4-4.貴方はどこまで知らされている?
「どないしたんや、ノエル?」
クレアの声が、思考に埋没していた私を引き上げた。
なんでもない、とクレアに答えて、それからハンネスに正直に告げた。貴方の生き方は素晴らしい。尊敬に値する。だけど、それでも生き延びたいならば今の仕事を辞めて逃げた方がいい。
「……それは、協力してもらえないということかな?」
申し訳ないが、問いに肯定する。
「どうして!?」
「理由は話す。けれど、私からも問う。貴方は――どこまで私のことを知らされている?」
尋ねると失望を露わにしたハンネスが、今度は戸惑いを見せた。
「どこまで……? いや、自分で調べた事を除けばそれほど多くはない。聞いていたのは『鋼鉄の乙女』と呼ばれた兵士が存在して戦時中に多大な戦果を上げたことと、ヴォルイーニ滅亡後に行方不明になっていることくらいかな? 後は君を捜し出して協力を取り付ければ、必ずや戦況を変えられるはずだと……」
「ならば、私が精霊と融合しているということは知っている?」
秘密を打ち明けるとハンネスは驚きを隠さなかった。どうやらそこまでは知らなかったらしい。同じく初耳のアレニアも目を丸くしていた。
「え、うそ? 本当に……? シオも知ってたの?」
「うん、まあ……ちゃんと教えてもらったのはこの店で働き始めてからだけど」
「調べている途中でそういう噂は確かにあったが……ただの噂じゃなかったのか」
「真実。でもヴォルイーニでもそのことを知っていたのは極わずか。荒唐無稽な話に聞こえるから、知らないのも無理はない」
ハンネスに知らされなかったのは、それが知る必要がないと判断されたものと推量する。だけれど、どの国もトップに近い人間は私の事を知っているはずだ。まして、諜報能力に優れているリヴォラントであれば。
「推定するにリヴォラント共和国の本当の狙いは、精霊と人間を融合させるその技術を手に入れること。しかしながらその解明には時間もコストもかかるうえ、実現できるかも不透明。仮に協力し、幸運にも量産できたとしてもその頃には戦況は悪化していると思料する」
実際、ヴォルイーニも私の開発者が去ってからは技術の再現も量産もまったくと言っていいほど進まなかった。
それに。
「圧倒的な物量の前には、私みたいな人間を増やしたところで無意味」
局地的な戦闘には勝てるかもしれないけれど、それで戦争に勝てるくらいなら先の大戦のような大規模戦争にはなっていない。
「なので協力できない。私に拘るよりも、戦争を回避する他の方法を模索することを推奨する」
「……君の言うとおりかもしれない。だけど、だけど……!」
「なあ、ハンネスはん」
なおもハンネスは食い下がろうとした。が、そこにクレアが割って入った。
「アンタ、家族はおるか?」
「あ、ああ。妻と、もうすぐ十歳になる娘が一人いるが……」
「なら、も一つ質問や。アンタが連れて帰りたがっとるノエルやけど、幾つに見える?」
「幾つって……十歳くらい――」
私を横目で見ながら回答する途中で、ハンネスが固まった。
どうやら、彼も気づいたみたいだ。
「精霊と融合した時点で人間的な成長は相当に緩やかになるんや。んで、知っとるか? 精霊と魂を融合させるんなら、生命力の強い幼い子どもの方が成功確率高いらしいで」
つまりは。
「それって……ハンネスさんの子どもくらいの、ですか?」
「せやろな。ま、実際のとこは成功例がノエルしかおらんから理論上は、ってことやろうけど」
もし私が協力すれば、私という成功例にならって同じくらいの年齢の子どもから実験と研究を始めることは容易に推測できる。そして、国が追い詰められれば追い詰められるほどにその狂気は増していって、余計に命を命とも思わなくなる。
かつての、ヴォルイーニ帝国のように。
「故に私は貴方たちに協力しない。これ以上ムダな犠牲を出さないためにも」
ハンネスもそうした未来が想像できたらしく呆然として、それから天井を仰ぎ、最後には顔を覆って押し黙った。
「そんな……そんなことあるはず――」
「無いって言い切れるんか? ま、ノエルの秘密を教えへんかったアンタの上司連中を信じられるんやったら、好きにすればエエ。どっちにしろ、ウチらは目一杯抵抗させてもらうで」
クレアがキセルに火を点けてながら皮肉っぽく言い放つと、ハンネスは再び押し黙った。
そのままどれくらい時間が経っただろう。ようやく顔を上げたハンネスがゆらりと立ち上がった。
私に向かって歩き、だけどそのまま横を通り過ぎて店の方へ進んでいく。多少は気持ちの整理がついたのかもしれないけれど、まだ私の拒絶が受け入れがたいのかもしれない。彼の背中を丸めた後ろ姿は、ひどく小さく見えた。
「ハンネス」
「……ノエルさん」ハンネスは立ち止まったが振り返らない。「一度目は君に見逃してもらい、二度目は助けてもらった。いわば二回も君に命を救われてる。そして……貴重な情報もくれた。だから……君のことは諦めることにするよ」
大きくため息をつき、腰に手を当ててハンネスは言った。その様子から推測するに、気持ちとしては諦めきれていないのが窺える。それでも彼は諦める、と口にした。
なので。
「理解、感謝する」
「とんでもない。私の方こそ感謝してもしきれないくらいさ。
皆さんもありがとうございました」
礼を述べてハンネスは店のドアを開け、一歩外に出たところでもう一度立ち止まった。
「ノエルさん」
「何?」
「もし、今の仕事を辞めたら……今度は客としてここに来てもいいかな?」
「歓迎する」
一言、そう答えるとハンネスは振り返って「ありがとう」と穏やかな表情で笑った。
そして店の出入り口にあるステップを降り、店から離れていく。もう、彼が私の方を振り返ることはなかった。
私は見えなくなるまで彼を見送った。今度は彼の言うとおり客として来てくれるだろうか。そんな期待を抱きながら店の中へ戻ったのだった。
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