1-1.また変な人が出てきたんですか?
クレアは腕を組んでジッと焔を見つめていた。
炉の中でゴウ、と焔が暴れ狂い、放射熱だけでも火傷しそうな程に熱い。炉の真正面に座るクレアには相当に熱が伝わっているはずだが、彼女は身じろぎ一つせず汗をかいた様子もない。魅入られたように、ただ荒れ狂う焔だけをゴーグル越しに見つめ続けていた。
「……」
やがて、彼女が動いた。流れるような動きで傍らに置いてあった素材を炉の中に差し込む。そのまましばらく静止。やがて、素早く炉から素材を引き抜いて金床にセットした。
そこからは手早く、激しかった。金槌を振り上げ素材に叩きつける。
何度も何度も何度も。
工房に槌の音が規則的に響き渡り、それが止んだかと思えば粉末状にした別の素材を振りまく。そうして再び槌を振りかぶって力強く鍛え、炉の焔に晒す。
彼女が作っているのは新たなショートソードだ。そうした工程を繰り返していくと、不意に素材の表面が光を発し始めた。
これこそが彼女のスキル、<逸品制作>が発現した証左だ。手を激しく動かしながらクレアは胸の内でガッツポーズをした。
工房に彼女の息遣いと作業の音だけが続く。そしてしばしの後、彼女は道具から手を離しゴーグルを上げて、大きく息を吐き出した。
「今回は上手くいったやろ」
作業を終えてドッと汗が吹き出す。タオルで額を拭いながら彼女はニンマリとした。彼女の言葉を肯定するかのように見事に鍛え上げられた剣の表面が光を発し、徐々に本来の鈍色へと戻っていく。
「クレア、終わった?」
出来栄えに満足して剣を眺めていると、ノエルが静かに声を掛けてきた。
「ああ、終わったで。どないした?」
「お客様が来店。マイヤーさんたち。いつものメニューをご所望なので作ってほしい」
「オーケー、了解や。すぐ行くからコーヒーとか他のもん先に出しといてや」
そう返答してノエルを先に戻らせると、クレアは炉の火を落とし道具を片付けていく。細々としたものを道具箱に詰め、剣を叩くのに使った重い槌を軽々と持ち上げて口笛を吹きながら壁のフックに引っ掛ける。
と、壁に吊り下がっていた別の金槌に目を遣り、彼女は目を細めて柄の部分をそっと撫でた。
「……ほなら、またな――おとん」
「お待たせ致しました」
「おう、ありがとよ、ノエルちゃん」
ロナからコーヒーを、シオからビールを受け取る。それらをマイヤーさんたちの前に並べ、それからナッツ類を入れた大皿をマイヤーさんとジルさんの間に置く。するとマイヤーさんとジルさんは、待ちきれないといった感じで顔をにやけさせ、エルブさんはその隣でカップに顔を近づけてコーヒーの香りを楽しんでいる様子。
「サンドイッチの提供が後れ申し訳ない。クレアが戻ってきたらすぐに作る」
「うん、急がなくても構わないし。コーヒーを楽しんどくし」
注文の品が遅れることを詫びると、エルブさんは快く了解してくれたので私はキッチンへと向かった。私が料理をすれば壊滅的な味になってしまう不思議はあるけれど、さすがに食材の準備くらいでダメになることはない……はず。どの段階で味が人類に早すぎるレベルになるのか確認したことが無いので自信は無いけれど、きっと大丈夫だと信じて冷蔵庫から材料を取り出していく。
「お待ちどうさん。代わるで」
さて食材を切っていこうか、というところで奥からクレアがやってきたので彼女に代わる。デザートの作成が主な担当ではあるけれど、彼女も料理の腕は相当だ。手早く調理を済ませ、あっという間に彼女特製サンドイッチがキレイに盛り付けられた。
「お待たせしました。本日のサンドイッチです」
皿を受け取ってエルブさんに差し出すと、彼は少し嬉しそうに口元を綻ばせてはむっと噛みついた。シオもそうだけど、エルブさんもどこか小動物っぽいと思う。
マイヤーさんたちに目を遣ると、すでに二人のジョッキがほぼ空になっていた。なのでお代わりを尋ねると、勢いよくジョッキが差し出される。シオも新規注文を予想していたようで、空のジョッキと入れ替わりに黄金色の液体が並々と注がれた新しいジョッキが手渡された。
「いつも来店おおきにな。調子はどないや?」
「へへ、今日は結構順調だったぜ」
ジョッキをグイッと大きく傾け、ジルさんが嬉しそうに大きく息を吐きながら口についた泡を手の甲で拭った。それからニッと笑って素材入れ袋を置いたので中を覗き込む。
袋の中は切り取られたモンスター素材がギッシリと詰め込まれていた。なるほど、嬉しそうにグイグイと酒が進む理由が理解できる。ジルさんたちがどのくらいの時間潜っていたのかは知らないけれど、これだけの量が集まったということは相当な数のモンスターに遭遇したということだ。
迷宮内でモンスターとどのくらい遭遇できるかは運の要素が大きい。つまり、今日のジルさんたちはかなり運が良かったものと思料する。もちろん相応に危険度も上がるのだけれど。
「凄いですね……大変だったんじゃないですか?」
「まあな。ちょっとやべぇかなって時もあったが、何とか乗り切れたよ」
「ホンならウチでしっかり疲れを癒やしてや」
「そうさせてもらおう。奥に仮眠室があるって前に言ってたよな? あそこも使わせてもらっていいか?」
「構へんよ。どうせ他に使うような客もおらへんし、いっぱい飲んで爆睡してから戻りぃや」
開店以来ほぼ使われることのなかったあの部屋がついに陽の目を見る。喜ばしいことだけれど、埃を被ってるかもしれない。後でキレイにベッドメイクをしておかなければ。
「へへ、今日はいい夢見られそうだぜ」
「地上に戻ったらすぐに換金だな。今日はアイツらがギルドにいなきゃいいんだが」
「……アイツら、か」
ジルさんのテンションが一気に下がった。両脇のマイヤーさん、エルブさんもため息をつく。「アイツら」が誰かは分からないけれど、相当に会いたくない人物なのは三人の表情から容易に理解できた。
「ど、どうしたんですか、急に……? また変な人が出てきたんですか?」
「シオ坊はまだ連中に遭遇したことはねぇのか」
なら気をつけといた方が良い。そう前置きしてマイヤーさんが「アイツら」について語り始めた。
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