3-3.次に会った時は、容赦はしない
「先程の質問は、単に私の要求に従うか貴方の意志を確認しただけ。言葉を交わして分かった。貴方が属しているのはリヴォラント共和国の諜報機関」
この男がどこの所属かは、言葉の端々に現れる訛りで分かった。上手にブリュワード語を話しているし、意識しても普通なら分からないレベルだけれど、微かにリヴォラント語の発音が窺える。
私が看破しても男は苦痛に顔を歪めるだけで反応はない。が、心臓の音や左腕から伝わってくる筋肉の強張りから彼の動揺が分かる。
「改めて用件を問う。私に接近した理由は?」
「……答えるならちゃんと面と向かって話したいな」
「要求を通せる立場じゃないことを理解してほしい」
銃口を頭に押し付けたまま腕をひねり上げていくと、上がる悲鳴の声が大きくなった。
「合理的な判断を求める」
「っ……! わ、分かった! 分かったよ! このまま話す!
じ、実は我が国としては『鋼鉄の乙女』たる君に協力を求めたいと考えているんだ」
その名前を出すということは、やはりそういう案件か。ほんの少しだけ平和的な用件であることを期待してたけれど、残念だ。
「隠遁していた君ならあまり情報を得ていないかもしれないが、近年リヴォラントはエスト・ファジールから様々な圧力を受けているんだ。
リヴォラントはエスト・ファジールと比較するまでもなく小さな国だ。このままでは私の祖国も君の祖国――ヴォルイーニのように飲み込まれてしまう。そうなる前に……どうか君に力を貸してもらいたい」
「『力を貸す』の内容が曖昧。要求は何?」
「君のその身に宿している力。それをリヴォラントの国力強化に役立てて欲しい」
押し付けた銃口を無視して、男は首を強引にひねり私を見上げてくる。私が押さえつけた場所が痛むのか、脂汗がにじんでいるけれども彼の目は私をまっすぐに捉えていた。
「国を、リヴォラントを救うには君の力が必要不可欠。私はそう思っているんだ。
傭兵として共に戦ってくれるのが一番ありがたいが、魔導の知識でも戦闘技術でも、はたまた君のその体に使われている義体技術でも何だっていい。我々の知らないエスト・ファジールの情報を知っているのであれば、それでも構わない。
もちろん報酬や待遇は最大限配慮する。何不自由無い暮らしを保証するし、望むなら表舞台に出てこず静かに暮らしてもらって構わない。
だから……どうか我々に協力してほしい」
熱のこもった鬼気迫る演説ではあった。それだけにリヴォラントの追い込まれ具合がよく伝わってくる。
だけど。
「断る」
私には関係のない話だ。
エドヴァルドお兄さんは「困っている人がいたら助けろ」と私に命令した。が、その対象はあくまで個人に限ると解釈している。ここでリヴォラントに協力したら、また戦争に参加することと同義だ。たとえ、今が戦争状態に陥っていないにせよ。
「コード00という兵器は、すでに破棄された。そう理解してもらいたい」
「そんな事を言わないでくれ……!」見つめてくる瞳に悲痛が走った。「頼む、君だってヴォルイーニの軍人だったんだ。祖国が滅ぶその苦しみは理解できるだろうっ……!」
「事情には同情する」
それでも私の答えは変わらない。
お兄さんは、もう人殺しはうんざりだと言っていた。たくさん人を殺した分、今度は人を助けたいと願っていた。
戦争も終わった。私が兵器であること、それ自体はきっと変えられないけれど、それでもその役割は放棄できる。
私はたぶん、これからも誰かを殺す。必要があればためらうつもりもない。だけど、それを望んでいるわけではない。
私が彼らリヴォラントに付くということは、お兄さんの願いと努力に反することになる。なぜなら私という存在――力、そして知識はまたたくさんの人を殺すだろうから。だから同情はしても協力はできないし、するわけにはいかない。
「……」
「名前は?」
「……ハンネス・パルヴァだ。ハンネスと呼んでくれ」
無言で私の主張を聞いていた男に名前を問うと、すぐに返答が来た。これが本名か偽名か定かではないけれど、どちらだってかまわない。
馬乗り状態だった体をどかせて彼を解放する。急に自由になったことに戸惑いながら立ち上がった彼に向かって私は「ハンネス」と名前を呼んだ。
「繰り返す。私は貴方たちに協力はできない。けれど安心して欲しい。私はどの国にも協力することはない」
「……」
「だから今日のことはすべて忘れてしまうことを希望する。私は、コード00はもう存在しなかった。これ以上の詮索は止めて、そう報告するのであれば私も今日のことは忘れる。けれど」
「……けれど?」
「もし、諦めないというのであれば――」
頭の中で方程式を演算し、一瞬で風魔導を発動させる。圧縮された風が鋭い刃となりハンネスの頬を浅く斬り裂いて、赤い血がにじんだ。
「――次に会った時は、容赦はしない」
そう告げて背を向けると、私は置いていた荷物を回収して路地を後にした。
私に対して敵意も悪意も感じられなかったし、他に私を追跡している存在も見られなかった。私の存在を知っている諜報員は、今のところはおそらく彼のみ。
なので彼が諦めて、国にも私が「死んでいた」と報告してくれればこれ以上私を追ってくる者もいなくなる。それを期待しているのだが、果たしてどうなるだろう。
ひょっとしたら、殺してしまった方が正解だったのだろうか。そんな考えが過ぎる。いや、きっとそちらの方が正解だったのだろう。
けれど私はそちらを選ぼうと思えなかった。ハンネスにも伝えたとおり、私は「兵器」であることを止めたのだから。
自分の選択に不安を覚え、それでも軽くため息をついてそれを抑え込むと、私はいつもより重たく感じる荷物を背負い、迷宮内へと戻っていったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




