5-3.化け物め……!
先制してきたのは敵の方だった。
「――」
いささかの躊躇もなく引き金が引かれ、私へと無数の弾丸が襲いかかってくる。
けれど、ムダ。銃弾が貫く直前、私はバーニアを噴射させながらステップをして射線から逃れる。
すると私がいた場所が瞬く間に蜂の巣になる。その様を眺めながら上空へ。雲間から覗く月を背に地上を見下ろし、私は右腕を戦闘モードに移行した。
空へと回避しても私に降り注ぐ弾丸の雨は続き、そこに風魔導や焔魔導が入り混じる。どうやら言葉だけでなく本当に私を破壊するつもりのようだ。
「回避行動を優先。並行して接近行動を開始」
夜空の中を錐揉み旋回し、立体機動でそれらすべてを回避。銃弾や魔導の隙間を縫って接近しながら、ガトリングモードの右腕を地上へと向けた。
「――スイッチ」
連続した射撃音が空へ響く。おびただしい数の銃弾が右腕から放たれて地上へ掃射すると、敵が散開していく。けれど私の銃撃は単なる銃撃ではなく、対モンスター用に魔導で強化された銃撃だ。
弾としては小さい部類だが、一気に敵のいた場所の地面が破壊されて小さなクレーターがいくつもできていく。穿たれた土や小石がまた新たな弾丸となって、敵から悲鳴が上がっていく。ダメージは小さいながら敵の集中を削げたはず。
そのまま地上付近へ急降下。回避行動を継続しながら地面スレスレまで降りると、一人の敵の眼前に接近した。
「……っ! この――」
銃口が私の額に向けられる。が、敵が引き金を引く前に銃口を弾き飛ばすと、掌底で顎を跳ね上げる。
敵の膝がガクンと落ちた。一撃で意識を刈り取り、倒れてくる体を蹴り飛ばして他の敵へとぶつけてやる。
「コイツっ……!」
「遅い」
その隙を狙って背後から魔導と短剣が迫ってくる。不意をついたつもりだったのかもしれないが、接近は音で丸わかりだ。
背を向けたまま体を半身にすると、顔のすぐ横を真っ赤な焔が通り過ぎていく。髪が何本かは焼け焦げたかもしれないが、ダメージはない。さらに体を捻りながら突き出された短剣を避け、脇で敵の腕をロックするとそのまま肘をへし折る。
「ひぎゃあああっ!」
「お静かにお願いします」
耳元で悲鳴をあげられると頭がガンガンするほどうるさいので、殴って気絶させる。これで三人は倒したけれど、まだ十人は残っている。
散り散りになった敵もすぐに体勢を立て直し攻撃を浴びせてくる。それを受けて私も空中へと舞い戻ったけれど、今度は単なる回避で終わらせるつもりはない。
バーニアを噴かせながら敵の方へと向き直ると脚を変形。義足の両外側を開くと、ポッドが迫り出し、ミサイルが敵へと向かっていった。
「っ……! 回避ィィィっ!!」
戦闘部隊の隊長らしき男が叫び、敵が一斉に逃げ出す。その中を白い煙をたなびかせ、計八発のミサイルが着弾した。
響く爆発音。暗い森を炎がまばゆく照らしていく。揺らめく炎と舞い上がる煙を見ながら着弾地点の周辺を確認すると、数人が新たに転がっているのを確認した。
これで大体半分。損耗率が五〇パーセントにもなれば、軍なら壊滅判定。撤退の動きを見せてくれれば手間も省けて助かるのだけれど――
「死ねぇぇぇっっ!!」
叫びながら敵から魔導が飛んでくる。どうやらまだ敵も戦闘意欲旺盛な様子。したがって私も付き合うことにする。
飛来してきた魔導攻撃を回避。旋回して避けつつも私は右腕を地上に向けて引き金を引こうとし――
「――っ?」
背後から風切り音が突如として響いてきた。
反射的に首を倒すと、一発の銃弾が私の頬をかすめて通りすぎていった。
振り向く。が、そこには誰もいない。ならば、と地上に残った敵を観察していくと、一人が悔しそうに私を見上げていた。
そいつが気を取り直して私に銃を放つ。さらに魔導も唱え、焔魔導がうねりながら私に迫ってきた。
念を入れて、今度は余裕をもって回避する。けれど回避したはずの攻撃は、私を通過した後で急激に向きを変えて背後から私へと再度迫ってきた。
「スキル、か……」
おそらくは<誘導追尾>。その名のとおり、種類を問わず対象とした相手へと攻撃が追尾していくスキルだ。
バーニアを噴射して、追尾してきたそれも回避。だが、変わらず私を追いかけてくる。さらに他の連中の攻撃も追加。銃弾と魔導が乱れ飛びまさに雨あられ状態。状況としては厄介。
とは言っても。
「対処は可能」
このスキル自体は珍しくないし、対処法は幾つかある。バーニアをさらに噴射させて上空へと舞い上がりながら私は敵へと振り返り、スカートの縁をつまみ上げた。
軽くスカートを振るう。すると内側に取り付けてあった金属の塊が地上へと落下していった。
「ば……回避、回避っ!!」
どうやら私が爆弾をばらまいたと勘違いして、地上の敵が再び散り散りになっていく。失礼な。ここは戦場ではないし、そんな場所で無差別に爆弾をばらまくほど戦争狂ではない。兵器ではあるかもしれないけれど。
地上に落下した物体が破裂――はせずに、衝撃でヒビが入り中から煙が噴き出していく。
「煙幕……!? クソッタレ! 何も見えねえ!」
「風魔導だ! 風魔導で吹き飛ばせ!!」
たちまち煙幕で何も見えなくなり、煙の中から敵の叫ぶ声が聞こえてくる。部隊長の指示は冷静で適切だけれど、敵の意識が削がれたこの僅かな時間で十分。
追尾してくる敵の攻撃を引き連れたまま地上へと舞い戻り、煙の中へと突っ込んでいく。
「――フライ」
風魔導による補助をしながら超低空で滑空。声や足音、それに心臓の音で視界は悪くても敵の位置を捕捉できる。地面スレスレを飛び、敵の合間を縫って通り過ぎると後方から次々に悲鳴が上がった。どうやら狙い通りに追尾してきた弾が敵を貫いてくれたらしい。
やがて。
相手の放った風魔導によって風が吹き荒び、立ち込めていた煙幕が一気に晴れていって。
「よし、これで――っ!?」
その時にはすでに、私はスキル持ちである敵の眼の前で銃口を向けていた。
ためらいなく引き金を引く。敵がそうであったように。右腕の義手から弾丸が次々と飛び出し、一瞬で敵を穴だらけの屍に変えた。無惨な死体になったことに同情はするけれど、敵に容赦をする必要性は感じない。
「うおぉぉぉぉぉっっ! 死にさらせっ!」
追い詰められた声が響く。振り返れば、敵がRPGを私へと向けていた。
轟音。巨大な弾頭が至近距離から放たれ、旋回しながら瞬く間に迫ってくる。
回避は不能。間に合わない。
直後、凄まじい熱風が私を包み込んだ。
「っ……は、はは……やった……! やったぞっ!」
「念のためと思って持ってきてたが……まさか使うハメになるとは」
「だがこれならコード00だって!」
歓喜の声が聞こえてくる。さすがにRPGのような大型武器が直撃すれば、いかに私のような兵器であっても倒せたと思ったのだろう。
だけれど。
「残念」
私の声が響いた途端、男たちの歓声がピタリと止んだ。
今度は私が風魔導で爆煙を吹き飛ばしてやる。そして連中の前に黒い影をまとった私の姿を晒してやると、歓喜が瞬く間に絶望に変わっていったのが分かった。
正直、今のは危なかった。生身だと怪我くらいはしたかもしれない。だけれど、冥魔導による影の盾がすべての熱と衝撃を吸い付くしてくれた。RPGといえども、精霊たるもう一人の私が繰り出す冥魔導を突き破るには至らない。
影を解除し、メイド服のエプロンについたホコリを軽く払い彼我の状況を改めて確認する。
私はダメージはゼロ。一方の敵戦力は残り四人。スパイのリーダー格と部隊長らしき男、それとその部下が二人だけ。
さて、決着はすでに着いたと考えるけれど。
「ば、化け物め……!」
何を今更。私がそんな代物だと分かったうえに仲間に引き入れようとしてたくせに。
罵られて多少の痛みを覚える。けれどそれだけだ。手も脚も機械仕掛けで魂すら精霊と融合した私。兵器だろうが化け物だろうがそんな言葉で傷つく心はとっくにどこかに消し飛んでいるのだから。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




