6-1.悪かったな、嬢ちゃん
「ありがとうございましたーっ」
明るいと形容できる店員の声を背に、私は店を出た。
いつもよりずっと小さいリュックを背負い街を歩く人混みに混ざる。時折すれ違う人からの視線を感じるけれど、それはいつもと違って私自身ではなく手に持った花束に注がれていた。
先日、迷宮で重傷を追ったシオは一週間経った今も病院に入院している。アレニアの応急手当と水魔導による治療が適切だったこともあって幸いにも命に別状はなく、完治すればまた探索者として問題なく迷宮に潜ることができるとの診断だった。
なので今日はシオのお見舞い。カフェ・ノーラを出る時に「見舞いに行く時は花の一つでも持ってくもんやで」というクレアのアドバイスに従って、病院へ向かう途中の花屋に立ち寄ったのだけれど、最初私は鑑賞しやすさを重視して鉢植えのそれを購入するつもりだった。
しかしながら手間を考えると、入院患者に鉢植えは控えた方が良いらしい。親切な女性店員がそう教えてくれたので、彼女が見繕ってくれた花束を今持っている。おそらくはこういった点も常識なのだろうけれど、こうしてみると私は世間一般の知識に乏しいと自覚せざるを得ない。
(やっぱり――)
私は私だけでは生きていけない。戦い方、魔導、モンスターに国際情勢と、兵器として生きるのに必要な事はたくさん知っている。けれど、見舞いの花の常識一つ知らない。人間として生きるならば、私にはまだ知らなければならない事がたくさんある。
この先、クレアやシオ、ロナと一緒に生きていけば、それらをもっと知ることができるだろうか。そんな期待が浮かんで、少し口元が緩んだのを私は自覚した。
「……?」
花に視線を落としていた私だが、ふと誰かの視線を感じて顔を上げた。
正面を見据えると、前方で女性が私の方を見ていた。褐色の肌に長い真紅の髪。胸当てや剣を携えてることから推測するに探索者と思われる。彼女の姿は記憶にはないけれど、もしかするとどこかで会ったことくらいはあるのかもしれない。
女性は私の方へと向かってきた。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいて、特段敵意のようなものは感じない。一度は向けられた視線も、今は私に向いていなかった。
さっきのは偶然私と目が合っただけだろうか。多少は警戒しながら私も歩き続け、やがて彼女とすれ違った。
その時。
「――またね、お姉さん」
女性の物と思しき声が聞こえ、思わず足を止めた。そしてすぐに振り返ったけれど、女性はどこかの店にでも入ったのか、もう通りにはいなかった。
いったい何だったのだろうか。過ったのは他国のスパイのことだけれど、それとも違う気がする。確証はないけれど。
まあ、いい。敵意は感じなかった。くわえて「またね」と彼女は言った。探索者であれば、きっと彼女の言うとおり再会の機会もあると思料する。
それよりも。
「……そういえば」
ロナから「見舞いには果物も必須だよ」と言われてた。それも買っていかなければ。ところで……果物だったら何でも良いのだろうか。店員にまた聞いてみよう。知るべきことが増えたけれど、悪くない。そう思いながら私は青果店へと入っていった。
「シオ」
「あ、ノエルさん!」
受付で教えられた病室に向かうと、隣のベッドに寝ていた人物とシオが楽しそうに会話を交わしていた。声を掛けると私へと振り向いて嬉しそうに笑い、けれどすぐに笑顔が消えて、少し気まずそうに目をそらした。
それを気に留めず私は部屋の奥へと足を進める。この病院の大部分は効率を重視してか六人以上の大部屋だけれど、シオの病室は二人部屋だった。ギルドの依頼中の怪我ということで、おそらくランドルフが気を利かせてくれたものと推測する。
そして、彼と病室を同じにしていたのは。
「……よぉ、嬢ちゃん」
フランコだった。水魔導で治療は受けているのだろうけれど、まだ全身のあちこちに包帯を巻いている。シオも似たようなもので、二人揃って相当な重傷だった事が窺えた。よく生きていてくれたと改めて思う。
「俺の見舞いに来てくれたのかい?」
「否定。シオのお見舞いに来た」
「分かってるって。冗談だよ」
カラカラとフランコは笑った。見た目は重傷でも元気そうだ。
「……まぁ、なんだ。悪かったな、嬢ちゃん」
「何の話?」
「ギルドでアンタに突っかかっていった日、路地裏で脅かそうとしちまっただろ? ま、あえなく返り討ちにあったわけだが、ちゃんと謝って無かったと思ってな」
「気にしていない」
「ああ、アンタの態度見てりゃ分かるさ。それでもちゃんと謝っとかなきゃと思ってな。なんつーか、ケジメみてぇなもんだ。
それと……アンタが俺らを助けてくれたんだろ? ありがとうな」
そう礼を述べて、彼は私に手を差し出してきた。握手を求めているらしい。彼なりの和解の意志の表れと思料し、その手を握り返した。
「謝罪と感謝の意、確かに受け取った」
「おう、たんまり受け取ってくれ。
さて、胸のつっかえも取れたことだし、俺ぁちょっと散歩でもしてくらぁ」
ニッと笑ってフランコがベッドから降り、そのままスタスタと歩いて外へと出ていく。そうして病室には私とシオが残された。
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