3-4.ガチでヤバい話やからな
「なんやて?」
カフェ・ノーラに帰り着き、クレアに報告すると彼女は義手をいじっていた手を止めた。彼女が驚いた声を上げたことで誰もいないホールの床を磨いていたシオも手を止め、ロナもカップから口を離して私へと注視してくる。
「ホンマかいな? どこの国や?」
「リヴォラント共和国。他の国からの接触はない」
「さよか……ま、もう五年も逃げ回っとるんや。そろそろっちゃそろそろの頃合いやろうな。最初がリヴォラントっつうのはちょっと意外やったけど」
私も同意する。
諜報のレベルはだいたい国力と相関するけれど、あの小国が真っ先に私にたどり着いたということは驚嘆に値するレベルで、それだけハンネスが優秀だったということだろう。
「んで、そのスパイはどないしたんや? まさか殺したんか?」
いや、脅しだけで解放した。むやみに人を殺すのは良くないこと。
「この店で客にも迷わず銃ぶっ放すアンタが言うのもどうかと思うけど……上等や。敵とは限らんし、戦争しとるわけやないからな。確かにポンポン人殺すんは良くないことや」
「あの」クレアと話している途中でシオが声を掛けてきた。「お話中にすみません。その、どうやら僕だけ会話についていけてないみたいなので……」
ロナは私たちの事情を知っているので、この場ではシオの言うとおり彼だけが蚊帳の外にある。
もし話せない、と伝えればおそらくシオは黙って引き下がってくれると推測する。けれど彼もノーラで働いているし、ロナを除けばこの街で最も私たちと接点がある人物だ。
ここは話しておくべきだろう。クレアの顔を見ると、彼女もうなずいた。
「ノエルが元々軍人やったって話は聞いとるな?」
「え? あ、はい。先日教えてもらいました。確か、精霊と融合したとか何だとか……」
「せや。追い詰められて頭ヤバなったヴォルイーニの連中が作り出した、とんでもない技術。それがノエルには使われとるんや。あ、先に言うとくけど、この事はガチでヤバい話やからな。間違っても他の人間に話したらアカンで?」
クレアは半分冗談めかした口調で話しているけれど、実際には冗談では済まない話になる。シオにもそれは伝わったらしく、こめかみに汗をにじませながらゴクリと喉の鳴る音が聞こえた。
「分かりましたけど……そんなにヤバい技術なんですか?」
「ヤバいも何も、やり方は禁忌中の禁忌や。材料は純度の高い魔晶石とぎょうさんの人間の魂。魔晶石から取り出した魔素を媒介に人間の魂を変質させたら、そいつを接着剤みたいにして精霊とひっつけてすこーしずつなじませてようやく完成するらしいで」
「材料が人間の魂……? それって――」
「それ以上言わんでええ。そういうことや。詳細は知らんけど人間の命を何とも思っとらん、悪魔のような所業や。いや、悪魔以下やろな。反吐が出る」
クレアが吐き捨て、シオも押し黙った。クレアがキセルを取り出して煙を大きく吐き出し、気持ちが落ち着いたようで話を再開した。
「ま、そんなとんでも技術を使った歴史上初めて精霊と融合しの人間がノエルっちゅうわけや。ノエルが奇跡的な成功例やったんかヴォルイーニは量産化できへんかったみたいやけど、それでもどこン国も喉から手が出るほど欲しい技術でもあるはずやし、ノエルを取り込めるんなら取り込みたいはずや。周囲の人間を殺してでも奪い取りたいくらいの、な」
シオを脅すつもりもあるのだろう。クレアは少し大げさに話しているけれど、決して嘘ではなく、実際にそのくらいの価値はあると私自身理解している。
もしも私を研究し、安定して私のような人間を生産できるようになれば、その時は戦争のパラダイムシフトが起きると推定される。そして、そのために多くの犠牲が生まれることになるのは間違いない。
「だから、私たちは迷宮の中にいる」
もちろん人助けをしたいというお兄さんの願いを継いだことも理由だけれど、迷宮に住まう一番の理由はいろんな国から受ける干渉から逃れるためだ。
迷宮に住んでいれば人目にもつかないし、たとえ私の存在が公に知られる事になっても、迷宮というのは建前上中立な立場のギルドに管理されているから表立って国が手を出しにくい。
「ここにおったらノエルを捕まえよう思うても軍を送ることもできへんしな。せいぜい腕利きを数人単位で送り込んで外に引っ張り出そうっちゅうくらいやろうけど、ンな相手ノエルからしたら蚊に刺されるようなもんやからノープロブレムっちゅうわけや」
「蚊に刺されるのは煩わしいから困る」
「迷宮内に住んでるのはそういうことだったんですか……」
「そういうことや。ノエルが言うように蚊みたいな連中が群がってくるんも煩わしいし、ノエルを直接どうこうできんって思うたら奴ら、間違いなくウチやシオを狙ってくるで」
「僕、ですか?」
「せや。ウチも多少腕に覚えはあるけどノエルほどや無いしな。捕まえてしまえば脅迫なり交渉の材料にするなり使い道はぎょーさんあるで」
具体的に指摘されて、ようやくシオも自分の立場に思い至った模様。表情から推測するに、最初は困惑が大きかったものの、段々と顔色が悪くなってきた。
「二人とも。ちょっと脅かしすぎじゃないかい?」
確かに。まだハンネスが私に接触しただけで驚異が差し迫っているわけでもないのに、脅しが過ぎたかもしれない。話していたクレアもロナにたしなめられて少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「せやなぁ。ま、そこまで心配せんでも大丈夫や。単にここで働いとるっちゅうだけやったらたまに来る客と変わらんしな。ノエルならまだしも、一般の探索者に手ぇ出したってバレたら連中の立場も悪うなるやろし、そこまで能無しやあらへんやろ。それに、万が一があってもノエルがきっと助けてくれるで」
「約束する」
クレアもシオも、今は私にとって最も身近な人間だ。他の探索者ももちろん要すれば助けはするけれど、優先順位は二人の方がずっと高いし、まして私のせいで累が及ぶのであれば私自身を差し置いてでも助けるつもりだ。
その旨を二人にも伝えると、クレアは「期待しとるで」と笑ったのだけれど、シオの方はなんとも言えない顔をしていた。やはり脅しすぎて怖気づいたのだろうか。とはいえ危険は危険なので、もしこの店を辞めるのであれば引き止めはしない。
「ビビっちゃったのは事実ですけど、大丈夫です。辞めるつもりはありません。ただ……ノエルさんに負担を強いるしかないのが残念なだけです」
「負担ではない。当然のこと。シオが残念に思う必要はない」
「ですけど……」
「まま、シオにもプライドがあるっちゅー話や」
どういうことなのだろう? いわゆる人の心の機微とされる部分については、相変わらず私は察するのが苦手だ。
「ま、ウチらの事情はそないなトコなんやけど……ほんで、どないするんや、ノエル?」
しばらくは迷宮内にこもるつもり。外でしか手に入らない食材などは今日買ってきたし、銃弾とかも備蓄してある。節約すれば、一、二回くらいは外への買い出しをスキップできると推測できる。
「了解や。生きてく分にはモンスターもおるから問題ないしな。
てなわけで、シオもよろしく頼むで」
「分かりました。僕もしばらく注意しておきますし、教えて頂いた話も口外しませんから安心して下さい」
そうして貰えると助かる。とはいえ、もし本当に身に危険が迫ったら迷わずバラしてしまっても構わない。
私の秘密よりもシオの命の方がよっぽど大事。買ってきた荷物を収納するために背負い直しながら最後にそう付け加えると、シオは少し嬉しそうにはにかんでから、床掃除を再開したのだった。
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