5-5.シオには魔導生物の相手をしてほしい
「シオ。どうしてここに?」
「ノエルさんの危機を感じ取りまして……と言いたいところなんですけっどぉぉぉっ!?」
「がああああァァァァッッ!!」
どうやらシオは余裕綽々という体で登場したかったらしいけれど、残念ながら現実は非情。部隊長の男が小柄なシオを力付くで押しつぶそうとしてくる。
さすがにシオも単純な力比べでは敵わないので何とか体勢を入れ替えようとしているのだけれど、敵にうまく動かれて逃げられずにいる。敵に理性はほとんど無さそうだが、こういう訓練された動きはできるのだから恐れ入る。
なので。
「どいて」
敵の顔面に蹴りを繰り出す。勢いのついたつま先が頬にめり込み、頭が跳ね上がったところにそのまま回し蹴りをお見舞いする。
が、やはり致命傷には当然至らず、蹴り飛ばされた男は一度地面を跳ねたところで四肢を踏ん張って体勢を整えた。見た目だけじゃなくて動きも段々獣じみてきた。彼が今後人間に戻れるのか、敵ながら心配だ。
「はは……助けにきたのに助けられちゃいましたね」
せっかくかっこよく登場できたのになぁ、とシオがため息を漏らしたけれど、そんなことはない。非常に助かった。
それで、どうしてここに?
「実はクレアさんから頼まれまして。
一四.五ミリ弾と推進剤です。そろそろ切れる頃だろうからって」
敵からは目を離さずにシオが背負っていたリュックを渡してくる。さすがクレア。よく分かっている。届けてくれたシオにも感謝を。
しかしこの場所がよく分かったと思う。
「そりゃこれだけ派手にやってれば分かりますよ……街の方はちょっとした騒ぎでしたけど、何したんです?」
問題ない。ミサイルとRPGで少し遊んでいただけ。
「何やってるんですか……ともかく、お手伝いします。と言っても、装備が補充されれば僕の出番はないのかもしれませんけど」
そんなことはない。敵は二体。一人より二人で対応する方が安全で確実。
なのでシオには……魔導生物の方の相手を少ししててほしい。迷宮のモンスターレベルで言えばB-1くらい。時間稼ぎに徹すればシオでも対応可能と思料する。ただし、無理は厳禁。私の方が片付けば、すぐに助けに行く。
「了解です。かっこよく倒して良いところを見せたいですけど……探索者はかっこ悪くても生きてこそ、ですから」
「正しい考え」
シオもクレアも、末永く生きていてほしいと思う。でないと、一人残されたところで私は生き方が分からない。エドヴァルドお兄さんが死んだ時の、あのどうしようもない不安はもう嫌だ。
そんな気持ちは言葉にせず、飲み込んだ。
「じゃあ――行きますっ!!」
「■■■ッッッ――!」
シオが踏み込むと同時に魔導生物、そして部隊長「だった」男が跳ねた。
二匹揃ってシオの方へと向かう。本能的にシオの方が与し易いと判断したのだろうか。けれど、そうはさせない。
風魔導を瞬時に発現。一瞬で私の周囲に刃が現れて男と魔導生物の間目掛けて放つと、目論見通り二匹を引き剥がせた。
シオが魔導生物の方に向けて拳銃を発砲し引き付ける。私もシオとは反対方向に走り、ガトリングガンに一旦変更して小口径の弾丸を放った。
複数の弾が男に命中する。けれど、かすり傷程度で有効なダメージには至らない。それでも痛みはあるのか、命中を嫌がって男が私から距離を取った。
「なら」
この隙にリュックから外付けの推進剤を取り出し、脚の側面に装着。上空に跳ぶと、再びライフルモードに腕を変形し一四.五ミリ弾を手早く装填していく。
と、そこに獣の咆哮が轟いた。
「が■■アァァァッ――!」
足元から迫る、さらに肉体が変化した男の姿。空中にいる私へと猛烈な勢いで迫ってくる。
だけれど、もう遅い。
「――スイッチ」
バーニアを噴射して男のかぎ爪の攻撃をかわす。男の頭上を通過し、姿勢が上下逆転。そのまま男の背後に回り込むと、迷わず引き金を引いた。
ダン、ダン、ダン、と。都合三発の一四.五ミリ弾が男の四肢に吸い込まれる。さすがは一四.五ミリ弾で、威力はガトリングガンとは大違い。モンスター化した敵の肉体であっても容易く破壊して、手足が半ば千切れながら男が落下していく。
けれども、落下中にもみるみるうちにその傷口が回復していった。
「■■■■ッッッッ――」
着地した男の口から咆哮が放たれるけれど、もはや人間のそれじゃない。もうこれは、魔導生物が二匹になったと考えた方がいいと思う。たぶん、服薬の効果が切れても人間には戻らない。
ここまで殺した敵の分も含めて、私は空中で十字を切った。彼らの宗教は分からないけれど、エスト・ファジールならこの様式で合っているはず。神が私に手を差し伸べることはないだろうけれど、職務に忠実だっただけの彼らには救いを与えてほしいものだ。
男から幾つもの風魔導が放たれ、刃が向かってくる。さらにその奥から男が理性の消え去った真っ黒な目を向けて突進してくる。
風の刃を体をひねるだけで避け、振り下ろされた男の鉤爪をもバーニア噴射で避けると男と体を入れ替えて背後に回り込んだ。
「――安らかに」
そして男の後頭部めがけて引き金を引いた。
結末を詳細に口にする必要はない。頭を失った男の体が衝撃で転がり、そのまま動かなくなる。時間は掛かったけれど、これで私の方は終わり。
さて、シオはどうだろう?
「グ■ルゥ■■ゥッッ……!」
「くぅ……このぉっ!」
シオを振り返ると、期待通り魔導生物相手に頑張ってくれていた。
攻撃の火力不足は否めず、ダメージは与えられてはいないけれどもシオ自身も二つの頭からの攻撃を巧みに避けて大きなダメージは受けてはいない。
十分に時間稼ぎはしてくれた。成果を横取りするようで少し心苦しいけれど、続きは私が引き受けよう。推進剤と弾丸を持ってきてくれた件も含めて後でお礼しなければ。何をすれば喜んでくれるだろうか。
「シオ、避けて」
「っ、はいっ!」
そんな事を考えながら右腕を魔導生物に向け、引き金を引く。弾丸が放たれる直前にシオが素早く射線から離れ、一四.五ミリの弾丸が二発、魔導生物の額に命中。こちらはさすがに一撃では倒せないけれど大きく体をのけ反らせることに成功。
地面を蹴り、バーニアを最大出力へ。一気に加速し、そのまま敵へ体当たりした上で体を蹴り上げてさらに跳ね上げる。
さらに胸元に一発接射。巨大な生物がいよいよ仰向けに倒れ、背中のコブが押しつぶされて声が上がった。人間のような声の悲鳴で、シオが顔をしかめるけれど私は意に介さず魔導生物に近づき、しゃがみこむ。
巨大な体と地面に挟まれたコブ。そこにある人間のような顔を覗き込む。たぶん、この部分がこの魔導生物の「脳」に当たる。つまり、ここを潰せば終わる。
無防備なコブに銃口を向けると、その顔が穏やかに笑った。そんな気がした。
引き金を引く。一四.五ミリ弾が連続して放たれ、コブが破壊されたのを確認。赤黒いものが飛び散り、獣の部分の四肢がビクンと跳ねて、そして動きを止めた。
静まり返る。足元を流れ出た血が濡らしていって、今更ながらかつての戦場と同じ血と硝煙の匂いが立ち込めていることに気づいた。
銃口で体を突っついてみるけれど反応は無し。おそらくは人間のエゴに使われたであろう幾つもの生物に対し、私はもう一度十字を切った。
「……終わりですか?」
いや、まだ。
シオの言葉に首を振り、周囲の気配を探っていく。
空気の流れと息遣い。それを感じ取り、息をひそめつつ逃げようとしていたスパイのリーダー格の男を見つけた。
私の視線に気づいた男が走る速度を上げた。けれど――まだ貴方には帰ってもらうわけにはいかない。
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