4-2.最期に何を思ったのだろうか
死体を抱え、袋の中に寝かせていく。いずれも悲鳴を上げていただろう泣き叫んだ顔をしていた。作業をしながら、私は意識して彼らのことに思いを馳せてみる。
(この人たちは――)
最期に何を思ったのだろうか。死にたくなかった、というのは私にも想像ができるが、それはどれほど強い思いだったのか。
死にゆく間際に思い浮かべたのは何だろうか。彼らはどんな人生を歩んできたのだろうか。どうして探索者になったのだろうか。彼らを悲しむ家族はいるのだろうか。
あれこれと考えてみる。けれど、どれもぼんやりとして想像が難しい。
私が袋に詰めているのは単なる死体だ。それ以上でもそれ以下でもない。血や臓物で汚いとは思うが別に嫌悪感があるわけでもないし、恐怖や同情も感じない。
つまるところ、私はどんな興味も彼らに対し抱いていないという結論に辿り着く。シオは私を人だと言ってくれたが、果たして、こんな私は人なのだろうか。私自身が疑問に思う。
「こっちは終わりました、ノエルさん」
声を掛けられ思考を中断する。見ればそれなりの量が入るはずの遺品用の袋がパンパンに膨れ上がっていた。足元を見ると、散らばっていた物はほとんど回収されている。私が集める時は身分確認に必要なものと、いわゆる貴重品の類くらいだ。
そこまでやる必要はあるのだろうか。シオに問うと、
「そうですよね。量が多いと持って帰るのも大変ですし、安全を考えるなら最低限のものだけの方がきっと良いんだと思います。ですけど……やっぱり亡くなった人の物はできる限りご家族に返してあげたいですから」
そう返事がきた。それが人らしい感情なのだろうか。となると、さっきは人間に近づけてる気がしたが、やはり私という存在は人からはまだ程遠そうだ。
ともあれ、これで依頼は概ね完了。最後の死体を詰め終わり、袋を抱えようとしたところでそういえば、とシオが首を傾げた。
「この部屋に入る前に聞こえた人の声……あれ何だったんでしょうね?」
確かに。私も助けを求める声を聞いた。
「風の音を聞き間違えたんでしょうか?」
それはない。私は首を横に振った。あれは空洞音などではなく、ハッキリと助けを呼ぶ声だった。
ではその発信源は何か。袋の中の死体は、事切れてすでにそれなりの時間が経過しているのは間違いない。死体は声を発しない。どんな死体でも。
ならばあの声の正体について考えられることは二つ。一つは、まだこの部屋に生きている人間がいるということ。そしてもう一つは――
「――」
「……? どうしました?」
魔素的な反応を感じ取ってシオの方を振り返る。すると、その背後に黒い塊が浮かび上がっていた。
その暗闇の中からヌッと姿を現す頭蓋骨。さらに肉の無い骨だけの腕がシオに向かって伸びてきていた。
「シオ」
「はい?」
「しゃがんで」
短く告げ、シオが返事をするよりも早く私は腕の銃口を彼の背後に向け、発砲した。
響く銃声。慌ててしゃがみこんだシオのすぐ耳元を弾丸が通過していき、現れた骨だけのモンスターが弾き飛ばされていった。
「くぅ、耳がっ……」
幸いにして敵の攻撃がシオに届く前に、着弾したらしい。弾丸の音で耳を少々痛めた以外は特に問題はなさそうで、耳を押さえて悶えながらも立ち上がり私の隣で武器を構えた。
「ノエルさん、こいつは……?」
私たちが注視する中で、銃弾を受けた敵モンスターが起き上がる。着弾した頭蓋骨の一部が砕けてはいるものの、動きにダメージは感じられない。
落ち着いて敵の姿全体を観察。魔導士が着るようなローブをまとい、そこから伸びる頭や手足はすべて骨だけ。肉も皮もなく、だけれども頭蓋骨の目に当たる部分。そこの空洞の奥では薄暗い光が灯っていた。
「イミテーション・リッチ」
いわゆるアンデッド系と呼称されるモンスターで、人の声を真似て探索者をおびき寄せるのが特徴。つまり、先程の助けを呼ぶ声はこのモンスターが発生させたものである可能性が濃厚。
迷宮内で朽ち果てた探索者がモンスター化したものではないか、とも言われているが、詳細は未だ不明。ギルドの研究対象にもなっている。
そしてギルドが危険視しているモンスターでもある。討伐、或いは目撃報告だけでも報奨金を出すくらいだ。なぜならこのモンスターは、滅多に出現しないものの探索者を好んで襲う。
討伐ランクも高い。現状の位置づけはB-1、あるいはA-3。私にとっても油断はできない相手であるから、シオからすればかなり危険なレベルだ。
「っ……」
私の説明にシオの緊張度が増したのを感じる。
果たして、敵もそれを感じ取ったのだろうか。ボロボロになった杖を掲げるとそこに黒い靄が集まり始めた。
「冥魔導っ!?」
シオが驚きの声を上げた。冥魔導を使えるのは人でもモンスターでもかなり珍しい。リッチのことを知らなければシオの反応も当然だ。
黒い靄が矢に形を変え、放たれた。高速で飛来するそれを私とシオが左右に別れて避けると、着弾と同時に黒い焔がまるで生き物のように躍ってシオを飲み込もうと覆いかぶさってくる。
「うわっ!」
幸いにしてその焔の動きはそれほど速くはない。反応こそ遅れたものの、シオが地面に転がって回避すると焔は何もない地面にペシャリと貼り付いてから消えた。
さらにリッチが冥魔導を発動させる。見上げれば黒い雲が私たちの頭上に広がっていた。イミテーション・リッチは個体によって戦闘能力が大きく変わるけれど、この冥魔導の発動間隔から推定するに、かなり上位に位置づけられる個体だと考えられる。
「回避」
「はいっ……!」
雲から漆黒の稲妻が降り注ぐ。シオが私の合図に合わせて飛び退くと、着弾と同時に爆音が轟いて地面が大きく抉られていった。しかもそれが連続して降り注いでくるのが厄介。
「こっち」
「うわっとと……!」
シオは回避がやっとの状態。このままだと私から引き剥がされかねないので、途中からシオの腕をつかんで強引に引き寄せる。
バーニアの出力を上げて回避しながら高速で移動。リッチの背後へと回り込む。敵が振り向くがそれより早く、奴の頭部に大口径の銃口を向けた。
低く鈍い発砲音が響く。十四.五ミリの弾丸が命中し、一撃でリッチの頭部を半分ほど破壊した。
「やった!?」
「否」
シオが歓声をあげるけれど、このモンスターのさらに厄介な点が回復力だ。
消し飛んだ頭がみるみるうちに元の頭蓋骨へ戻っていき、ぐるりとこちらに向き直ると元の仄暗い虚の瞳が何事もなかったように私たちを捉えた。
イミテーション・リッチを倒すには「核」を破壊するしかない。けれど、それが体のどこにあるかは個体によって異なる。頭部にあることも多いから狙ってみたけれど、どうやら外れだったらしい。
リッチが冥魔導を唱えると十数本の黒い矢が頭上に浮かび上がり、再度私たちへ降り注ぎ始める。私は左手でシオの手をつかんだまま走り、攻撃を回避しながら右腕を変形。手首の先が折れて小口径のガトリングガンが現れた。
高火力でダメならば数で核を破壊する。リッチの体に照準を合わせて引き金を引こうとしたその時、リッチの体に黒い靄がまとわりついてその姿が消えた。
「消えたっ!?」
まさか空間移動の冥魔導まで使える個体とは思わなかった。これは危険。
気配も何も感じない。いつ、どこに現れるかがまったく読めないため周囲の状態に集中して気を配る。
やがて、私の中で精霊がうごめくのを感じた。
感じる微かな魔素の動き。そちらに向けば、シオの背後で黒い靄が浮かび上がっていて、その中からうっすらと頭蓋骨が覗き込んでいた。
「っ……」
「ノエルさん!?」
間に合わない。そう判断した私は黙ってシオの体を引き寄せ、代わりに私自身をリッチの前に晒し出した。
冥魔導が作り出した巨大な黒い手のひらが私に激突する。衝撃が体を突き抜ける。私の体は強かに弾き飛ばされ、壁へと激しく叩きつけられたのだった。
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