1-1.どうやら曰く付きの人物
おまたせしました。
連載を再開しますのでぜひお付き合いくださいませ。
ルーヴェンのギルドは眠らない。いつだったか、探索者の誰かがそう言っていたのを私は思い出した。
ブリュワード王国の南部において最も巨大な迷宮都市。ここは街もギルドも二十四時間眠ることはなくて、夜が更けても完全なる休息には至らない。
やってくる探索者は後を絶たず、疲れた顔をした彼らは素材や魔晶石を換金してお金を得た途端、元気いっぱいになって夜の街へと消えていく。お酒を飲まない私はよく理解できないのだけれど、探索者の多くが語るところによれば迷宮に潜った後のお酒は格別らしい。なのでどれだけ迷宮から出てくるのが遅くなろうとも彼らはギルドにやってきて、宵越しのお金を得て飲み明かす。
ならば、当然のことながら夜間の窓口業務に対応するギルド職員も必要となるわけで。
「どうぞ、お受け取りください」
今日も私はランドルフに頼まれて、ギルド職員として働いている。
「おう、サンキュ、嬢ちゃん。
よぉーし、テメエら! 今日はこの金で飲みまくるぞぉっ!」
「おおおぉぉぉっっ!!」
差し出したお金を男性探索者の太い腕が鷲掴みにして、後ろで待っていたパーティメンバーと一緒に拳を振り上げた。肩を組んだり背中をバンバンと叩いたりと楽しそうにギルドを出ていき、彼らを見送りながら私は手元の書類を作成する。
こうしてギルドの窓口に座るのも三、四回目くらいだろうか。今しがた出ていった彼も最初は窓口に座る私の容姿に驚いていたようだけれど、以前に派遣されて行ったエナフの人たちほど面食らった様子は見せなかった。
探索者としても定期的にここに脚を運んでいるから、目にするのは初めてでもそれなりに私の存在も認知されてきたということと推測する。
「次の方、どうぞ」
自分の番を今か今かと待ち遠しそうにしている人たちを順番に処理していく。淡々と業務をこなしていけば次第にギルド内の人影も減っていき、やがて行列が途切れた。
壁の時計を見る。すでに日付は変わっている。この時間になるとさすがにやってくる探索者は少ない。今は他の窓口で対応を受けている探索者が数組だけだ。
残っていた書類仕事も片付けてしまい、やることもないのでジッと座って待つ。列は途切れたが探索者は断続的に現れる。そのうちまた私の所にもやってくるだろう。
そう考えていると、ギルドのドアが音を立てて勢いよく開いた。
「……うわ」
まるで私が入ってきた時みたいに全員の視線が入口へと向かい、入ってきた人物を認めた隣の女性職員が小さく声を上げた。
やってきたのは中年男性。口周りに白髪の混じったひげをびっしりと生やしていて、銀色の前髪をアップにしているが乱れていくつか前に落ちている。衣服や装備に汚れが目立つことから直前まで迷宮に潜っていたと推定されるけれど、顔は遠くからでも分かるくらい赤く、足取りもどこかおぼつかない。迷宮から出た後でそのまま酒場に直行し、痛飲したものと推定される。
彼は機嫌良さそうな顔で室内を見回して、そして唯一誰もいない窓口である私を見遣ると小さく鼻を鳴らして千鳥足で近づいてきた。
彼を待ち構えていると、隣の窓口の女性職員が「気をつけて」と告げながら私の手元にメモを一枚滑らせてきた。
差し出されたメモへ視線を落とす。どうやらやってきた酔っ払い探索者について教えてくれたらしい。隣の窓口で別の探索者の応対をしている彼女に目礼すると、微笑んでから「頑張って!」と口の動きだけで私に伝えてきた。
(レオポルド・フランコ)
ざっとメモを流し読みする。どうやらかなり曰く付きの人物のようだった。詳細はさすがに書かれていないけれど、酒を飲んでると難癖をつけてくるらしく他探索者ともトラブルの絶えない要注意人物。なるほど、対応に苦慮するタイプと容易に推測できる。
とはいえ、私のやることは変わらない。業務を適切に行うだけだ。
「ギルドへようこそ。素材の換金でしょうか?」
「ひっく……ああ、そうだ。よろしく頼むぜ、ちっこい嬢ちゃん」
だけれど、やってきたフランコは愛想よく笑いながら素材袋とライセンス証を差し出してきた。第一印象としては、お酒を飲んで気分がいいだけなのかもしれないがメモみたいな厄介な人物とは思えない。もっとも、かなり酒臭いのには閉口するしかない。
ともかくも素材袋を開け、中身をボックスに取り出しライセンス証を確認する。クラスはB-2で三四歳。結構なベテランらしく、剥ぎ取った素材を見ても丁寧な仕事が窺えた。これなら十分上質な素材と判定できる。名前は忘れたけれど、いつぞやのエナフギルドで問題だった不正探索者もこれくらいの仕事をして欲しいものだ。
モンスター素材の他には魔晶石。結構な数を集めたみたいだけれど、その中でも一際輝く魔晶石に私は目を奪われた。
「結構上等な魔晶石だろ?」
「同意する」
魔晶石は迷宮やモンスターから生成される、魔素が結晶化したものだ。加工によって上等な薬剤にも車両の燃料や爆薬にもなるし、観賞用の宝石にもなる。今や世の中に無くてはならないものといって過言ではない。
そして魔素が濃いほどその純度は高くなり輝きも増す。つまり、それだけの高ランクのモンスターを倒すか、迷宮の深部に赴く必要がある。見た限りだと、この魔晶石はAランク相当の場所じゃないと手に入らなさそうに思える。
「これをどこで?」
「ンなの言えるわけねぇだろ。へへ、だが安心しなって。ちゃーんと俺のライセンスでも入れる場所で取ってきたもんだからな」
それもそうか。もし未発見、或いは一般に知られていない場所ならば早々他者に教えるはずもない。稀だけど、低ランクの場所でも局所的に高濃度の魔素溜まりができて品質の良い魔晶石が取れる場所もある。おそらくは彼もそういった場所を見つけたのだろう。
ギルドに報告する義務もないため、私もそれ以上追求しない。モンスターの素材と合わせて基準表に従って換金額を算出し、明細を作成していく。
「お待たせしました」
「お、きたきた! へへ、待ってたぜ。さーて、これで明日も旨い酒が――」
揉み手をしながらフランコが明細とお金を受け取っていくが、明細を確認した途端に「あーん?」とガラの悪い声を上げて私を睨めつけてきた。
「おいおい、ちょっと魔晶石の額が間違ってねぇかぁ? こんな立派な魔晶石、早々は手に入らねぇんだぜ?」
「貴方の意見には肯定。しかし額については間違いではない。ギルドで買い取りする場合は上限額が決まっている」
ギルドでの買い取り価格はギルド規則で上限が定められている。これは、魔晶石の相場が上がりすぎるのを防ぐためと、大学等研究機関に比較的安価で研究用に卸されるための措置と理解している。
それでも一般的な品質の物と比べると倍近い値がついてはいるし、相場と比べてもそこまで低い額でもないのだけれど、残念ながらフランコは納得いかないらしい。
「コイツの価値を分かってんならそこをさぁ、もうちょっと融通を効かせるとかあるだろぉ? なんでもかんでも杓子定規に決めちまうってのはどうかって思うぜ?」
「規則は規則。職員が率先して違反するわけにはいかない」
「あー、だからぁ! 他にやりようがあるだろって言ってんだよ!」
先程までの機嫌の良さはどこへ行ったのか。フランコは左手の指で苛立たしげにカウンターを叩き、舌打ちして私に顔を近づけてきた。酒臭いので身を乗り出さないでほしい。
「た・と・え・ば! 他の魔晶石の値段に色をつけるとか、報奨金なんて名目で金一封出すとか、そういう事もできんだろ?」
「ならば問う。どれくらいの額を要求している?」
尋ねると、彼は口ではなくカウンターのペンを取って紙で提示してきた。
彼の書いた額は相場を大きく超えていた。この額を出す人間が皆無とは言わないが、到底「色をつける」というレベルではない。相当にふっかけた額と思料する。
「少なくともこれくらいは払って貰わなきゃな」
「ならばギルドでの買い取りはできない。お引取り願う。或いはギルド長と直接やり取りするか、希望の値段で買い取ってくれる相手を自分で見つけることを推奨する」
そう告げるとフランコは酒で赤らんだ顔をますます苛立たしげにしかめ、そしてダンッ!と拳をカウンターに叩きつけた。
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