2-2.シオなら後れは取らない
ミノタウロスはまず牛に似た頭を店内に差し入れて、それから狭い入口に巨体を無理やり押し込んできた。
やがて体全体が店内にねじ込まれ、三メートルは優にある筋肉質の肉体が顕わになる。
鼻息は荒く興奮した様子。その赤黒い瞳でギロリとシオ、そして私を見下ろすと体を仰け反らせて歓喜と思しき咆哮を上げた。
「■■■ォォォォォォッッッッ――!!」
「うるさい」
けれどその咆哮もすぐに終了。
ダンッ、と私の右腕から轟音が響いて、銃口から煙がたなびく。招かれざる客を歓迎する十四.五ミリ弾がミノタウロスの開けた大口から頭蓋に向かって貫いていき、ゆっくりとその巨体が後ろに倒れていった。
「店内ではお静かにお願いします」
お店の中で大声を上げるのは迷惑極まりない愚行と言わざるを得ない。カフェはその穏やかで落ち着いた雰囲気を楽しむものであり、それを乱す者は何人であっても排除されるべきだ。
いつぞやに私をカフェに連れて行ってくれた時に、酒場と勘違いした酔客を魔導で店外にぶっ飛ばしながらエドヴァルドお兄さんがそう教えてくれた。もっとも、今の店内には雰囲気を楽しんでくれる客はいないのだけれど、そこは気にしない。
「もしかしなくても……倒してしまいました?」
そのつもり。
短く返答すると、腰の武器を握った状態で固まっていたシオがゆっくりとミノタウロスに近づき、短剣の先でつつく。が、頭蓋を破壊されたモンスターが動くことはない。
「すごい……ミノタウロスをたった一撃で」
「さすが。見事なものだね」
ロナが称賛してくれるけれど、ミノタウロスが銃撃みたいな物理攻撃が有効なうえに、間抜けにも大口を開けてくれたからできることでもある。もしこれがアンデッド系みたいな物理攻撃が効きづらい相手だとこうはいかないので、幸運だったともいえる。
私もモンスターに近づいて倒していることを確認。それからまだ少し呆然としているシオに呼びかける。
「モンスターは急にやってくる。驚くかもしれないけれど、慌てず落ち着いて対処すればいい」
カフェ・ノーラで働くということはこういう客にも対処することが求められる。理想を言えば店内で暴れられても困るので、今みたいに可能な限り一撃で決めるのが望ましい。けれど、そこはやってくる相手にも依るところなので拘る必要はない。
大事なのはあくまで他のお客様の安全確保。そのためならば多少の損害は目をつむる。
「大丈夫。シオなら大抵のモンスターにも後れは取らない。自信を持って良い。私が保証する」
これはお世辞でもなんでもなく、先日一緒に二十五階層まで潜った時の様子から判断した私の本音だ。シオにはそれだけの実力はある。今日は初日で何もかもが初めて。だから思ったように動けなくても当然。
「……はい、ありがとうございます。次は、キチンと一人で対応してみせます」
「その心意気は大事。だけど無理に一人でやろうとする必要はない。クレアもロナも戦えるから、チームで対応すればいい」
「せやで。ま、ロナは客やけど客と思わんと、こき使うてエエから」
「ひどい言い草だね。だけど、二人の言うとおり非常時には手を貸すから気にせず頼ってくれていいよ」
私たちが口々に伝えると、シオは苦笑しながらうなずいた。きっと次はうまく対応できると思料する。
さて。
私はバックヤードに一度下がり、準備してあった大きなリュックを背負ってホールに戻ると、クレアとシオが私、そしてリュックの荷物を見上げた。
「おっと、そういや今日は地上に行く言うてたな」
「溜まった素材とか魔晶石をギルドに卸しに行くんでしたっけ?」
「後は消費した食材とか弾丸の補充やな。他にも迷宮で手に入らへん素材とかも買うてきてもらっとる」
「……大変そうですね」
いつだったか「山が動いている」とも表現された、高く積み上げられた荷物を眺めながらシオがつぶやいた。客観的に見れば、きっとシオの感想は適切。
「僕も一緒に行きましょうか? 迷宮内を進むわけですし、人手はあった方が――」
「不要。問題ない」
傍目には大変に見えるというのは理解している。けれど私にとってこの程度の荷物はまったく負担ではないし、戦闘面においても支障はきたさない。
なので私の手伝いよりもシオにはミノタウロスの後片付けをお願いしたい。クレアと一緒にバックヤードで素材を剥いで、それから店内の掃除を。ああ、そういえばドアの修理もお願いしたい。
「……分かりました。ノエルさんが問題ないと仰るんであれば。でも十分に気をつけてくださいね。Sランクの人に僕なんかが心配するのも差し出がましいかもしれませんが……」
そんなことはない。気遣い感謝する。何事にも油断は禁物。心に留めておく。
「ほんなら宜しく頼むで。もし掘り出しもんでもあったら迷わず購入で」
「承知した」
クレアの念押しにうなずき、開放感あふれる入口を通りすぎステップを降りたところでふと気配を感じて振り向く。するとシオが入口のところまで来て見送ってくれていた。
改めて心遣いに感謝する。その意を込めて小さく会釈をして、私は地上へと向かったのだった。
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