5-4.間に合って良かったです
「やむを得ん……! アレを出せ!」
部隊長の男が私を睨みつけながら部下に指示を出す。やる気十分なのは結構だけれど、まだ奥の手があるということなんだろうか。戦力の逐次投入は悪手なのだけれど。
「しょ、正気ですか!? 確かに連れてきてはいますが……!」
「構わん! 研究員どもも性能を確認したいと言っていただろう。どの道……我々の任務は失敗だ。このままおめおめ帰ったところでどんな処分を受けるかは目に見えている。ならば……多少なりとも成果を持って帰らねばならんっ……!」
話を聞く限りかなり「ヤバそう」な代物らしい。
隊長に胸ぐらをつかまれていた部下の男がためらいながらも笛を吹いた。
甲高い音が夜空に鳴り響く。やがて静寂。だけどその静寂が痛すぎるくらい静かで、違和感を覚える。まるで、何かに怯えてあらゆる生き物が息をひそめている。そう思える。
すると聴覚が音を捉えた。足音だ。何か……生き物が飛び跳ねているような、そんな音が次第に近づいてくる。
そして、影が月明かりを遮った。
「上。逃げて」
「え――」
私が警告を発するけれど、笛を鳴らした男は頭上から迫ってくるそれに気づくことなく――押しつぶされた。
着地の衝撃で砂塵が舞い上がる。すぐに風でそれが押し流され、晴れた視界に現れたのは、脚で踏みつけた男に喰らいつく異形の生物だった。
その姿は、異形というのはまさにこういうことを言うのだろうとつくづく思わせられるもの。
全長は、尻尾の先まで含めて四メートルくらいはあるかもしれない。四本脚で立つそれは一見して巨大な犬を思わせるけれど、まず頭が二つの時点で生物としておかしい。しかもその頭部分は皮膚が剥がされたようにヌラヌラとしていて、目の部分が空洞になっているように真っ黒。鋭い牙が見えている口にある舌はそれぞれ二つに分かれていて、今は男という「餌」を咀嚼している。
背中にはコブ。その先からは頭を抱えた人間の上半身に似た物体が突き出していて、口からは低い声で何かをつぶやき続けている。目に当たる部分は真っ黒で、それが私を見つめて離さない。見ているだけで嫌悪感が勝手に湧き上がってくる、そんな代物だ。
「ひぎぃぁぁぁぁっっっ……!」
もう一つの頭が、残ったもう一人の男に喰らいついた。悲鳴がすぐに途絶える。が、部隊長の男は部下の死を悼む気はないらしく、狂ったような笑い声を上げていた。
「は、はははははっ……! どうかね、コード00! 我がエスト・ファジール帝国の技術の粋を集めて作り出した魔導生物は!」
魔導生物。魔導を用いて生物を改造し、本来の能力より遥かに優れた生き物を生み出す技術で、生命の冒涜だとかいう理由で当然各国で禁忌とされている……はずなんだけれど、どうやらエスト・ファジールにとってはそんなルールなんて有って無いようなものらしい。まあ、でなければ私を無理やり連れて行こうとはしないか。
さらに。
「そしてぇ……!」
部隊長の男がなにやらカプセルを取り出して自分の口の中に放り込んだ。
その途端、彼の体が変質を始めた。体が肥大化し、暗闇に溶け込むための黒いスーツが千切れて肌が露わになる。筋肉は不自然に盛り上がって、肌が段々と浅黒く変色。両腕は地面にまで長く伸びてまるで腕が脚と化したみたい。彼が顔を上げると、異常に大きくなった黒目が不気味に私を捉えた。
「何を飲んだの?」
「くくく……なぁに、人間を精霊に近づけるための薬だよ。貴様みたいにな」
人間を精霊に近づける。そのフレーズと、もう一匹の魔導生物の姿が合わさって私の記憶が刺激された。
どこかの実験室。ベッドに寝ていた私くらいの男の子に何かが投与される。すると男の子が苦しみだし体が瞬く間に異形化して――不気味な叫び声を上げながら死んだ。
記憶の中のシーンが変わる。別の場面では、檻に入れられた巨大な生き物が暴れ回っていた。幾つもの生物を合体させたような、そんなフォルム。気持ち悪いという当時の感情が呼び起こされるけれど、それを堪えて記憶を覗き続けていると檻を破壊して研究員たちを殺し、さらに私に襲いかかってきた。
そうだ。それは施設で私が可愛がっていた犬が実験に使われた成れの果てだ。結局は私が泣きながら処理した記憶が蘇ってくる。
「さぁて……それではこの肉体の性能――貴様で確認させてもらうとしよう!」
「■■■■■ォォォッン――!!」
興奮し、血走った目で部隊長の男が地面を蹴り私へと迫ってくる。それに呼応するように魔導生物もまた耳障りな咆哮を上げ、私に喰らいつかんとばかりに二つの大口を開けて飛び込んできた。
胸の内で暴れる感情に蓋をして私はステップしてバーニアを噴射。一度後ろに下がり、距離を取りながら思考を再開する。
魔導生物に魂の精霊化。どちらも私が収容されていたヴォルイーニ帝国の研究所で研究されていた技術だ。国の滅亡と共に消え去ったと思ったけれど、少なくともエスト・ファジールにその技術は回収されていたとみて間違いなさそうだ。
男の口ぶりからして未だ試験段階らしい。そんな簡単に自分の物にできる技術じゃないと推量するけれど、誰かが言ってた「エスト・ファジールの技術力は世界一ィィッ!」というのもあながち誇張ではないということなんだろう。
「ともあれ――」
まず私と肉薄したのは魔導生物の方。ならばこちらから処理する。
右腕の銃口を向け、ガトリングガンを発射。無数の弾丸が魔導生物の肉体に吸い込まれていき――しかしそのことごとくが弾かれていった。なんとなく予想はついていたけどやっぱりダメか。モフモフした見た目によらず皮膚は固いようだ。
「うおぉぉぉぉっっ!」
雄叫びを上げて半ばモンスターと化した男が腕を振り下ろす。最初は単なる打撃に思えたのだけれど、その途中で急激に爪が伸びていくのが見えたので魔導生物への攻撃を停止し、地面に転がって回避した。
起き上がりしなに男へ銃口を向ける。が、すぐに魔導生物の方が迫ってきたので再度回避行動を優先。
「ガトリングガンがダメなら――」
戦闘モードを素早く変更し、ライフルモードへ。巨大な銃口が右腕に現れ、引き金を引くと凄まじい衝撃と共に巨大な銃弾が飛び出していった。
「■■■■ォォォッッッ――!!」
さすがに魔導で強化された一四.五ミリ弾までは防げないようで弾丸が二発、二つの頭のそれぞれ首元を貫通し、それぞれ悲鳴じみた耳障りな咆哮を上げた。
けれど、この生物の生命力は半端なものではないらしく、胸の辺りから紫色の血液を撒き散らしながらもなお変わらぬ速度でこちらに近づいてきた。どうやら私を含め、この手の生き物は生き汚いみたいだ。
「なら」
命が終わるまでその肉体を破壊するまで。地面を蹴りバーニアを噴射して上空へ舞い上がり、魔導生物の攻撃を避けると再び銃口を向けた。
「がああああァァァァッッ!!」
しかし引き金を引く前に、男が凄まじい跳躍力で上空の私に迫ってきた。おそらくは風魔導による補助をくわえているのだろうけど、ここまで跳べるとは。少々驚きだ。
見た限りだと精神的にはすでに異常の域に達している。しかし魔導生物の隙を埋めるタイミングで攻撃を仕掛けているあたり理性は残っているらしい。
だけど慌てることはない。バーニアを噴射して男の攻撃を回避しようとする。
が。
「っ……?」
ガクンという衝撃が襲って体勢が崩れた。足元を見れば、バーニアの出力が不安定になっている。しまった。そういえばそろそろ補充の時期だった。
高度が下がり、目の前には真っ黒な目を見開いた男の姿。対処方法を高速で思考し、決断した。
バーニアをカット。頭が下となるように体勢を変えることで男の腕を回避。そしてライフルモードとなっている右腕を男の横っ腹に叩きつけた。
「がっ……!?」
男が落下していき、代わりに私が上になって男の頭に照準を定めた。
スイッチ。つぶやいて引き金を引く。けれど、カチッという音だけで弾が発射されることは無かった。
バーニアに続いてこちらも弾切れ。急遽予定が決まったからしかたのないことだけれど、せめて予備の弾丸くらいは準備しておくべきだったと反省。けれど、のんびり反省している暇はない。
着地と同時に魔導生物がまた襲いかかってきたので、前足の攻撃を回避して義足で顎を蹴り上げると頭が跳ね上がった。だけどさしたるダメージには至らないようで、ギロリとその大きな眼で私を見下ろすと鋭い牙で噛みついてきた。
体を捻り、ステップを踏んで攻撃を回避。素早いけれど一体だけならあしらうのも容易。
なんだけど。
「うおお■■ぉぉォォ――!」
獣じみた雄叫びとともに男がまた接近してくる。まったく、こちらもタフだ。
前からは魔導生物、後ろからは元・人間。バーニアは切れて、かつ弾切れ。どう対応すべきか。冥魔導はできれば使いたくないのだけれど、こうなるとやむを得ないか。
覚悟を決め、私は内に眠るもう一つの魂を呼び覚まそうとした。
が。その時、また新たな何かが急速に近づいてくるのに気づく。新たな敵か、とも一瞬思ったけれど、それにしては敵意や悪意というものを感じない。
木々の隙間を駆け抜けて飛び出した誰かが、私と男の間に割って入る。男の巨大な爪を剣で受け止め、踏ん張って突撃を止めてくれた。ならば、と私は振り下ろされた魔導生物の前足をつかむと、勢いを利用して投げ飛ばした。
砂煙を上げて魔導生物が転がっていくのを確認し、そして振り向く。するとそこには、私も良く知る人がいた。
「間に合って良かったです、ノエルさん」
男と剣で押し合いながら、シオがそう言って嬉しそうに笑ったのだった。
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