1-3.どんな用事だろう
振り返ってみるが、姿はない。前を向くと再び気配を感じた。今度は振り返らずに横目で確認してみる。
すると一人の男性と思しき人影が私の後を付いてきていた。外套を頭から被っているため、顔は確認できない。息を潜めるようにし、足音も極力消す歩き方をしている。どうやら尾行しているらしい。数ヶ月前にやってきたハンネスたちのことが頭を過った。
(また他の国から来た……?)
今度はどこの国の諜報員だろうか。さすがにハンネスたちリヴォラント共和国は無いだろう。そうなると、メンツを潰されたエスト・ファジールがまた誰かを派遣したのだろうか? それとも、聖フォスタニアだろうか。リヴォラントとは違う他の小国かもしれない。
(でも――)
それにしてはどこかお粗末さを禁じえない。
気配の消し方は確かにそれなりだけれど、尾行の仕方は素人そのもの。気配は消しても姿そのものは消えないから振り返られた時にどう反応するかが尾行だと重要になる。
だというのに後ろの男は、私が視線を向けてから慌てて物陰に隠れる有様で、怪しくてバレバレ。今が早朝だから人がいなくて助かっているけれど、もう少し日が昇れば不審者として警察に通報されるレベルだ。いったい何をしたいのだろうか。
このまま無視をしてもいいけれど、他国の諜報員であればやはり釘を差しておかなければならない。なので誘い込むことにした。
人もまばらな大通りを曲がり路地へ。人気がゼロになったそこをそのまま奥へ進む。もう少し奥のさらに狭い路地へ入ったところで相手を待ち伏せよう。そう思ったのだけれど。
私が最初の路地に入った瞬間、尾行してきた男の足音が大きく、そして慌ただしくなった。どうやら私にまかれると思って走り出したらしい。
やっぱり諜報員にしてはレベルが低い。となると、街の人だろうか。いったいどんな用事があるのだろう。
少し迷ったが、予定通り奥の方まで誘い込むことにした。路地に入り込んだ男は肩で息をしていて、すでに隠れる気もあまりなさそうだが、私は気づいてないフリをして歩き続ける。
と、男は引き続き距離を取って私に付いてくる――わけではなかった。それどころかズンズンと歩調を上げて私に近づいてくる。
そして――男は私の肩をトントン、と叩いた。
そうなると、私としても無視するわけにはいかない。子どもの身なりをした私にどのような用件があるのかは分からないが、人知れず頼みでもあるのか。あるいは私が探索者だと知っていて、ひそかに依頼したいことがあるのかもしれない。
いろいろと頭の中で想定しつつ振り向いた。
その瞬間、目の前から街の景色が消えた。
(――……っ!?)
視界は一瞬真っ黒に染まり、そして浮かび上がってきたのは――私を取り囲む幾人もの大人たちの姿だった。
どこかの広い部屋の中。白い壁に囲まれたそこに立っていて、壁には大量の赤いものが付着している。
見下ろすと、私の体は血まみれだった。義手の銃口は熱を持っていて、左手の短剣から血が滴り落ちている。足元には無数の魔物たちの死体。それと――人間の死体が転がっていた。
その中の一つがうめいた。まだ私と同じくらいの子ども。彼女は口から血を流し、目からは涙を流しながら震える手で銃を私へ向けて。
そしてその頭が撃ち抜かれた。
(あ……あ……)
ベシャ、と私の頬に血がまとわりついた。私に銃を向けた彼女はそれきり動かなくなった。
彼女は私が撃ったわけではない。私は撃てなかった。撃ちたくなかった。撃たれても良かった。
彼女を撃ったのは周りにいた大人の一人だ。彼は煙の上がる銃口を下ろし、撃ち抜かれた少女を蹴り飛ばして道を作って、それから私の前に立って見下ろした。
私は恐る恐る彼の顔を見上げた。怖かった。体が震えた。だけれども、顔を見ないともっと怖い。
見上げた彼の顔は黒く塗りつぶされていて見えなかった。ただ、眼鏡が反射して光っていて、その奥でたたずむ彼の冷たい瞳が、不愉快さを物語っていた。
なぜ不機嫌なのか。分かっている。私は、彼の期待に応えられず殺し漏らしをしてしまった。
彼は抱いた不愉快な感情をぶつけるべく、銃を持った右手を私へと思い切り振り下ろしてきて――
「っ……!」
気づけば私も拳を突き出していた。
目の前にいたスーツ姿の男の腹部に、私の腕がめり込む感覚が伝わってくる。
その瞬間、私を打ち据えようとしていた男の姿が消えた。白と紅で彩られた部屋もまた蜃気楼のように消えていって、私も良く知る早朝の街が戻ってきた。
そして。
「……?」
代わりに、何故だか分からないけれど、先程まで私を追いかけてきていた男性が近くのゴミ山に倒れていた。口から泡を吹き、腹を押さえて気を失っている。
これは……私が無意識にしでかしてしまったと考えるのが妥当なのだろう。生きてはいるようではあるが、私の腕に残る感触から推察するに、たぶん……ほぼ手加減なしで殴ってしまった気がする。
しまった。どんな用件かも聞く前にやってしまった。当初の予想どおり他国の諜報員とかであれば気にしなくても良さそうだが、これでもし、本当に私に話があった一般市民であれば私はどうお詫びすればいいだろうか。
ともかくも、まずは介抱を。倒れた男性の襟元を楽にし、被っていたフードを剥ぎ取る。するとそこにあったのは。
「……」
口周りを覆うヒゲに白いものが混じる銀色の髪、それと見知った顔。
つまり私が殴ってしまったのは、つい数時間前にギルドでいろいろと騒ぎ回ったレオポルド・フランコその人だった。
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