2-2.私はもう、誰も失いたくない
私の希望とは裏腹に、ランドルフからの電話は残念ながら行方不明者の捜索依頼だった。
『臨時のパーティを組んだ連中なんだが、事情を聴いたところ途中で一人喧嘩別れしたらしい。残った三人は戻ってきたんだが、その別れた一人が二日経っても帰ってきてないようなんだ』
迷宮内でパーティがもめるのは珍しくはない。
ただでさえ迷宮内は神経をすり減らす。特に臨時で組んだメンバーだと相互理解が乏しいため些細な行き違いで大喧嘩になることもあると聞いたことがある。
「食料などは?」
『食料は節約してれば、まだギリギリ保つらしい。水に関しては本人も水魔導が使えるから問題ないはずだが、なにせ一人だからな。非常事態の可能性も十分考えられる。対象者はいろいろと問題がある人間じゃああるが、大事なウチの探索者だ。生きてる可能性があるうちに探し出しておきたい』
承知した。すぐに向かう。
そうランドルフに告げ、受話器を置く。クレアも要件を察したらしく、黙ってうなずいた。
「もしかして何かトラブルか?」
「いんや。そう言うんやない。ギルドから直々のご依頼や。ウチの店もご覧の有様やろ? お上からお仕事貰わんと経営が厳しいんや」
ジルさんの問いかけにクレアが冗談めかして答えた。実際はそこまで困ってもいないけれど、ランドルフに助けられているのは間違いないので嘘ではない。
そうしていると通信端末のモニターに対象者の情報が表示された。口周りのヒゲに、アップにした前髪。それと名前。彼を最近見た気がするのだけれど、誰だっただろうか。
「レオポルド・フランコ……ひょっとしてこの人、この間ノエルさんが言ってた、背後から脅かしてきた人ですか?」
モニターを覗き込んだシオが口にしたことで私も思い出した。そういえばそんな事件もあった気がする。たいした事件で無かったからもう忘れていた。
「……探しに行くんですか?」
当然。誰であろうと捜索対象者であることに変わりはない。
「場所は十二階層付近……B-3エリアか。だったら近いですし、僕一人で行ってきますよ」
端末に表示された情報をプリントアウトし、バックヤードへ準備に向かっているとシオがそんな事を言いだした。
ダメ。私も一緒に行く。比較的近い場所とはいえ一人だと危険。
「十二階層なら僕も一人でよく行きますし、ノエルさんより詳しい自信があります。それにこの人、もし無事だったらこの間のことを根に持ってて、またノエルさんに変なことするかもしれないですよ? そんな人のためにわざわざノエルさんが行く必要も無いと思いますけど」
「襲撃してきても問題はない。その時はまた撃退すればいいだけ。それよりもシオ一人で行かせる方が危険。行方不明ならば想定外の事態が起きた可能性が高い。負傷していた場合、一人だと抱えてる時に手が塞がり、状況の変化に対応できなくなる」
「僕だって、人ひとり抱えて逃げるくらいできますって。これでもB-2クラスになったんですから」
「過信は禁物」
「過信なんかしてません。僕は、フランコに変なことされないか、ノエルさんが心配なんです」
「私もシオが心配」
準備の手を止めて、食い下がる彼へ振り返った。私と目が合って少したじろいだけれど、目を逸らさず見つめ返してくる。
「私はもう、誰も失いたくない」
「……過保護ですよ」
「失うよりはマシ。これで話は終了」
「ま、ま。ええやんか。別にノエルもシオを連れて行かんて言うてるわけやないんやし。な?」
「……」
「ええな? よし、はい二人共納得した! ほな、ノエル。行く前にちょっと腕と脚の調整するで。並行して推進剤と弾の補充もしとき。シオは自分の準備終わったら、それまでマイヤーはんたちの相手しといてや」
クレアはシオをなだめると、通路にリュックを残して私を引っ張り、半ば強引に整備室の方へ連れていった。
そのまま作業を始める。しばらくして、店の方でドアのベルが鳴ったのが聞こえた。またお客様かと思ったけれど、作業音に混じって聞こえる声から判断するにロナがやってきたらしかった。
「ノエルも」作業しながらクレアが話しかけてくる。「ムキになったらアカンで。あの子もあの子なりにノエルの事を心配しとるんやからな」
「分かってる」
心配してくれているのは理解する。けれど、私よりもシオの方が遥かにもろくて、簡単に死んでしまうのだ。兵器として戦争に使われることを放棄した私だけれど、兵器であることに変わりはなく、誰かを守ることまで放棄したつもりもない。
シオは過保護だと言ったけれど、彼の方が過保護だと思う。
「どっちもどっちやと思うけどな。ま、アンタもアンタでちゃんとシオちんの思いを受け取ってやりや……うし、調整終了や」
時間にして十分ちょっとだろうか。義手・義足の簡単な調整と弾薬、推進剤の補充も終わって準備は万全。シオも待たせてるし、早速行こう。そう思いながら店の方に戻ろうとしたのだけれど、途中に置いていたリュックがない。シオが店の方に持っていったのだろうか。
「ん? なんや声がするな思うてたけど、やっぱロナか」
「やあクレア、ノエル。勝手に飲ませてもらってるよ。ああ、そうだ。これ」
「また新しいコーヒー持ってきたんか」
「街を歩いてる時に偶然見つけてね。淹れ方をしばらく研究してみようと思うから店に置いておいてくれるかい?」
「アンタもホント好きやなぁ。ところで……シオは? 見とらへんか?」
店内を見回してもシオの姿はない。店の方じゃなくて自分の部屋に戻って準備してるのだろうか。
と思っていたら、ジルさんが教えてくれた。
「シオならさっき店から出てったぞ」
「……なんやて?」
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