2-4.茨の道でも進むのかい?
「最初は、単なる憧れでした」
ノエルから見た自分の最初の印象は最悪に近かったとシオは思う。
グリュコフたちの命令で酒の席に連れて来て、そのうえ娼婦のような扱いを強要しようとしたのだ。シオ自身は止めようとしたけれどそれも叶わず、彼女からすればグリュコフたちとひとまとめにして悪印象を抱かれていたはずだ。
けれども、彼女はシオたちをモンスターから助けてくれた。
少女だというのにその懐の深さに感銘したし、小さな体に見合わない強さで敵を圧倒する姿にも衝撃を受けた。とはいえ、今となればなんとなく彼女が自分たちにさほど関心を持っておらず、ただ彼女の思想に従った故の行動であると気づいてはいるが。
それでも、シオよりも小柄な体で見せつけた一方的な力の差。それに憧れた。純粋に、その強さに近づきたいと思った。最初はそこまでだった。
「もうノエルさんと会うことはないだろうなって思ったんですけどね」
しかし何の因果か、もう一度シオはノエルに助けられた。今度こそ死んだ。そう思えたほどの危機を彼女が救ってくれた。
憧れを、彼女の圧倒的な強さを再び目の当たりにして、運命だと思った。まるで少女漫画みたいだとシオ自身も思ったけれど思ってしまったのだから仕方ない。モールドラゴンを弾き飛ばし、シオにとって圧倒的強者であった敵を空中から冷静に見下ろす彼女。そこから目を離せなくなった。
それから彼の方を振り向いたノエルと目があった瞬間、その瞳の色に吸い込まれた。
決して暖かみがあるわけではない。逆に無関心で無感情な、まるで機械に見られているようだった。だけれども、その瞳の更に奥に何かしらのゆらめきのようなものをシオは感じ取った。
その瞬間、彼女に対して抱いた感情の幅が一気に広がった。単なる憧れを通り越して、彼女自身をもっと知りたいと思った。
少女にして何故そこまでの強さを持ち得たのか、四肢の殆どを義体化するに至ったのは何故なのか、どうして迷宮でカフェなんかを経営しているのか。
どうして――そんな瞳をしているのか。
彼女に関するあらゆる疑問が次々に湧き出して止まらなくなった。二回目に助けられたあの日から、彼女のことが頭から離れなくなっていた。
たぶん、これは一目惚れなのだと思う。彼女の事をよく知らず、会話さえほとんどしないままに、気づけば好きになっていたのだから。
そして、その想いは一緒に迷宮に潜ってから一層強くなった。
「ノエルさんって、いつも独りなんですよね、きっと」
誰かを守る。そのことが唯一の存在意義だと信じ、実行する。
自らを兵器と呼び、誰の助けも求めず誰かに助けられるとも思っていない。誰かに支えられることもなくただ生き続ける。その孤独な自らを、孤独だと気づいてもいない。
助けてくれる人は近くにいて、彼女が望みさえすればきっと生き方は変わるのに誰かの助けを望むことさえ知らない少女。
だから、シオは隣にいたいと強く思った。
「いつか……いつかノエルさんの隣に立って一緒に戦いたいんです。守るだけのノエルさんを、僕が守る存在になれればいいなって。
……って言っても、そうなるにはまだまだ道は長いんですけど。すいません、駆け出しのペーペーが何言ってんだって話ですよね?」
「いや、エエと思うで」
黙ってシオの話を聞いていたクレアが小さく頭を振った。そしてキセルを一度吸い込み、煙を吐き出しながら虚空を眺めるとシオの頭をポンポンと叩いた。
「まさかそこまでガチの告白されるとは思うてへんかったけど……シオの気持ちはよう伝わったで」
「シオくん」
ロナに名を呼ばれて振り向く。彼女は変わらず穏やかな笑みを浮かべていたが、その奥にいつもと違う雰囲気を感じ取りシオは幾分緊張して返事をした。
「はい」
「私は君よりはノエルのことを知っている。だから忠告するんだけど、きっと――君の進もうとしている道は相当な茨の道になる。それでも進むのかい?」
「もちろんです」
シオは迷いなく言い切った。
強い決意がみなぎる瞳。それを受け止めるとロナはフッと笑った。彼女のまとう雰囲気が一気に緩んでいく。
「その決意があれば大丈夫さ。数多の困難が待ち受けていようと必ず乗り越えられるよ」
「ロナはえらい固いこと言うとるけど、ま、なんや。あの娘もいろいろと難儀な娘や。相手にするん大変やろうけど、ウチの姫さんをよろしく頼むで」
クレアがそう言って笑うと、シオも若干相好を崩しながらも力強くうなずいた。そしてまた気合を入れてミノタウロスの脚を持ち上げると、バックヤードの解体室へと消えていく。
完全に姿が見えなくなるのを確認すると、クレアは頬杖をついてシオが入っていった方を眺めながらククッと喉を鳴らした。
「なるほどなぁ……アレニアの言うとおりや。気弱そうな見た目やのにあんだけ熱く想いを語られたら応援したくなるわ」
「そうだね。けれど……うん、目標に届くにはかなり大変そうだ。何度か――死ぬような目に遭わなければならないくらい」
意味深な物言いをしたロナに、クレアは怪訝そうに眉を歪めた。
「そら目標が高いからな。そのくらいの覚悟が無いとノエルに並ぶんはできんやろうけど……ひょっとして、シオのスキル『観た』んか?」
ロナは微笑むだけで答えなかった。が、それだけでクレアには彼女が肯定したことを理解した。しかしロナのその行為を咎めるでもなく、クレアは整備途中だった手元の義手に視線を落とす。
「強さで横に並ばんでもウチは別に構わへんけどな。願うんはノエルのことを理解して、んであの娘に『人間やで』って教えてくれること。それで十分や」
もっとも、それが難しいことではあるんやけど。
言い添えるとクレアは立ち上がり、きっと解体に苦戦しているであろうシオの手伝いに向かったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




