3-1.怒ってるよね、たぶん
「ノエルさん……怒ってるよね、たぶん」
難なく倒したモンスター二体から魔晶石を取り出しつつ、シオはつぶやいた。
いや、どちらかと言うとノエルよりもクレアの方が憤ってるかもしれない。もう店で働き始めて数ヶ月になるけれど、一度もノエルが声を荒らげたり不機嫌さを露わにしている姿を見たことがない。
彼女の場合、怒るというよりも冷静に自分の行動を問い詰めてきそうだった。何故一人でいったのか、どうして危険を冒すのか。淡々と冷たい瞳で見つめられながら質問詰めにされて、しどろもどろになりながら必死に弁明する自分の姿をシオは容易に想像できた。
「だけどノエルさんだって……僕だってもう一人前の探索者なんだから、一人で行かせてくれたっていいのに」
素材剥ぎ取り作業をしながら愚痴がこぼれる。彼女が心配してくれているのは理解しているが、それにしたって過保護すぎやしないだろうか。
確かにSクラスの彼女から見たら自分は頼りないだろう。未熟な面が多いことも認める。だけれども、自分にだってプライドはあるのだ。
モヤモヤした気持ちをナイフを通してモンスターの死体にぶつける。B-2クラスまで昇格したということは、ギルドからも実力を認めてもらっているということだ。なら、せめて今回のように実力より下のエリアくらいは自分一人に任せてもらいたい。
「でも、今回無事に依頼を果たせたら――」
きっとノエルも認めざるを得ないだろう。いつまでも守られるだけの従業員ではないと。完全では無いにしろ、せめてノエルと一緒に並び立って歩く資格くらいはあるのだと。
「……うん、そのためにもちゃんとやり遂げないとね」
シオは自分に言い聞かせ、数分でモンスターから魔晶石と最低限の素材だけを剥ぎ取り、リュックへと収納する。それから十分程歩くと、フランコが仲間と別れたという十二階層にたどり着いた。
迷宮全体から見ればまだ比較的上層なので探索者の数もそれなりに多い。シオは階層を探し歩きながら、すれ違った探索者たちにフランコの目撃情報を尋ねていった。
けれど彼の目撃情報は無かった。数日前に仲間と一緒にいるところは見た、という人はいたが昨日今日で一人のフランコは誰も見ておらず、また遺留品らしいものも目撃した者もいなかった。
シオ自身もこの階層は頻繁に訪れている。なので人目に付きづらい入り組んだ場所や、メイン通路から離れた分かりづらいくぼみもくまなく探してみるが、死体はおろか、遺留品らしきものも見つからなかった。
「……って、まだ死んだわけじゃないっての」
それに死んでて欲しいわけじゃない。いくらノエルさんに手を出したからって、それを望むほど自分は落ちぶれてはいないし落ちぶれてもいけない。シオは大きく息を吐いた。
さらにもう一階層下の十三階層へ降りる。同様に隅々まで探してみるが、やはり手がかりらしきものや目撃証言は無かった。
「ならもっと下……?」
目の前にある、十四階層につながる階段を見下ろす。階段の途中には照明魔道具が灯されてて、薄暗い先には頑丈なゲートが設置されているのが見えた。
十四階層から先はB-2クラスが必要なエリアだ。フランコはB-2ライセンスを持つベテランだ。ならこの先にまで降りていった可能性は充分ある。
そして当然シオもまた行くことはできるし、眼の前のゲートはこの二週間に何度も通過してすでに見慣れている。けれども店を出る前に交わしたノエルとの会話のせいだろうか、ゲートの向こうがとんでもなく危険な場所のように思えてきて立ち竦んだ。
(大丈夫……行ける)
大きく息を吸って腹に力を込める。何度か手を握ったり開いたりを繰り返し、覚悟を決めてシオはゲートに自身のライセンス証をかざした。
大層な勇気を振り絞ったわりには、ゲートの先はいつもと変わらなかった。当然だ。迷宮で何か異常が起きているとの話は無いし、数日前にも通過した場所である。シオの心持ちが違っただけで、危険度が急に変わったはずもなかった。
「そりゃそうだよね」
すぐに上の階層と同じ様に捜索と聞き込みを行うも、やはり何の情報も得られなかった。十四階層はかなり小さな階層であるため、捜索もすぐ終わる。なのでシオはもう一つ下まで降りていった。
十五階層まで来ると、探索者の数もだいぶ減ってくる。歩き回っても広大な迷宮内ですれ違う人はほとんどおらず、どこか心細さを感じ始めた時、向かっている方向からモンスターのものと思しき低い唸り声が聞こえてきた。
いつもの探索ならばそちらに向かうのを避けるところ。だが、今日はあくまでフランコの捜索である。モンスターの近くだからといって回避するわけにもいかない。シオは気持ちを落ち着けて慎重に進んでいった。
やがて声の近くまで到着し、壁に背をつけてカーブの先をそっと覗き込んだ。
「……いた」
シオが見た先にいたのはグレートロルが二匹。肌の色以外はグリーントロルとほぼ同じ特徴を持つが、グレートロルの方が獰猛で凶暴。それでもランクはB-3からB-2であり、二匹でも真正面からやり合わなければシオ一人でなんとか対処できる相手だ。
トロルたちは何かを食べているようで、周囲に散らばった血や骨にシオは一瞬ドキリとした。が、骨のサイズなどから推測するに食べられているのは人間ではなく、より低級なモンスターだろう。シオは胸を撫で下ろし、そして一呼吸置いてからトロルたちを注視する。
トロルたちがやってきた方向からして、食べ終わったら自分の方に来るはず。くぼみや別の通路があればやり過ごせるだろうが、あいにく近くにそんな都合の良いものは無く、シオ自身もモンスターに気づかれないような隠密系の魔導やスキルは持ち合わせていない。
(やるしか無い)
トロルクラスを二体同時に相手にするのは初めて。でも、やれない事はない。
今は二体とも背を向け、シオに気づいていない。ならば――今がチャンス。
果たして、シオは駆け出した。ゼロから一気にトップスピードへ。走りながらクレアから購入したショートソードを鞘から抜き、距離を詰めていく。
トロルたちがのっそりとした仕草で振り向く。気づかれた。だがシオは脚を止めない。距離は十分に詰めることができた。
シオは左手の魔導拳銃を放った。一方のトロルの顔面めがけて三発。多少狙いとはズレたものの二発は目論見通り顔に命中した。だがトロルの分厚い皮膚を貫くには、シオの扱える魔素では威力が足りない。
しかしそれも織り込み済み。間髪入れず、予め詠唱していた風魔導を放った。
「■■ア■■■っ……!」
不可視の刃が地面を這うように飛んでいってトロルの脚を切り裂く。重大なダメージには至らずとも痛みは与えたようで、一体が血を撒き散らしながら膝を突いた。
チャンス。シオはつぶやいた。敵との距離がさらに詰まる。だが、攻撃を受けなかった方のトロルが手に持った棍棒を大きく振りかぶった。
(攻撃が二体同時じゃないならっ――!)
全神経を集中してシオは棍棒の軌道を読み切った。速度を緩めず体を前に倒して斜め前に跳躍。頭上を凄まじい勢いで棍棒が通り過ぎていくが、彼は振り返らなかった。
狙いは、膝を突いた一匹。痛みからか、目を真っ赤にして怒りをみなぎらせるトロルと目が合った。それでもシオは怯むこと無く剣を握り締めた。
膝を突いたまま、トロルが錆びた長剣を横薙ぎに振るう。モンスターゆえに型も何もなく力任せの一撃だが、その膂力から繰り出される攻撃は紛れもなく人間には驚異だ。
しかし。
「当たらなきゃどうってことぉっ!」
力強く地面を蹴る。シオの体はトロルの頭上に達し、空中で剣を逆手に持ち直す。
「おおおおおあああああぁぁっっっっ!!」
雄叫びを上げながら落下のエネルギーを利用し、全力で剣をトロルの頭目掛けて突き刺した。感じる僅かな抵抗。だが、それも一瞬。剣がズブリと頭蓋を貫いた。
「■■■……」
頭頂から顎まで貫かれたトロルの体が倒れていく。だが、まだ終わりではない。
シオはすぐさま剣を引き抜いてトロルから飛び退いた。直後、絶命したトロルの頭目掛けて棍棒が振り落とされた。
グシャリと頭蓋が破壊され、血が飛び散る。間一髪のタイミングで逃れたシオは、着地すると休むまもなく駆け出した。
もう一度振り下ろされた棍棒の一撃をかわす。トロルの背後に回り込み、背中を、脚を斬り裂いていく。脂肪に阻まれて致命傷にまでは至らないが確実にダメージは入っており、やがて血を流し過ぎたかトロルの脚から力が抜けた。
その瞬間、シオは跳んだ。狙うはがら空きになった敵の首元。トロルが背後を振り向くが、その時には眼前にシオが迫っていた。
「……っ!」
鋭い、一撃。まるで閃光のようにシオの体が通り過ぎ、剣を振り抜いた姿勢で着地する。一拍遅れて、背後でトロルの首から鮮血が噴き出しゆっくりと倒れていった。
シオは立ち上がって油断なく剣を構える。だがしばらく経ってもトロルが起き上がってくる気配はなく、構えを解いて大きく息を吐き出した。
「……緊張したぁ」
一気に疲労感が押し寄せてきて、シオは剣を杖代わりにしてもたれた。
さすがにトロル二体が相手では苦戦すると予想していたが、奇襲が成功したからかシオに怪我は一つもなかった。疲労度合いは半端ないがどちらかと言うと精神的な消耗であり、一息入れればすぐにでもまた動き出せるくらいにはまだ体力も残っている。
「とは言っても、ゆっくりもしてられないし」
早くフランコを探し出さなければ。シオは自身の顔をパンパンと叩いて気持ちを入れ直すと、トロルの体から魔晶石を取り出すために身をかがめた。
その時。
「っ……!」
何かが飛びかかってくる気配に気づき、シオは弾かれたように振り返る。
けれど。
「あっ……!」
もはや悲鳴を上げる暇しか無い。
暗がりの中から飛びかかってきたモンスターが、すでにシオの目の前にいたのだった。
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