女に拳が届く前に止めたけれど、もし上位ランクの探索者に殴られれば、普通の人はただでは済まないのだから。
男の腕をつかんだ右手に少し力を込める。顔が苦痛で歪んで、脂汗が滲んでいくのが分かった。
「なんだ、テメェは……!」
「彼女の友人であり同僚。サーラを侮辱し、暴力を振るおうとした事に謝罪を要求する」
「うるせぇっ!」
今度は空いていた右腕を私へ振り下ろしてくる。後ろでは、どこにそんな要素があったのか不明だがサーラが「友人……!」と感激しているけれど、それを無視して男の攻撃を受け止める。
剣の柄で殴ろうという試みだったようで、しかしそれが失敗したと判断すると彼はすぐに前蹴りを放った。
さすがに私の体躯では腕の長さが足りないのでつかんでいた彼の手を離し、回避を優先する。仰け反ると鋭い一撃が私の目の前を通過していった。
「下がって」
男のクラスは知らないけれど、さっき探索者を床に叩きつけた時の動きと今の一撃から推測するにB-1あるいはA-3クラス程度はあるものと考える。なので念のためサーラを下がらせると、同時に男が剣を振りかぶって踏み込んできた。
「舐めやがって、クソガキがっ!」
決まって向けられる悪態を吐きつけられ、上段から剣が鋭く振り下ろされる。頭に血が昇ってるのかもしれないが、完全に本気の一撃だ。一歩下がってその攻撃を避けたけれど、刃の周りには魔導によるものと思われる風がまとわりついており、それによって前髪と胸元のリボンが軽く切断された。
到底ギルドで振るって良い攻撃ではなく、周囲から悲鳴が上がって一斉に人が離れていく。ぽっかりと現れた空白地帯に私と男だけが残されて、ギルド内に即席の決戦場が作られてしまった。
「しゅ、シュルツァーさん!」
「うっせぇ、止めんなっ! テメェもぶっ殺すぞっ!」
さすがに仲間が止めようとするけれど、シュルツァーと呼ばれた眼の前の男は止まる気はないらしく、剣を脇構えにしつつも片手を私へと向けた。
「食らいなっ!」
手をかざすと同時に魔法陣が空中に浮かび上がって、そこから生まれた氷の刃が何本も放たれる。魔導の構成、発動の早さに威力。軽鎧をまとって剣を振るっていることからもシュルツァーは剣士タイプと思われるが、魔導に関しても一級品の腕前らしい。
彼に対する実力評価をA-3からA-2相当に改めつつ氷の刃を回避。けれどすぐにシュルツァーも鋭い踏み込みで距離を詰めてきた。
これがダンジョンであれば迷わず腕を戦闘モードにして銃を放っている。だけどここはギルド。装填しているのも鎮圧用ゴム弾ではなく実弾であり、流れ弾が危険過ぎるので発砲はできない。
なので。
「っ!?」
こういう時は肉弾戦に限る。私へと迫る彼に向かって床を蹴る。
距離が一瞬で零。間合いを潰されつつも即座に腕を畳んで剣を振り抜こうとする彼の判断は秀逸。
しかしながら私の方が速い。
振り抜かれる前に私の左手が、剣を握る彼の手を叩き落とした。精霊と融合しているので単純な力でも並の探索者の数倍はある。
が、私のこんな体格からは相手も想像出来なかったらしい。突然手の中から消えた剣の重みに軽くパニックになった様子で、動きが止まったその一瞬の隙に彼の背後へと回り込む。
「これで終わり」
「がっ!?」
腕を掴み上げ、脚を払う。そのまま右肩をシュルツァーに押し付けて倒すと、受け身を取ることもできずに床へと体が叩きつけられて、さらに重量が百キロは優に越す私が背中に乗ったことで苦しげな息が彼の口から吐き出された。
「お、おい……」
「嘘だろ……? シュルツァーさんがあんなあっさりと……」
私たちの戦闘を見守っていたシュルツァーの仲間たちが唖然とした声を上げた。やはり実力面では一目置かれていたみたいで、私を見る目が明らかに変わった。
それより。
「改めて要求。サーラと先程の男性への謝罪を」
「誰がするかよっ……!」
首だけをひねって背中に乗る私をシュルツァーはにらみつけた。試しに少し掴み上げた腕に力を入れてみるけれど、彼の口から苦悶の声は出てくるものの謝罪する素振りはまったく見られない。
どうやら相当にプライドが高い模様。経験上、このタイプの人間は拷問にも相当に耐えて中々こちらの要求に応じない。非人道的なことまで含めれば要求に応えさせることは可能と思料するが、そこまでするとこちらがやり過ぎとなるので謝罪については断念せざるを得ないと判断する。
「おい、お前らっ! 何黙って見てんだよっ……!」
私に組み敷かれながらも器用に首を回してシュルツァーがにらむ対象を私から自分の仲間へと移した。呆然としていた仲間たちも彼に凄まれたことで我に返り、各々自分の武器に手を掛けて私に敵意を向け始める。
さて、これ以上事を荒立てるのは私としても本意ではない。すでに結構な大事になってしまっていることを否定しない。が、可能ならば無駄な戦闘をせずに彼らにはお帰り頂きたいと思うのだけれど、どうしたものか。
「おいおい、こらぁ一体どういう状態だぁ?」
場の収め方に私が頭を捻っていると、階段の方から疲れた声が響いてきた。
そちらに視線をやれば、大柄な体が肩を落としていた。白髪混じりの頭を抱えたかと思うと、ヒゲともみあげが繋がった毛深い頬をつねった。
どうやらランドルフは見える景色が夢だと期待したらしい。無理もない。設置されてあった休憩用のテーブルや椅子は全部転がって、床や天井には傷。シュルツァーが放った氷の魔導で窓ガラスは割れてるし、おまけに窓口業務は完全にストップ。ギルドの支部を預かる支部長としては現実逃避の一つもしたくなっても無理はないと同情する。
それでも私と組み伏せられているシュルツァーを見てなんとなく事情は察したようで、ため息を大きく一つ漏らすと頭をガシガシとかいて近寄ってきた。
「おやおやシュルツァーさん、冷たい床に寝そべってどうしたんですかい?」
「どうしたもこうしたもねぇよ! それより、ランドルフ! このガキをどうにかしろ!」
支部長であるランドルフにもぞんざいな口調でシュルツァーが叫んだ。逆にランドルフの方がへりくだっていて、彼らが優遇措置を受けるよう本部の上層部から指示を受けているという話は本当らしい。
「ノエル。悪ぃがどいてやってくれ」
ランドルフがそう言うのであれば私に異論はない。掴んでいた腕の力を緩め、シュルツァーの背中から降りた。
シュルツァーは立ち上がって腕をさすりながら私に向かって舌打ちすると、ランドルフに向かって「おい!」と毒づいた。
「ここの支部はどうなってんだよっ! 本部からの指示はテメェも知ってんだろ!」
「ああ、知ってますよ。だからわざわざ特別に貴方がた専用の窓口も準備しましたし、専従の職員も用意したんですがね」
「だったらなんだよ、ここの連中は!? 反抗的な職員に突っかかってくる探索者! 支部長なんだから職員も他の探索者連中もしっかり管理しとけ――」
シュルツァーは怒りに任せて矢継ぎ早に文句を口にしていたが、その声が不意に止まって。
「勘違いしてるみてぇだがなぁ――」
彼の胸ぐらを、ランドルフの大きな手が掴み上げていた。
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