1-2.マナーってもんを知らねぇんだよ
「今から……だいたい二ヶ月くらい前からだったか。定期的に見慣れねぇ探索者のグループがギルドに来るようになってな」
マイヤーさんが話すところによると、「アイツら」は十人近い大人数でやってきて、そして大量のモンスター素材や魔晶石の換金を要求するとのことだった。
普通のパーティは多くて四、五人。なので十人ともなればかなりの大所帯だ。とはいえ、珍しくはあるもののその人数なら効率よくモンスターも狩れるだろうし、特に問題があるようには感じない。
「何か問題なんか?」
「アイツら、マナーってもんを知らねぇんだよ」
ジルさんが吐き捨てた。詳しく話を聞くと、その探索者グループは我が物顔でやってきては窓口全部を占領して換金作業を要求するのだとか。
換金作業の手続きは、一般的にはパーティの代表者が一人で窓口にやってきて行うものだ。なので当然対応する窓口や職員も一人。持ち込まれた量が多ければ他の職員も応援にくることはあるけれど、せいぜいが一人か二人。なので相応に換金作業には時間が掛かる。
「なるほどなぁ。十個の窓口に別れて個別に換金依頼すれば、窓口担当の全職員が自分らの作業に当たることになるわけやし、作業が終わるんは早いやろな」
「かもしれないですけど、確かにマナー違反ですよね。その分、他の人たちは窓口で手続きできないわけですし。職員の人たちは注意しないんですか?」
私も時々臨時職員として彼らと一緒に働く。なのでギルド職員の人となりはそれなりに知っている。私の理解する限り、彼女らはそういったマナーに反する行為については許容しないと思う。特にサーラは厳しいはずだけれど。
シオの素朴な疑問に、マイヤーさんがため息をついた。
「それが連中の厄介なところでな。どうも連中の対応を優先するよう指示が出てるらしいんだよ」
「ホンマに? ランドルフはんから?」
「いや、連中が話してる内容からして、もっと上――本部から話がいってるんじゃねぇか?」
そんなマナーに違反することをランドルフやサーラが認めるとは思えなかったけれど、なるほど、それであれば私も納得がいく。ランドルフはあくまでルーヴェンの支部長。ここルーヴェンにおいては結構な権限を持っているけど、それでも本部からの命令には逆らえない。
しかし話はそれで終わりではないらしい。
「アイツら、ギルドから優遇指示が出てるからって好き勝手しまくってんだよ。窓口占領するだけでも邪魔クセェってのに、こっちが手続きしてる途中でもお構いなしに押しのけて割り込んで来るんだぜ?」
「えっ? 手続きの途中でも、ですか?」
「そうなんだよ。割り込まれるだけでも腹立つのに、後は金をもらうだけって段階でも待たされるからな」
「こないだも、後少しで終わるってタイミングで割り込まれてな。職員が連中に待ってくれっつっても、ギルドからの指示書だかなんだかを叩きつけながら怒鳴り散らしてよ。職員の方も涙目でこっちに頭下げるから責める気にもならねぇし」
「聞いてるだけでもタチ悪い話だねぇ」
「ムカつくし」
「ああ、まったくだ。さらに厄介なのが、連中、全員高位の探索者みたいでな。この間、ブチギレて連中に食って掛かった奴らがいたんだが……」
「逆にコテンパンにのされたってわけやな?」
マイヤーさんが首肯した。しかも、その食って掛かった人たちはかなり徹底的に叩きのめされたようで、しばらく迷宮に潜れなかったらしかった。
「おっそろしい話やな。連中はそれでもお咎めなしかいな?」
「さすがに周りから止められてはいたけどな。その後でもたまに見かけるし、逮捕だとか資格停止だとかそういうことにはなってなさそうだぜ」
ギルド内の秩序が心配になる話だ。あるべき正しさが遵守されないのであれば、無法地帯と変わらない。ランドルフやサーラも、歯噛みしてることと推測する。
「急に他所からやってきた探索者集団に、ギルドの優先指示。聞けば聞くほど政治的な匂いが強そうな話だね」
「せやなぁ。マイヤーはんたちがため息つくんも分かるわ。面倒くさすぎて絶対関わり合いになりとうない連中や。シオも、ギルドに行った時は十分気をつけるんやで?」
「分かってます。関わってもロクな結果にならないでしょうし」
それで良いと思う。連中のクラスもシオより高そうだし、目に見えている面倒事に自分から近づいていく必要はない。
そんな話をしていると、誰かが店に近づいてくる気配を感じた。一瞬身構えてしまったけれど、どうやらモンスターではなさそう。ただ――
(何だろう、この感じ……?)
普通の探索者とは似て非なる感覚。その原因を考えてみるけれど、思い当たる節は無い。
果たしてチリン、とベルが鳴って扉が開かれた。
店に入ってきたのは女性だ。褐色の肌に紅い髪が特徴的。クレアも同じ紅い髪だけど彼女は真紅に近くて、店に来た女性はどちらかというと橙色に近い、焔を想起させる色だ。その容姿におぼろげな記憶が刺激される。彼女を何処かで見た気がするけれど、はて、どこだっただろうか。
まともに機能していない記憶と格闘していると、彼女の持つ金色の瞳が私と交差した。その姿を見てもやはり人間で、けれども感じる感覚としてはロナに近いかもしれない。ロナの方を見れば、彼女も少し怪訝な顔で入ってきた女性を見つめていた。ひょっとして、彼女も神族だったりするのだろうか。
「クァドラ、さん……? もしかしてクァドラさんですか?」
「やあ、久しぶり! 元気にしてたか?」
ロナとそろって首を捻っていると、シオが嬉しそうにしながら女性へと近づいていった。
「なんやシオ、知り合いかいな?」
「ええ。この間、フランコさんの捜索依頼があったじゃないですか」
「ああ、シオちんが一人で突っ走ってえらい目におうた日か」
「う……ま、まあそうです! その途中の戦闘で助けてもらったんですよ。クァドラさん、あの時はありがとうございました」
なるほど、そういう縁があったのか。それは雇用主としても、友人としても私からも礼を伝えなければなるまい。
「私からも礼を言う。貴女のおかげでシオを失わずに済んだ。心より感謝を」
「ウチからも。えろう世話になったみたいで、ホンマおおきにな」
「大げさだって」クァドラとシオが呼ぶ女性はカラカラと笑った。「私はちょっと手を貸しただけ。ま、だけどお礼の気持ちはありがたく受け取っとくさ」
そう言いながら彼女はマイヤーさんたちに「隣、失礼するよ」と断りつつ、カウンター席に座った。
「ご注文は? 飲みもんは一応酒から水までだいたいのモンは出せるで。飯も簡単なもんやったら大抵は作れるんやけど、どないする?」
「ならお酒……と言いたいところだけど、これから下の方に潜ってくからね。コーヒーを頼むよ。それから少し腹に溜まりそうなものを適当にお願いしたいな」
クァドラさんの注文を聞いて私はキッチンへと向かった。けれどカウンターの横を通過しようというところで、クレアの腕が伸びて私の首をつかんだ。
「どこに行くつもりや、ノエル?」
「キッチン。ご所望のお腹に溜まる料理を作るつもり」
「アホウ。シオの恩人に、アンタん料理で味覚破壊するつもりかいな? モルモットはそこにいっぱいおるやろ? ウチが対応するさかい、アンタはいつもどおり給仕を頼むで」
むぅ。確かに。それに今後も当店をご利用頂くためにも、初見のお客様に悪印象を与えてしまうのは避けるべき事態。料理の味も以前より一般的に受け入れられるものになった気がするけれど、お客様に進んで出せる味かと問われれば自信はない。しかたない。諦めるとしよう。
「自信はないっちゅうレベルやないんやけど……まあそこはええわ。奥の保管庫にこないだ仕入れたゲァ・ピッグの熟成肉があるやろ? そいつやったらクァドラはんも気に入ってくれるやろし、それを持ってきてや」
承知した。キッチンに向かうクレアを背に、私はバックヤードの保管庫に向かった。
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