2-1.秩序は保たれなければならない
「はい、これが今回の素材を換金した分の明細。それからこっちが今月、職員として働いてもらった額で、こっちが捜索依頼の分ね」
「承知した」
サーラから示された明細と金額に異論はない。彼女にうなずいて、差し出されたそれらを胸元にしまった。
前回ギルドに素材換金に来てから二週間くらいだろうか。保管庫もだいぶ埋まってきたので、こうしてギルドに素材換金に来るとともに、ランドルフから受けた依頼分の給料を受け取りにきた次第である。
受け取る金額自体はそう変わらないものの、最近はこうやって換金に来る頻度が上がってきたと思う。これも偏にシオに依るもの。彼が単独で潜った時の素材や魔晶石もまとめて保管しているせいか、保管庫の埋まるペースが早い。
(また、強くなった)
先日のロックワームとの戦闘から生還して以来、シオの実力がもう一段上がったような気がする。以前に私が助けた後もそうだったけれど、死んでもおかしくない事態に遭遇した後に一足飛びに強くなるように思える。
最近は魔導についても真面目に勉強を始めたようで、それによる影響もあるだろうけれど、それだけ死に瀕するという経験が貴重だということなのだろうか。もっとも、生き残ったのは幸運に依る部分も大きいので、できる限り死にそうな目に遭わないで欲しいとは思うのだけれど。
それはさておき。
「それじゃまた」
サーラに小さく手を振って彼女に背を向ける。私の要件は済んだわけで彼女の私に対する仕事も終了。なので今日はこれでお別れになることに何の不都合もあるはずはないのだけれど――
「あーん、そんな寂しいこと言わないでよぅ」
気づけば後ろからサーラに抱きかかえられていた。いつものことながら、いったいいつの間にカウンターの奥から接近してきたのか分からない。ぜったいに何かスキルを保持していると思うのだけれど、その正体をつかめずにいる。もっとも、彼女は断固として認めず、「愛の力よ!」と謎の言葉で一般人であることを強調するばかりである。
「はー……クンカクンクhshs……うぅ、ノエルちゃんの温もりを感じながらなら過労死してもいい……」
なかなかに物騒な事を口走るけれど、私としては彼女に死なれると困るし、さらに言えば私を抱きしめながら死なれると私に殺人容疑が掛かってしまうので勘弁して欲しい。できれば死ぬ時は一人でお願いしたい。
そう伝えるとサーラが絶望的な顔をして崩れ落ちた。何か悪いことを言っただろうか?
サーラとそんなやり取りをしていたその時、突然音を立てて入口の扉が開かれた。
その物音に室内が一瞬静まり返る。周囲を観察すると、半数くらいの探索者たちが露骨に顔をしかめてヒソヒソと耳打ちを始め、もう半数くらいはそんな様子を見て怪訝そうにしていた。
入口に視線を向けると探索者と思われる男たちがゾロゾロと入ってきていた。その数は九人。いずれもパンパンに膨らんだ素材袋を肩に担いでいて、周囲をにらみつけ、あるいは視線で威圧しながらカウンターへと向かっていった。
「またアイツら来たぜ……」
「しっ! 余計なこと喋んなって。お前も殴られるぞ」
周囲で耳打ちするその内容が聞こえて、ピンと来た。
おそらくは彼らが、マイヤーさんたちがこの間話していた探索者グループ。話の中では彼らは列に割り込んで、傍若無人に他の探索者たちを押しのけるということだったけれど――
「おら、どけよ」
彼らは十個ある窓口のうち九箇所に別れて、それぞれで列の先頭に割り込むどころか、今まさに職員の対応を受けている探索者をも押しのけて、持っていた素材袋をカウンターの中央に置いた。マイヤーさんの話のとおりだ。
「おい、お前! 何割り込んでんだよ! ちゃんと列に並べよ!」
押しのけられた探索者の一人が当然割り込んだ男の肩をつかんで怒鳴りつける。当然の話だ。しかし男が手を払いのけ、その態度に苦情を言った探索者がムッとした様子でもう一度相手の肩をつかんだ。
割り込んだ男が舌打ちをするのが見えた。直後、男の拳が探索者の腹部に突き刺さった。
「か、はぁっ……!?」
探索者が崩れ落ちる。なんとか踏みとどまったけれど、そこに男の拳が彼の首筋に振り下ろされ床に叩きつけられる。そして倒れてうめき声を上げるその首筋に、剣が押し当てられた。
「うっせんだよ、雑魚が。すぐ終わるから黙って待ってろ」
「お、お客様。や、やはり順番は守って頂いて……」
職員の一人が声を震わせながら注意をしようとする。かなり勇気を振り絞ったものと推測されるけれど、その声も男がカウンターに拳を叩きつけた大きな音でかき消されてしまった。
「何か言ったか?」
「……」
「こないだも言ったけどな、俺らはギルドのお偉いさんたちから特別待遇のお墨付きをもらってる人間なわけ。だからさぁ……くだらねぇこと言ってねぇでさっさと仕事すりゃいいんだよっ!!」
男の怒鳴り声に職員の女性がビクッと体を震わせた。消えるような声で「はい……」と答え、そのまま無言で素材の鑑定を始める。男性の剣幕が伝わったらしく、他の窓口でも同様に無言の作業が始まって、探索者たちも転がされた人のようにはなりたくないのか、悠々と窓口作業を待つ連中を忌々しそうににらんでいるものの何も口にはしなかった。
なるほど。マイヤーさんたちの言っていたのはこういう状況だったのか。実際に見てみると話には聞いていたよりも酷い状態と考えざるを得ない。ギルド本部から彼らをどう優遇するようお達しが出ているのかは私は聞き及んでないけれど、少なくとも正常な状態とは思えないし、ギルド規則にも憲章にも違反している。
(秩序は――)
保たれなければならない。自分の好き嫌いにさえ私は疎いけれど、眼の前の状況に不快感を覚える。ということは、ここルーヴェンのギルド職員、そして探索者たちも守るべき対象と私が無意識下でみなしているものと判断する。
先程探索者を床に叩きつけた男に向かって歩き出す。
けれども。
「待ちなさい」
私より先にサーラが声を上げた。
臆することなく男をにらみつけて、颯爽とした足取りで近づいていく。そこに恐怖や怯えというものは私には見えない。
「以前にも申し上げたとおり、窓口全部を貴方がたで占拠することは、当ギルドとして許可してません」
「はぁ……だからさぁ、姉ちゃん。こっちも言ってんだろ? 俺らはぁ、お偉いさんたちから特別待遇を受けられるって言われてんの? 聞いてた?」
「だとしても」
自分の頭を指先でトントンと叩き、サーラを馬鹿にする仕草を男が取る。だけれど彼女は気分を害した様子は見せず、男の正面に立って毅然とした態度で見上げた。
「窓口の占領は他のお客様に迷惑です。まして、特別待遇だからと言ってギルド内での暴力行為は許容することはできません。
貴方がたには優先的に対応する窓口を用意していますのでそちらへどうぞ。それから、暴力を振るった方へ謝罪を。そうでなければ相応の処分をさせて頂きます」
「おいおい、ンなもん、特別待遇とは言えねぇだろ。もうちっとマシな待遇を提案するんだな。それと、相応の処分だ? できるならやってみろよ。ま、やったところですぐに取り消しになるだろうし、アンタの方が処分されるだろうけどな?」
「つまり、当ギルドからの要求を受け入れて頂けないと?」
「そう言ってんだろ。耳、ついてる?」
ニヤニヤして、彼は自分の方が優位だと疑ってないようだ。サーラはそんな彼の顔を眺めていたけれど、不意にため息をつくと「分かったわ」と前髪をかき上げた。
「分かったならさっさと――」
「当ギルドとして、今後貴方がたとの取引をお断りするよう致します」
サーラの言葉に誰もがざわついた。それは男とその仲間も同じで、みんな面食らって唖然としていた。
「なっ……てめ、何言ってるか分かって――」
「ええ、分かった上で申し上げています。ですが、貴方がたの振る舞いのせいでルーヴェンから離れる探索者の方も増えてきていますし、ギルドの街での評判も落ちてきています。したがって、関わり合いを続ける方が長期的に不利益を被ると判断しました」
「このっ……一介の職員風情が何の権限があって……」
「これはギルド長とも話し合った結論です」
ピシャリ、とサーラは男の言葉を打ち切った。それから今窓口に並んでる仲間の連中をジロリとねめつけていく。
「お引き取りを。でなければ正しく列にお並びください」
「っ……」
「聞こえませんでしたか? それとも理解できない? なら言い方を変えてあげます。
――ここから消えるか、窓口からどけって言ってんのよっ!」
「そうだそうだっ!」
「とっとと帰れっ!」
丁寧な口調をかなぐり捨ててサーラが啖呵を切った。その威勢の良さに背中を押されたようで、他の探索者からも同調する声がうねりとなっていく。
さすがに男とその仲間たちも気圧された様子ではあったけれど、それでも「だ、黙れぇっ!」と周囲を一喝してサーラをにらんだ。
「このっ……クソアマがぁっ!!」
そしてその拳を大きく振り上げた。
腹立ち紛れの感情に任せた行動と推測。ギルド職員に手を上げるのは明らかな悪手であり、愚行と評価せざるを得ない。
もっとも。
「……っ!?」
彼女への暴力は、看過できない。
二人の間に割って入って男の腕を受け止め、私はそう告げたのだった。
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