4-2.悲鳴あげてたのは誰ですか!
「ロックワームっっ!?」
まさかこんな階層で。宙から降り注ぐ瓦礫の雨ごしに見えた敵の姿に、シオは目を疑った。
名のとおり細長い体のワーム型で、そのあまりにも巨大な体は圧巻であると同時に、ベテラン探索者であっても畏怖を否が応でも植え付けてくる。
胴回りの直径は一メートルを優に超え、その先端が天井付近まで達してもまだ全貌は見えないためほどに長い全長。巨体に加え、迷宮の岩石を噛み砕きながら魔晶石を取り込む暴食性と、縦横無尽に地中を動き回る柔軟性を備えたロックワームの個体別最低ランクは――B-1。ましてこの巨体にまで成長した姿。Aランクは間違いないはずだ。
「どうしてこんなところにっ……!」
ここはまだ十五階層。シオたちのライセンスでも入れるようにB-2ランクに設定されている場所だ。そこにAランクモンスターが現れるなんて、あまりにもランク設定からかけ離れ過ぎている。
「そう言えば――」
シオは探索者になりたての頃に講習で受けた説明をハッと思い出した。もう何年も確認されてないから、と前置きして脱線話として講師が話していたが、新しい「部屋」が発見された時は安易に近づかないようにというものだった。
理由は一つ。どんなランクのモンスターが現れるか分からないから。魔素溜まりが近くにあれば、不自然に純度の高い魔晶石が表出することがあり、そこを狙って本来よりも高位のモンスターも近づいてくることがあると言っていた。
シオは部屋中を見回した。ランタンの光に反射して部屋の至る所が美しく煌めいているが、普通はこのランクの階層でここまで純度の高い魔晶石は生まれない。もっと下層の、それこそ深層と表現されるエリアで発掘されるくらいだ。逆に言えば純度の高い魔晶石が至る所にあるということは――それだけここが深層に近い環境ということ。
(だからここにコイツが……!)
シオは見上げた。遥か頭上から巨大な口だけの先端をくねらせ、まるで自分たちを食料とみなして、どちらから食べるか迷っているようにも思える。馬鹿にするな、と反発心も覚えるが、状況を覆そうにもレベルが違いすぎる。
まずは生き残る。その事だけに思考を巡らせながらシオは剣の柄を握りしめた。
「■■■■ッッ!!」
「くっ……!」
果たして、ロックワームがターゲットとしたのはフランコの方であった。シオたちが左右に別れて動いた直後、巨大な頭部が二人の居た場所を激しく砕いた。そしてフランコの方へと地面を這うようにして追いかけ始める。
「ここ、こっちに来るなぁっ!!」
悲鳴を上げてフランコは逃げ惑う。エサとして腰の魔晶石を後ろに放り投げてみるが、ワームはそれに見向きもせずフランコだけを追い続けた。
シオは下唇を噛んでその様子を見つめた。入ってきた狭い通路はすぐ目の前。対してロックワームの注意は、ちょうど反対側にいるフランコに向いている。今なら、自分だけはきっと逃げられる。
探索者は生きて帰ることが一番大事。分かっている。フランコを見捨てれば自分は生きてノエルの元に帰れるのだ。実際に、ワームがフランコを追いかけ始めたのを見た瞬間、彼を見捨てて逃げようと思った。
だけれど。
(ノエルさん……)
シオの脳裏にノエルの戦う姿が浮かんだ。どんな時でも、相手が誰であろうとも彼女はきっと見捨てない。シオが死にそうになった時も身を呈してかばってくれた、シオが心を奪われた時の彼女の姿が頭から離れない。
もちろんそれはノエルが強いからできる芸当だ。この迷宮に住む誰よりも強い彼女だからこそ無茶もできるし無理もできる。けれど、仮に彼女でもどうにもならない事態にシオやフランコが陥ったとしても、彼女は見捨てはしない。その確信があった。
「……っ!」
もしもここでフランコを見捨てて助かったとして。その後で果たして堂々と胸を張ってそんなノエルの前に立てるだろうか。自分自身がそれを許すことができるだろうか。
それを想像した時点で答えは出ていた。だからシオは剣を強く握った。
「うわぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
叫ぶことで恐怖心を紛らわしながら、フランコとワームの方へと走る。幸いにもフランコはまだ生きてはいるが、追い詰められているのは明らかだった。
「■■■、■■■■っ――!」
「ぎゃああああぁぁぁぁっ……!」
やがて視線の先で、フランコが脚がもつれさせて転倒した。その頭上から、彼を一飲みにせんばかりに巨大な口が覆いかぶさってくる。
絶望がフランコを支配していた。顔は恐怖に歪み、悲鳴を上げるばかりで動けなくなっていた。
しかし硬直したその体をシオが強引に押しのけた。後の体勢など何も考えずにフランコに飛びかかり、ワームが砕いた礫の雨を浴びながら二人は転がっていった。
「っ……大丈夫、ですかっ……!?」
「坊主……!? 馬鹿野郎っ! 俺なんか見捨てて早く逃げろよ!」
「逃げろって言いながら悲鳴あげてたのは誰ですか! 早く立って――」
シオがフランコを引き起こした直後に、再びロックワームがその巨体を大きく上へ振り上げた。自分たちを覆ってきた影に気づいたシオとフランコは慌ててその場を飛び退き、彼らが居た場所を激しくワームが喰い砕く。
ワームの死角へと回り込もうとシオたちは走る。だがワームの頭が動く度に尾の部分も激しく動き、相手が巨大であるが故にそれを避けるだけで精一杯だった。
(このままじゃやられるっ……!)
なんとか手を打たなければ。だが目の前の攻撃を避けることにしか集中できない。思考を巡らす余裕がない。それはフランコも同じで、飛んでくる弾丸のような瓦礫と頭からの攻撃、それに不規則な胴体の動き。それらを見極めて避けるのに必死だった。
そして、体力にも限界が訪れる。
「フランコさんっ!?」
シオの隣を走っていたフランコの体がよろめいた。ロクに食事も水分も取らずに魔晶石採集に没頭したツケが来たのか、脚がもつれて転びそうになる。
シオが必死に支える。だが、その隙を見逃すまいとばかりにロックワームが大口を開けて迫っていた。
とっさにシオは風魔導を放った。まともに詠唱も錬成も足りてない一撃だったが、それが偶然か必然かロックワームの口内をわずかに傷つけ、敵の口がわずかに逸れた。
二人をかすめるようにして頭が地面に突き刺さった。直撃は免れた。が、それでもその巨体の一撃は、矮小な人間の体を浮かび上がらせるのに十分だった。
「あっ……」
そしてその浮かび上がった体が落下した場所には地面が無かった。代わりに、ロックワームが最初に地面から飛び出して来た時にできた大きな孔が、ポッカリと口を開けて待ち構えていた。
「くぅっ……!」
とっさにシオはフランコと体の向きを入れ替えた。肩から孔に落下するとそのまま転がり落ちていって、二人の姿は暗闇に飲み込まれてすぐに見えなくなった。
ロックワームは二人の姿を完全に見失い、身の毛もよだつおぞましい鳴き声を上げて口周りに生えた無数の鋭い牙を蠢かせた。シオたちを探すように体をくねらせ、やがてこの空間にいないと気づいたか一際高く体を振り上げると、再び地面に頭を突き立てて地中深くへと潜っていった。
凄まじい轟音と揺れが続いたが、それも程なく収まる。シオたちがいた空間には誰もいなくなり、静まり返った部屋の隅で倒れたランタンが、被った砂埃の下で微かに光を放っていた。
「……よっと」
そこに声が響く。天井近くの壁の一部がグラリと動いて落下し、できた横穴から脚が伸びて、そこから女性が這い出してきた。
褐色の肌に真紅の髪。現れたのはクァドラだった。
彼女は壁から飛び出して軽やかに着地すると、鼻歌を歌いながらシオたちが落ちていった孔を覗き込んだ。
どこまでも伸びていそうな深淵。空洞音が反響し、しかし彼女は孔の奥底から聞こえてくる僅かな声を聞き取って小さく笑った。
「無事みたいだな。ま、これくらいで死なれると私の方が困るんだけど」
独りでそう漏らすと、紅い髪をかき上げて何処ともなく宙を見上げた。
「さて、仕込みは上々。後は『姉さん』がやってきてくれるのを待つだけ、か。早いところやってきてくれたら嬉しいんだけどなぁ。私、待つの苦手なんだよ」
誰もいない場所でぼやきながら彼女は壁際に座った。そして胸元からロケットを取り出して中の写真を眺めると微笑み、やがて目を閉じるとそのまま寝息を立てて動かなくなったのだった。
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