2-3.子ども扱いは止めてくれって事やな
私の心臓が跳ねた。一瞬、聞き間違いかと思った。まさか、一人で行った?
「うん、間違いないよ。さっきちょうど入れ違いで、荷物を持って外に出て行くのを私も見たから」
「さっき電話があった、ギルドの仕事だろ? てっきりシオ坊に任せたんだとばかり思ったんだが……ひょっとして止めた方が良かったか?」
「あんの阿呆……勝手なことしくさって」
クレアが頭を押さえてため息と一緒に天井を仰いだ。私も少し呆然として立ち尽くし、それから息が詰まりそうになる感覚に襲われる。
体が揺れた気がした。平衡感覚が狂ってしまったように体が左右に揺れて、ハッと我に返って倒れそうになるのを踏ん張ると、私はクレアを見上げた。
「クレア、教えてほしい」
「なんや?」
「なぜシオは一人で向かったの?」
あれだけ危険だと言ったのに、彼はどうして一人で行ってしまったのか。
シオがフランコを警戒するのは理解する。私の事を心から心配してくれているのも分かる。だけれども現実的にフランコが私を害せる可能性は皆無に近い。シオと二人で行けばなおさら。
誰も失いたくない、と私の考えも伝えたのに。私とシオ、そしてフランコの三人が無事に帰還するそのための最適解は二人で向かうことなのに、どうして。
「非合理的な判断と言わざるを得ない。理解に苦しむ」
「あー……なんて言えばええんやろなぁ」
クレアでも答えるのが難しい質問をしてしまったのだろうか。彼女は赤い前髪を何度も掻いてから腕組みをし、しばらく間を置いてから話し始めた。
「独り立ちしたいお年頃、ちゅうことかなぁ」
独り立ち? 独立して新しい店を迷宮に開きたいということだろうか。迷宮内にもう一店舗できれば探索者の安全は高まるだろうからランドルフも許可はしてくれるだろうし、彼がそれを望むなら止めはしない。ただし、昼夜問わず襲ってくるモンスターの相手は大変と思料する。
「いや、そういう意味の独り立ちやなくてやな……」
「違う?」
「まったくちゃうわ! 急にボケだすからびっくりしたわ。心配せんでも当分シオがこの店から離れることはないで」
「可能性は?」
「ない。断言したるわ。独り立ちっちゅうのはな、要はノエルから対等に見られたいんや」
「私はシオを見下してはいない」
雇用関係の上下はあるけれど、彼はちゃんとした人。人間として比較すれば、生き方を知らない私の方が格下だと思う。
「分かっとる。せやけどノエル、アンタ、シオと一緒に迷宮行くとシオを何がなんでも守ろうとするやろ?」
「当然。客観的に見て私の方が強く、クラスも上。それに仲間を守るのは私の責務」
「それがシオは嫌なんや、たぶん」
「シオくんはね」コーヒーをロナが差し出してきた。「ノエルを守りたいんだよ。守られるだけじゃなくってね」
「私を、守る……?」
「そう。もちろん状況によっては今までどおりノエルがシオくんを守ることがあってもいい。だけど保護者と被保護者の関係じゃなくって、ノエルが無茶や無理をしなくても自分の身は自分で守れるし、場合によってはノエルをシオくんが守れるんだって事を彼は証明したいんじゃないかな?」
「……」
「ノエルがシオくんを大事に思ってるのは彼だって理解してる。だけど一方的に守られる関係は対等とは言えない。ノエルにいつまでも面倒を見てもらっているその状態が嫌で、自分ひとりでもノエルの代わりを立派に果たせるんだぞって見せたいんだ。だから一人で向かうことを選択したんだと思うよ?」
「……よく、分からない」
「ま、端的に言えば子ども扱いは止めてくれって事やな」
私は自身をシオの庇護者だと考えたことはない。私よりも一つ年下ではあるけれど、子どもだと思った事もない。大切な仲間の一人。死なせたくない人。
だけれど、彼も守るべき一人だと認識していたのは事実。だから不必要な危険に晒したくないと考えていたのだけれど、それがシオにとって不愉快だったのだろうか。
「……私はシオを傷つけた?」
「そこまで大層な話やあらへん。身勝手な行動しとるんに変わりはあらへんからな」
「まあ、なんだ。事情はよく分かんねぇけどよ」
頭の上に大きな手が乗せられた。振り返ると、マイヤーさんが笑いながら私の髪を撫で回していた。
「シオ坊も男の子だったって事だろ?」
「……? シオは元々男性」
「そ。だからたまには意地を張りたくなることがあるんだよ、男って生き物はな。特に女の前だとな。だから許してやってくれ。俺が言う筋でもねぇ話だが」
良く分からないけれど、そういうものなのだろうか。
ともあれ、私が自分の考えばかりシオに押し付けていたのは事実。そこは反省しなければならない。
「で、どうするんや? ノエルやったらまだ追いつけるやろ? 追いかけるか?」
「……待ってみる」
みんなの意見が事実なら、ここでシオを追いかけたところで彼の私に対するわだかまりは解けない。ならば比較的危険度の低い今回の依頼は彼に任せてみても良いと思う。シオの言うように十二階層程度なら、よほど大勢のモンスターに囲まれたりしない限りはシオ一人でもなんとかできるはず。そしてそのリスクは遥かに低い。
(正直――)
怖い。普段は彼一人で自由に探索させているのに、今日に限っては強い不安を感じる。
だけど待つと私は決めた。なら、この不安を内に押し込んで彼を信じてみようと思う。そして、帰ってきたら話し合おう。
そう心に決めると、シオが帰ってきた時にもう一度料理を味見してもらうため、私はキッチンへと向かったのだった。
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