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5-1.当たり前のことをしたまでですから




「大丈夫か、坊主」


 痛みに顔をしかめながら左肩と右脚の包帯を交換していたシオは、掛けられた気遣う声に顔を上げた。

 視線の先にはフランコが立っていて、不意に何かを放り投げてくる。少し驚きながらもキャッチして視線を落とせば、それは探索者向けの非常食と水分補給ゼリーだった。


「はい。何とか動かせるくらいには回復してきました。

 あの、これは?」

「俺らが落ちてきた孔の先に転がってた。たぶんオメェが持ってきた食料が、俺らより先に孔に落ちてたんだろうな」


 フランコが指差した先を見ると、そこにはシオたちが転がり落ちてきた、滑り台を思わせる大きな孔があった。それを眺めながらシオはここに来てからの事を改めて思い起こす。

 ロックワームの攻撃で孔に転落し、ここにたどり着いて一晩は経ってしまっただろうか。疲労と緊張のせいかここに落ちて応急手当など最低限の事をしたら、二人揃ってそのまま眠りに落ちてしまったのが昨日。睡眠の時間を確認しようにも、転落の衝撃によるものか、腕時計の表面にはヒビが入って針は動きを止めていた。そのため、いったい今までどれくらいの時間が経過したのか、昼も夜も無い迷宮内では知るよしもない。

 そしてもう一つ大きな疑問。果たして、ここは第何階層なのだろうか。見回しながら自然と眉間にシワが寄った。シオたちがいるのは一辺が二十メートルほどの広い空間だ。ロックワームに襲われたのが十五階層だからそれより下であることには間違いないが――


(十七階層より下じゃないと良いなぁ……)


 十七階層までならB‐2のライセンスで行ける場所であるし、そこまで潜った事もある。だがそこより下の階層ならば、モンスターに遭遇してしまえば自分たちの手には負えない可能性が高い。しかしながら滑り落ちていた時間を思い出すに、十七階層より上であるなどというのは希望的観測が過ぎるというものだろう。シオはため息をついた。

 もっとも。


「まずはこの部屋から出ないと話にならないけどさ……」


 目を覚ましてからフランコと一通り出口が無いか探してみたが、今のところそれらしい通路は特に無し。こうして部屋が出来ている以上はどこかから入れるとは思うのだが、ロックワームが荒らしたと思しき大きな瓦礫が部屋の至る所に積もっていて隅々まで探せてはおらず、通路もまだ見つかっていない。

 それらをどかせば、ひょっとしたら出てくるのかもしれない。だからといって簡単に瓦礫をどかせるか、と問われればノー、だ。小さな瓦礫はフランコと協力して除去できるだろうが、どう考えても腕力でどかすのは無理なサイズの岩もちらほらある。

 ただ、それでも風魔導を使ってチビチビと削っていけば何とかなるはずだ。とは言え、そこまでシオの体力と魔素、気力が持つかは別問題である。


「どっこらせっと」


 シオの隣に、年相応の声を出しながらフランコが座った。シオに渡した物と同じ携帯食の封を乱暴に破ると黙ってかじりつく。それを見てシオも同様にカロリーバーを口に含んで水分ゼリーを流し込む。

 状況は最悪に近い。それでも大きな怪我がなくて良かった、とシオは改めて思う。

 シオ自身は肩と脚を痛めたが、彼がかばったからか、フランコの方は多少の擦り傷と切り傷はあるものの大きな怪我は無かった。とっさの行動だったが、きっとノエルも同じようにするだろうなと思うと、自分の行動が少し誇らしかった。


(まあ……ノエルさんならこんな状況になる前に倒してしまっただろうけど)


 結局、自分はまだまだ未熟も未熟だった。ロックワームなんて大物モンスターが出てくること事態が想定外ではあるけれど、それでも迷宮内では何が起こるか分からない。それを考えれば「想定外」なんて事は無いのだ。

 独りでも仕事をこなせる。それを証明したい、などと意気がった挙げ句このザマ。十分な実力は備わったと思っていたのは自分だけで、しょせん独りよがりな想いだったと言わざるを得ない。

 そんなつもりは無かったけれども、やはり過信していたのかもしれない。シオはため息をついた。


(ノエルさん……心配してるだろうな)


 あまり表情も動かない彼女だけれどシオを独りで行かせる事に頑なに反対し、過剰とも思えるほどにシオを守ろうとしてくれていた。

 冷静になった頭で振り返ってみると、それは「恐れ」のようにシオは思った。シオを失う可能性を極力排除したいというような、まるで旧貴族や大きな商会の跡取りにするような過保護な感情があるように思える。

 もちろん、こんな現状である以上はシオに文句をつける資格など無いのは承知しているし、そこまで心配してくれもらえる対象になれたことは嬉しい。だが、落ち着いて考えてもやはりシオに対する――おそらくはクレアに対しても同じだろうが――彼女の庇護は過剰だと考えざるを得ない。


「坊主」


 そんな事を考えながら口をモグモグさせていると、フランコがシオを呼んだ。そして彼は何もない前方を見つめてしばし間をおくと、やがて「すまなかったな」と謝罪した。


「俺が欲をかいたばかりに坊主まで巻き込んで、しかも……剣まで向けたってぇのに、俺をかばって怪我させちまった。本当にすまねぇ。それと、感謝するぜ。ありがとよ。おかげさまでこうして生きながらえちまった」

「いえ、そんな……当たり前のことをしたまでですから」

「当たり前、か……」


 ため息混じりにそう漏らし、フランコはシオの方を横目で見ながら小さく自嘲した。それから食べてしまった携帯食の空袋を丸めると、座っている瓦礫の上に寝転んだ。


「はぁぁ……阿呆な事をしちまったもんだ。適当なところで切り上げてても、あの魔晶石でそこそこ金は入っただろうによ。しかもよりによってロックワームとはな。マジでツイてねぇ人生だぜ、ったく」

「……あの、フランコさん」

「何だ? いいぜ、こうなったのも全部俺のせいだからな。恨み言ならたっぷり聞いてやるよ」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……伺ってもいいですか?」

「おう。俺なんぞから何を聞きてぇのかしらねぇが、答えられるもんなら答えてやるぞ。遠慮はいらねぇ」

「なら……どうしてそこまでお金に拘るんですか?」


 あまり突かれたくなかったところなのだろうか。それまで浮かんでいたフランコの笑みが固まった。

 静まり返る。よほどまずい質問をしたのだとすぐにシオは気づいて謝罪をしようとしたのだが、それよりも先にフランコが手を上げてシオを制して、「金なぁ……」とつぶやいた。


「金さえありゃいい装備揃えて、いい治療薬を買い集めて、んでこんな穴蔵の底の方じゃなくて上の方で、暇つぶし程度に迷宮に安全に潜って小銭を稼いで生きる。そんな贅沢な生き方してみてぇだろ?」

「はぁ、まぁ……」

「そもそも金があれば迷宮になんか潜る必要もねぇんだがな。酒を飲みながら適当に遊んで生きて、んで適当なところでポクっと死ぬ。それが理想なんだ。だが理想を実現するのも金がいる。そのために必死こいて金を集めてるわけだが、結局迷宮に潜って死ぬような目に遭わなきゃならんなんて皮肉な話だよ、ったく」

「僕は迷宮が好きですけどね」


 フランコのボヤキにシオは苦笑しながらそう言った。


「そうかい?」

「もちろん死にたくはないですし死ぬような危険は極力避けます。でも……なんて言うんでしょう、怖いと同時に楽しいとも思えるんですよね。お金も大事ですけど『積極的に生きてる』って感じがして、帰って来た時に感じる満足感が好きで」


 戦火に追われて家を無くし、家族も亡くして絶望して。

 それでもここなら自分の腕一つでなんとでも生きていける。実力を上げ、世間よりも大金を稼いで、一目置かれる存在にもなれる。何より、モンスターと必死になって対峙して生き残った時に肯定されるような気がするのだ。

 自分は、生きていてもいいのだと。親や友人の死を踏み台にして、それでもまだ生きることを許されるのだと。もしかしたら「楽しい」というよりも、そちらの気持ちの方が強いのかもしれない。家族の事とかはフランコに対して口にすることは無かったが、しゃべりながら自分を振り返りシオはそう思った。


「……若いな」

「そう、でしょうか?」

「ああ。だが俺にも昔はそんな気持ちがあったのかもしれねぇな。もう忘れちまったが、もし、あの時に若さにかまけて金をケチって無茶しなきゃアイツも……」

「アイツ?」

「……何でもねぇ、独り言だよ」


 最後はつぶやくように吐き捨てた。それからフランコは自分の左腕を掲げてジッと見つめる。けれどその瞳は腕ではなく、どこか遠くを見ているようでもあった。

 ひょっとして、フランコも大事な誰かを迷宮で失ったことがあるのだろうか。彼が異常に金に拘るのにも、それがキッカケになったのかもしれない。だが真相は分からない。フランコに聞くことはできないし、聞いたところでシオにはどうしようもない話だ。

 ただ、フランコにはもっと前向きな気持ちで迷宮に潜ってもらえたらいいな。そう思った。


「……なんだ?」


 その時だ。無言で自分の腕を眺めていたフランコが体を起こし、シオもハッとして立ち上がる。

 足元から伝わる振動。不気味な地鳴り音が小さく、しかし確かに近づいてくる。


「まさか……!」


 二人共背中合わせになり、それぞれ武器を構えた。緊張で汗が噴き出し、体を動かしてもいないのに心臓が激しく鼓動する。深呼吸を繰り返し、シオは必死にその鼓動を抑え込んだ。

 そして。


「……っ!」

「やっぱ来やがったかっ……!」


 一際激しく地面が震えた瞬間、大地が裂けた。地面を突き破って高く伸びていく、砂色の細い柱。

 二人が予想し、そして外れて欲しいと願っていたロックワームが再び目の前に現れたのだった。






お読み頂き、誠にありがとうございました!


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