5-2.若造にケツ持たせるほど腐っちゃいねぇ
「■■■■■■ッッッッッッ――!!」
二人という一度は逃した獲物を見つけた歓喜か。それとも人間には窺い知れない、モンスター特有の感情でもあるのか。耳をつんざく雄叫びを上げるとロックワームは鋭い無数の牙を二人に向かって蠢かせた。
「……舐めやがって」
フランコは冷や汗が背中を伝うのを感じながら不敵に強がってみせた。
二人の前に姿を現したロックワームだが、一気に襲いかかっては来ない。体をくねらせて低くうなり声をあげるばかりだ。それはあたかも「いつでも食べられる」とモンスターが理解している証左にも思えた。
悔しいとは思う。だが自分はしょせんB-2クラス、それもB-3に毛が生えた程度の実力だ。抗う術などあるはずも無かった。フランコは、半ば諦めてさえいた。
しかし。
「……逃げてください、フランコさん」
シオの方はそうは考えていないようだった。動く前から肩で息をし、剣を構えた腕は震えている。けれども歯を食いしばって巨大な敵をにらみつけ、フランコよりも一歩前に脚を踏み出した。その姿に、とっくの昔に消え失せたはずのプライドが刺激された。
「……ふざけてんじゃねぇよ、クソガキが」
悪態をつきながらフランコもまたシオの横に並び立った。剣を握る腕に目一杯力を込め、腰袋に入れた魔晶石の奥から円筒状の金属をいくつか取り出すとロックワームをにらみつけた。
「オメェみたいな若造にケツ持たせるほど腐っちゃいねぇ。逃げんのはシオ、オメェの方だよ」
「嫌です。お断りします。フランコさんが早く逃げてください」
「そのセリフそっくりそのまま返してやんよ。まぁ、逃げるっつってもどこに逃げろって話だがな」
「……いえ、逃げ道は無くはなさそうです」
喋りながらシオは視線を上から下へと落としていった。今はまだロックワームの尾の部分が入ってはいるが、完全に孔から這い出してしまえば、敵が通ってきたその孔は先程落ちてきた時と同じ様に有効な脱出口になりうる。横を見れば、フランコも同じく孔に視線を向けていた。
「……考えてんのは同じみてぇだな」
「ですね。じゃあ――」
「オメェが先に入れ。その後に俺も飛び込んでやらぁ。ノーとは言わせねぇぞ」
「……」
「ガキのくせにカッコつけられちゃあ俺の立場ってもんがねぇだろうが。ちったぁ俺にだって見栄張らせろよ」
それが強がりだというのはシオにも分かった。シオと同様にフランコも体を震わせ、けれども口元だけはニヤッと男臭く笑っていた。
「分かりました。入る隙が見つかったらすぐ飛び込みます。その代わり――」
「わぁってるさ。死ぬつもりはねぇ。俺もすぐ後を追いかけるから心配すんな」
「■■、■■■■ッッッッ――!!」
果たして、二人の会話を咎めるかのようにロックワームが一際大きくいなないた。頭を一度振り上げ、そして――フランコ目掛けて巨体を一気に振り下ろした。
フランコは震える脚で強く地面を蹴った。直後にロックワームの頭が強かに地面を叩き、砕かれた無数の石つぶてが飛んできて頬を浅く切り裂く。が、彼はひるまない。
「コイツでも喰らいなっ!!」
攻撃を避けると彼はすぐに握っていた円筒状の物をロックワーム目掛けて放り投げた。すると、モンスターが地面に突き刺さった頭を引き抜いたのと同時にその眼前で激しく閃光が飛び散り、悲鳴じみた咆哮が上がった。
「今だ、坊主っ!!」
ロックワームに目があるのか不安だったが、どうやら効果はあったらしい。巨体を地面に叩きつけてのたうち回る敵を見ながらフランコはシオに向かって叫び、自身も剣を振り上げた。
呼びかけに反応してシオもロックワームへと斬り掛かった。不規則に動き回る敵の胴体に注意しながらその砂色の肉体へ剣を振り下ろす。しかし伝わってきたのは肉の弾力。手応えはまるでなく、柔らかい身肉に途中まで沈んだところでその弾力で跳ね返されてしまった。
「っ……、ならっ!」
シオはもう一度剣を振るった。ただし今度は先程と違って引き斬るように。するとロックワームの滑った表面が引き裂かれ、紫がかった血が噴き出した。
手応えあり。さすがはクレアの作った武器だ。切れ味が並の武器とは違う。絶望感が希望に変わったのを感じながらシオはもう一度剣を振り下ろした。
「■■■、■■っ――!」
「くっ……!」
二度ほど振り下ろしたところでロックワームが咆哮し、シオ目掛けて尾を孔から引き出し振り回してくる。凄まじい勢いと迫力を伴って迫るそれを喰らえば、一撃で戦闘不能になるのは間違いない。シオはやむなく回避せざるを得なかった。
ダメージは与えられたものの、その長大な全長からすれば斬り裂けたのはほんの僅かだ。デカいというのはそれだけで武器になる、とどこかの探索者がボヤいていたのを思い出しながら、それでもダメージが入るのは間違いない、と自分を奮い立たせる。
シオは注意深くロックワームの動きを見定めながらその俊敏な動きを活かして背後へ背後へと回っていく。斬り裂いては回避し、斬り裂いては回避し、と繰り返し、少しずつ、しかし確実にダメージを与えていく。
同時にロックワームが出てきた孔の位置を確認するのも忘れない。最初の一撃で尾を地上に引き出すことには成功しており、隙さえあれば飛び込むことはできそうだ。だが飛び込むにも敵の大きな肉体が邪魔で近づくことはできない。
何とかして孔へ。そう思うが、ロックワームがそれを許してはくれなかった。
「■■■■■っ――!」
敵が尾を高く振り上げ、壁を破砕しながら袈裟懸けに振り下ろしてきた。粉砕された壁から無数の瓦礫が弾き飛ばされ、その奥から大きな尾がシオに向かってくる。
シオは風魔導による障壁を展開することで降り注ぐ石つぶての雨を耐える。しかし風魔導の障壁はあくまで向きを逸らす程度にしか使えない。直撃を避けながら、シオは遅れて迫りくる尾を飛び越えようと身構えた。
「くぁっ……!」
だが、鋭利に尖った石が障壁を貫通してシオの脚を強かに叩いた。それはちょうど包帯を巻いていた場所。激痛が一瞬で全身を駆け抜け、意識がそちらに奪われる。
気づけば、ロックワームの尾が目の前に迫っていた。
「しまっ――!」
慌ててシオは地面を蹴った。だが痛みにより力が入り切らなかったのと、反応が遅れたことで尾がシオの体をかすめた。
圧倒的質量を誇るロックワーム。それが僅かにかすめただけだ。しかし威力は甚大で、シオの体は呆気なく弾き飛ばされていった。
「う……」
為す術なくシオは地面を転がっていき、積み重なった瓦礫にぶち当たってようやく止まった。
眼の前の地面にポタリ、と赤いしずくが落ちた。頭から流れたそれが鼻頭を伝ってシミを広げていく。シオは数瞬の間ぼぅっとしていたが、すぐに意識を覚醒させた。
痛みは感じられる。まだ、大丈夫。力が抜けそうになる自分に活を入れながらシオは体を起こして。
そして固まった。
「あ……」
目の前に巨大な「口」があった。不気味な赤黒い肉が脈動し、無数の牙がうごめいていた。
喰われた。死を思うよりもまず、それが頭を過った。それほどに眼の前の光景は鮮烈で、シオから一瞬思考を奪った。
だが。
「<びっくり箱>!」
フランコが叫んだ途端、ロックワームがその体を大きくくねらせた。シオが見上げれば、顔の部分に黒いモヤのようなものがまとわりつき、間違いなく悲鳴であろう金切り声を上げながらデタラメにその頭を地面へと叩きつけ始めた。
同時に。
「ボサッとしてんなっ!」
シオの体が横へさらわれた。直後に暴れる敵の体がシオがいた場所を強かに叩き、瓦礫の山を木端微塵に砕いた。
「フランコさんっ!?」
「まだ動けるかっ!?」
シオを抱えて助け出したのはフランコだった。彼の問いかけにうなずくと、転がっていた剣を拾い、再び自分の脚で走り出した。
「へっ! 役立たずのスキルだと思っていたが、なかなか捨てたもんじゃねぇな!」
「助かりました! ありがとうございます!」
「生き残った後で酒を奢れ! それでチャラだ!」
暴れまわるロックワームの攻撃を避けながら、二人は下層へ続く孔を見た。
孔は塞がっておらず、ロックワームの体も離れた。今ならば飛び込めそうだった。
しかし。
「フランコさん、前っ!」
「ちっ!」
ロックワームが尾で弾き飛ばした礫が、弾丸のような勢いで飛んでくる。慌てて二人は避けるも、今度は打ち上げられた大きめの岩石が頭上で砕けた。
「今度は上かよ――」
意識が頭上に向き、悪態を漏らしかけるフランコ。
だがその声が突如として途絶えたのだった。
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