1-5.雇用主として許可できない
「ところで、シオ。こないだ作った武器の具合はどないや?」
外した防具をカウンター席で丁寧に磨いていたシオに、クレアが尋ねた。
シオが探索者として実力をメキメキとつけているのは間違いない。戦闘での判断力や身のこなしはベテラン探索者と比較しても遜色ないと私も感じている。共に迷宮探索をしていても以前ほど見守る必要もなく、安心して深部まで連れていけるようになった。
けれども、そんなシオの最大の弱点は攻撃力だ。剣の腕前、銃の取り扱い、魔導の展開とそつなくこなすのは頼もしいけれど、小柄な体であることに加えて魔素による身体能力の底上げも未熟なので非力さは否めなかった。
「防具を頂いた時もそうでしたけど、やっぱりクレアさんの装備はすっごいです。これまでのショートソードとは全ッ然別物ですね。攻撃力が段違いですよ」
「ほんなら良かったわ」クレアが顔を上げて息をついた。「スキルも発動せえへんかったけど妙に気に入ってもうてなぁ。捨てるんもあれやし、ウチのブランド名で売るんもどうかと思ってたんや。安もんで申し訳なかったけど、気に入ってくれておおきに」
「とんでもないです。むしろクレアさんの作品をアレだけ安く買えるなんて、むちゃくちゃラッキーですよ。このお店で働いてて本気で良かったと思いました」
「店の仕事は殆ど無いけどな」
話を聞いてると、弱点の攻撃力はそれなりに解消されたらしい。最近B-2クラスにランクアップしたと言っていたし、きっとますます強くなっていくと思う。
誰かの成長を嬉しく思う。私にそんな感情が残っているとは、自分の事ながら少し驚く。
ここに来る前――クレアと一緒に各地を放浪していた頃は彼女以外の誰とも一緒にいたいとも思わなかったし、他の誰に何をしようが何をされようが関心は無かった。
ただ生きる。お兄さんに言われたとおりに。誰かを手助けする事はあったけれど、その後でその人物がどうなろうが、どう生きようが興味は無かった。
それがこの街に落ち着いて、迷宮の中にお店を開いて、ギルドに出入りするようになって。ロナ、アレニア、ランドルフにサーラ、そしてシオ。他にもたまに店に来てくれるお客様たち。彼ら彼女らと言葉を交わすようになって、成長の止まった私も不思議な事に何か変わってきているような、そんな気がする。
「やっほー、お疲れ様ー」
会話を交わすシオやクレアを眺めて一人思考に耽っていると、店の入口でベルが鳴った。振り返ると、アレニアが「よっ!」と手を上げて挨拶していた。
「おー、お疲れさん」
「いらっしゃいませ、アレニア」
「こんにちは、ノエル。相変わらず可愛いわね。カチューシャ似合ってるわよ」
私の頭に乗った猫耳を褒めると彼女はクレアの正面の席に座って、それから「いつものちょーだい」とクレアのオリジナルパフェ、それと紅茶を注文した。
「この後探索かいな?」
「そのつもり。シオを借りてもいいかしら?」
「ウチらは構わへんけど、シオはさっき迷宮から戻ってきたばかりやで?」
「ありゃ、ならタイミング悪かったか」
私の持ってきた紅茶を飲み、パフェを頬張りながらアレニアが頭を掻いた。
シオの様子を見る限り特に怪我も無く元気そうだけれど、さすがに連続で迷宮探索をするのは控えた方が良い。体は元気に見えても知らずに疲れは溜まっているものだし、何より神経と頭が疲弊する。ギルドも、長時間の探索行為は控えて迷宮内でも結界等を用いて適宜休息を取るよう勧奨している。
しかし。
「僕は構わないよ。パフェ食べ終わったら一緒に行こう」
「え、でも……」
「大丈夫だって。クレアさんから買った武器もまだ試したいし、正直、成果もちょっと物足りないかなって思ってたんだ」
シオの方はやる気満々だ。アレニアの返事も待たずに、外した防具を付けようと立ち上がった。
「やる気あるんは結構やけど……ちなみにさっき、どこまで潜ってきたんや?」
「……言わなきゃダメですか?」
「その言い方やと結構深くまで行ってきたんやな?」
クレアが問い詰めると、「十七階層です」と小声で返事がきた。
十七階層と言えば、シオの持つB-2ライセンスで行ける最も深い場所だ。しかも、あくまで「行ける」だけ。モンスターも同じB-2ランクまでしか現れないが、それだって絶対ではないし、B-2ライセンスはB-2ランクのモンスターに「一対一ならなんとか勝てる」レベルだ。自然形状が織り成すトラップも多いので、見えない疲弊も多分にあると考えるのが自然。
それが分かっているからシオも言い淀んだのだろう。であれば。
「雇用主として、探索に行くことは許可できない。今日は十分な休養を取るべき」
「で、でも! ほら! クレアさんの武器のおかげで戦闘も余裕でしたし、本当に元気なんです――」
「ダメ。許可できない」
「お願いします! アレニアが行けるB-3ランクの場所までしか行きませんから!」
「たとえシオのクラスより低いエリアでも迷宮内は危険。可能な限り万全な状態で無ければ不可」
「じゃあアレニア一人で行かせるんですか!? そっちの方がよっぽど危険じゃないですか!」
「え、えーっと……二人とも。私は一人で大丈夫だから」
「せや。二人とも落ち着き」
私は落ち着いているし、安全で合理的な主張をしているだけなのだけれど。
アレニアとクレアにたしなめられてシオは口をつぐんだ。けれど納得は行ってない様子。それでも迷宮内はいつどこで何が起きるか分からない。冷静な判断をするにはシオはまだ若すぎるし、経験を補える程圧倒的な実力を持つわけじゃない。
「……ノエルさんだって僕と一個違いじゃないですか」
「シオはアレニアの事が心配?」
「そりゃ……ずっと一緒にやってますし、大切な友達ですから。心配に決まってます」
「私も。そしてそれはシオも含まれる」そう告げると、シオが顔を上げた。「シオはこの後も成長する。それを油断でムダにしてほしくない」
「そう言ってもらえるのは嬉しいです。でも……」
「アレニアには私が付いていく」
そう言うと、今度はアレニアが「えっ?」と声を上げた。
「い、いいよ! そこまでノエルに迷惑掛けられないし」
「迷惑ではない。どのみち、魔晶石や食材集めに私も行かなければならない。予定を少し変えるだけ。それにシオは私と一緒の時にかなり深部まで潜っている。シオとアレニアは対等であるべき。この機会にアレニアも少し深めの階層まで潜る事を提案する」
「連れてってくれるの? ノエルがいてくれるなら安心だし、私もスキルで見れるマップが広がるからありがたいけど……本当にいいの?」
「問題ない。それとシオ。私が不在の間、ここは任せる」
「……分かりました」
「信頼している」
一言最後に言い添えると、シオの表情が少し緩んだ。良かった。私としてもシオを不快にさせるのは本意ではない。
「ありがと。ならお言葉に甘えさせてもらうわね。そんじゃ行きましょっか」
いつの間にか大きなパフェを食べ終えていたアレニアが立ち上がった。私も一度奥の部屋に戻り必要な準備をして店に戻ってくる。
「いってらっしゃい」
「気ぃつけてな」
シオとクレアに見送られて店を出る。細く入り組んだ通路を抜けて迷宮の本線に出たところで、アレニアが大きくため息をついた。
「ゴメンね、ノエル。アイツも心配性な上に頑固だから」
「アレニアが謝罪する必要は皆無。それに心配性なのは探索者として重要な素質。ただし、その心配をもう少し自分自身に向けることが必要と思料する」
「ノエルにも同じ事言える気がするんだけど?」
「私は兵器だから。誰かを守るのが役目」
たとえ私が壊れても、それで誰かを守れたのであれば、それは私という存在が役目を果たしたということ。人間らしくありたいと思うけれど、本来の役割を放棄する必要はない。
「それ、シオやクレアに言っちゃダメだからね? ノエルが死んじゃったら悲しむから」
「善処する。それより、クレアにお願いがある」
「私に?」
「肯定。今のシオは過信が見られる」
武器が手に入って実力が上がったからだろうか。クラスも昇格して、少し迷宮の危険を軽視しているフシがある。
「あー……確かにアイツ、単純なところがあるから。クレアからいい武器買って、少し舞い上がってるのかも」
「迷宮では一瞬の油断が命取り。彼と一緒に潜る時は十分注意してあげて欲しい」
私はもう、失いたくない。誰も、何も。クレアもシオもみんな大切な人。どちらかでも失ってしまったら、私は生き方が分からなくなる。そんな予感がしている。
だから何としても守らなければ。だけれど、シオの自由も奪いたくない。「束縛は、死と同義だ。そういう人間もいる」。エドヴァルドお兄さんもそう言っていた。
「難しい……」
「ん? なに?」
「独り言。気にしなくて問題ない。シオを宜しくお願いする」
「分かってるって。ちゃんと注意しとくから安心して。私にとっても大切な『弟』だからさ」
「『おもちゃ』と言ってたと記憶している」
「それはそれ。大切な人に変わりないわ。今は無き同郷のよしみだしね」
であれば安心。アレニアなら任せられる。
くすぶる不安に蓋をして、私はアレニアを連れて下層への階段を降りていったのだった。
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