4-2.いや、今は無理をする時だよ
「まずいですよ、ノエルさん……! このままじゃ!」
「分かってる」
幸い、男性も大きな岩の直撃はかろうじて回避していた。だから致命傷までは至っていないはず。間に合った、とは言い難いけれどまだ助けられるはずだ。
走る私の背からアレニアには降りてもらい、シオの手を放して腕を変形させる。右腕から瞬く間に銃口が現れ、軽く跳躍。照準器の中心にアラクネスキュラを瞬時に合わせ、轟音を響かせて弾丸が発射された。
発射された十四.五ミリ弾が敵に着弾。男性に馬乗りになろうとしていたアラクネスキュラの体がふっ飛ばされていくのを確認した。体からは体液が流れ出てダメージは大きいものと思料。だけど致命傷に至ったわけではなく、敵は私たちの方へと向き直り触手のような脚をクネクネと動かした。
「……行きますっ!」
向かい合った敵に最初こそシオは怖気づいた仕草を見せたけれど、すぐにショートソードを握り直すと体を低くして加速。アラクネスキュラとの距離を詰めていった。
「シオ! 気をつけて!」
「分かってるっ!」
アレニアが後方から両手の拳銃で援護をして、飛来した銃弾が私の、そしてシオの横を通り抜けて次々に敵に命中していく。有効とはいえないけれど、アラクネスキュラが鬱陶しそうに脚を動かした。
「――ウインド・ブレイク!」
シオが左右にステップをしながら風魔導を唱える。それで敵が放った糸を払い除け、払いきれなかった分をかわしながら少しずつ近づいていく。そこに危なげはない。この様子なら大丈夫。敵はシオに任せて私は男性の救助へ向かった。
その時、敵が一際大きな奇声を上げた。
「■■■■ッ――!!」
「っ……!」
中々当たらない自身の攻撃と、ダメージは無いものの妨害をしてくるアレニアの攻撃に業を煮やしたのか。そんな知性がモンスターにもあるのかは不明だが、ともかくも再び周囲の岩石が持ち上がり始めた。どうやら地属性魔導を今一度放つつもりらしい。
けれど、そうはさせない。
「――スイッチ」
男性の方へ走っていた私だったけれど振り向いて跳躍し、連続で弾丸を発射。持ち上がっていた巨大な岩を砕いていく。さらにおまけの一発でアラクネスキュラをもう一度横倒しにすることに成功した。
側面からさらに体液が流れ落ちる。ダメージを与えることはできたものの、まだ倒すには至らずアラクネスキュラがすぐに体勢を立て直す。が、すでにシオが肉薄している。
「はぁぁぁっっっ!!」
鋭く踏み込み、力強い一撃。ショートソードの刃と敵の脚がぶつかり、キィンと甲高い音が鳴り響いた。
アラクネスキュラが唸り声を上げ、脚を振り回した上に踏みつけようとしてくる。さらに糸や粘液での攻撃も加わり、息をつく暇を与えない。
地属性魔導も脅威ではあるけれど、この近接攻撃もあなどれない。それでもシオはなんとかかわしながら斬撃を繰り出していた。
けれど。
「くそぅ、ダメだ! 攻撃が通らない……!」
シオの攻撃速度は私から見ても中々で、剣戟の威力も魔導で底上げされているけれど、やはり火力不足。アラクネスキュラの固い外殻を破るには至っていない。
となると、だ。
「アラクネスキュラの上面を狙って」
急所を狙うのが早いだろう。アラクネスキュラの上面は他の部位より比較的柔らかい。シオの攻撃力でも十分通るはず。
とはいえ、シオはすでに攻撃をかわすのに精一杯になってきていた。アレニアも援護はしているけれど、後方支援タイプだから接近は難しい。
シオに任せてみようと思ったけれど、このレベルの敵だと倒すのはまだまだ難しい模様。それでも、今のクラスからすれば十分すぎるほど頑張った。
ならば男性を安全な場所に移動させて後は私が引き受けるべき。そう判断したのだけれど、背後で庇っていた男性がおもむろに立ち上がった。
「無理しない」
「……いや、今は無理をする時だよ」
この声は。
聞き覚えのある声に振り返る。けれども、顔をキチンと確認するより早く男性が私の横を駆け抜けていった。
左腕は負傷しているのか力なく下に垂れてて、頭部からは血が滴り落ちている。それでも走る速度はシオに勝るとも劣らない。
けれど、彼はただ走っていった。真っ直ぐ、愚直に。当然ながら、そんな移動ではいくら速くとも敵の良い的でしかない。
「ちょっ、避けてっ!!」
アレニアが叫ぶ。
私たちの視線の先で、アラクネスキュラの周囲に再び礫が浮かび上がっていた。
ただし今度は数が大量で数え切れないほど。一つ一つは逆に小さいけれど、数が多いせいでライフル弾では撃ち落とすのは困難。
果たして、無数の石の弾丸が彼に向かって打ち出された。直前に私もバーニアを噴射させて彼に追いつこうとする。けれど私が盾となる前に、石たちが彼を撃ち抜いた。
はずだった。
「消、えたっ……!?」
石が確かに彼の体を貫いたはずだった。タイミングからして回避は不可能。なのに彼の体がすっと溶けるようにいなくなった。
シオだけでなく私でさえもその動きを捉えられなかった。今の動きはおそらく、と思考が巡りかけたところで彼の声がした。
「ノエルさんのおかげで弱点が分かった。感謝するよ」
次の瞬間、彼の姿が現れた。アラクネスキュラの直上に。
まるでワープしたように突然現れると、そのまま手に持ったショートソードを突き出しながら落下した。
ショートソードがアラクネスキュラの弱点である上面を貫いていく。剣の根本まで深々と突き刺さり、アラクネスキュラが奇声を上げながら暴れるけれど彼は剣を決して離しはしなかった。
やがて敵が動きを止め、グラリとその巨体が横倒しになる。
「危ない」
敵が倒れていくのと一緒に投げ出された男性の体を受け止める。彼自身も力尽きたみたいに受け身すら取る様子も無かったので急いだけれど、なんとか間に合った。
腕の中にいる彼の顔を覗き込む。その顔はやっぱり――
「ハンネス」
「……やあ。はは、まさかこんな再会になるとはね」
どうして貴方がここにいる?
「どうしても君にもう一度会いたくてね。だけど、まさかこの階層であんな強いモンスターに遭遇するとは思わなかったよ。君に会う前に死ぬことも覚悟したけれど……弱点を君が教えてくれたからスキル<一撃必殺>が間に合った。まあ、おかげで……今はこの体たらくではあるけどね」
先程の攻撃は、やっぱりスキルによるものだったか。詳細は知らないけれど、行使による消耗も激しいのだと推察する。彼の状態を確認すると、あちこちに傷もあってダメージはかなり深そう。
攻撃前にも伝えたけれど、無理をする必要は無かった。貴方が戦わなくても私なら消耗なしに倒せた。
「だろうね。君はコード00だから。でも、君のところに押しかけたようとして敵に襲われたのは私だ。なら、無理をしてでも私が倒すべきだと思ったのさ。それがせめてもの誠意だから」
もっとも、結局は君の手を煩わしてしまったのだけれど。
最後にそう付け加えて彼は大儀そうに息を吐いた。
「すまないけれど……少し疲れてしまったみたいだ。できれば安全な場所に寝かせておいて、ほし、い……」
そして私の腕に抱かれたままハンネスは寝息を立て始める。やってきたシオとアレニアが動かなくなったハンネスを見て心配そうにしていたけれど、寝てるだけだと伝えると二人とも安心して胸を撫で下ろした。
「お話されてましたけど……お知り合いですか?」
肯定する。知り合いというのが数日前に出会ったばかりのものも含むのであれば間違いなくそう。
けれど。ハンネスは私にとって招かれざる客であることも確か。私に会いに来たと言っていたが、私は会いたくはない。彼の要件は一つしか無いのだから。
とはいえ、このままここに放置すればモンスターの餌食になるのは確定的に明らか。そんなことをすれば今の私の存在意義を損なう。不本意ではあるけれど店に連れて行くしか無い。
簡単な応急処置をすると、再び彼の体を抱えあげて私たちはカフェ・ノーラへと戻っていったのだった。
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