3-1.守ってくれるって心強いですね
かくして私とシオは店を出た。
小さめのリュックには回収用の遺体袋と生存者がいた場合に備えた応急手当セット、それと多少の食料を詰めている。それを背負って進みながら振り返りシオの様子を確認した。
採用の可能性が繋がったからと推測されるが、彼の顔は未だ嬉しそうに緩んでいた。彼の気持ちは理解できる。けれども、言っておかなければならない。
「今から向かうのは二十五階層。本来ならばシオのライセンスでは行くことができない危険な場所。私の手の及ぶ限り守るけれど安全は保証しない。死亡しても自己責任であることを理解してほしい」
そう伝えると、彼の表情が引き締まった。どうやら浮かれた気持ちを自覚したものと思料する。
私の後ろで剣と銃を握りしめ、周囲を警戒し始める。シオとの間に余計な会話はなく、迷宮内に響く空洞音や遠くモンスターの声だけを耳にしながら一階層ずつ降りていった。
途中に遭遇したモンスターは基本的に私が相手をしつつ、倒せそうな相手であれば援護しながらシオにも任せることにした。雇うのであれば実際の実力を把握したいと考えたからだ。
そして今、私は一歩引いた位置から彼の戦いの様子を観察していた。
「――ふっ!」
短く吐き出した息とともに地面を蹴り、銃で牽制しながら接近。モンスターの攻撃を軽やかなステップでかわすと、死角から右手のショートソードで斬りつけていく。流れるような動きは、彼の戦闘スタイルが十二分な戦闘数をこなしてうえで構築されたものであることを示しているように思う。
「これでっ――! ……倒し、たっ!」
シオよりも二周りほど大きいゴリラ型のモンスターが仰向けに倒れていき、シオが着地して肩で息をする。しばらく注視して様子を窺っていたけれど、敵が動かないと判断すると彼は嬉しそうな顔で私を見た。
「はぁ、はぁ……どうですか、ノエルさんっ!? 見てくれましたっ!?」
見た。見事な戦いぶりだったと思う。
そう伝えると彼ははにかんで頬を掻いた。
ここまでの戦闘を見る限りB-3ランクであれば単独でも問題なく倒せると思うし、今みたいなB-2ランクのモンスターも、一対一なら相性次第で十分渡り合える。この分だときっとB-2クラスのライセンスを取得できるのもそう遠くないものと推測する。
とはいえ。
「詰めが甘い」
「■■■――っ!!」
「っ……!?」
敵から目を逸して背を向けていたシオだったけれど、さきほどまで動いていなかった敵が急に起き上がってシオに飛びかかってきた。
戦闘が終わったと完全に油断していたシオが急いで剣を握る。けれども、反応は間に合わない。もっとも――敵の腕がシオを捉えるより先に私が放った弾丸がモンスターを吹き飛ばしたので問題はないのだけれど。
唖然とするシオの横を通り過ぎ、撃ち抜かれて倒れた敵へ歩いて行く。そしてその体を踏みしめると、だらしなく開いた口の中目掛けて銃弾を二発叩き込む。それでもまったく動かないので、今度こそ倒したものと判断した。
「ゴリラオークは死んだふりをすることがある。なのでこうして確実に倒したことを確認しなければならない」
「……すみません」
「問題ない」
実際、彼のランク以上だし初見の敵だ。知らなくてもムリはないが、シオは消沈して肩を落としたまま。
「大丈夫。今のは失敗じゃない。経験を積んだだけ。次に活かせば良い」
シオの肩を叩き励ます。お兄さんがかつて他の若い兵士に言っていたのを受け売りしただけだけど、シオには効果があったようで大きく一度息を吐き出すとまた力強くうなずいてみせた。
「そうですよね。次こそ頑張ります」
「その意気」
きっと彼なら同じ失敗を繰り返さないだろう。そう判断し、再び目標の階層に向かって私は歩き始めた。
そうして戦闘をこなしながら進むこと数時間が経過。迷宮探索が目的ではないので、通常の倍以上の速さで潜っていっている。すでに二十階層に達して、敵のレベルもB-2の中でも難敵とされるものが増えてくる深さだ。
振り返るとシオも懸命に付いてきているけれど、表情にはさすがに疲労が浮かんでいた。
「一度休憩する」
広い空間に入ったところでそう告げて、手頃な壁の窪みに座る。モンスター避けの簡易結界を設置し、飲み物をリュックから取り出してシオに差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「構わない」
受け取ったシオが私の隣に座り飲み物を流し込むと、大きくため息をついた。そして脚を投げ出し、壁に背中を預けて目を閉じる。やはり相当に疲れている様子。突然ランク以上のエリアを探索しているのだから無理もない。体力的にも精神的にもキツイと思料する。
「あはは、ですけど大丈夫です、これくらい。自分で選んで来たわけですし。それにノエルさんがいてくれるってだけで結構気持ち的には楽なんですよ?」
「何故?」
「だってどんな敵に遭遇しても、ノエルさんならきっとなんとか倒してしまうんだろうなって思ってますもん。最近はアレニアと潜ってて何回も死にそうな目に遭ってましたし、今回はその危険がないって思うと結構無茶もできますから」
シオが屈託なく笑いながら話す。私がモンスターにやられるとはまったく思っていないようだ。
彼の言うとおり、真正面からの戦いなら確かに負ける気はしない。けれど物事に絶対はない。だから必ずしもシオまで守りきれるかは分からない。でも、そこまで信頼されてるなら私も全力でシオを守ろう。
「ありがとうございます。誰かが守ってくれるって、やっぱり心強いですね」
そう言ってシオは嬉しそうに笑って水筒を傾け、けれども水筒から口を離すと少し表情が変わったのに私でも気づいた。
飲み物に何か変なところでもあった?
「あ、いえ。飲み物は大丈夫です。ただ……ちょっと死んだ母を思い出しちゃって。
ヴォルイーニ帝国から逃げ出した時も大変で不安だったけど、お母さんが隣にいてくれたことで安心してたなって。はは、すみません。母とノエルさんを一緒にしちゃって」
「問題ない」
精霊との融合による副作用なのか、軍属になる以前の記憶がまったくない私には母という存在がどういったものか分からないけれど、一般的には子にとって何より頼りになる存在。それと私を同じように感じてもらって光栄だ。
それよりも、シオもヴォルイーニの出身だったの?
「ええ。戦争が終わるちょっと前に母と一緒にこの国に避難してきたんです」
ならば、シオの母君が亡くなったのも戦争のせい?
「そう、ですね……直接戦争で死んじゃったわけじゃないですけど、避難してる途中は食べ物とかも全然なくて。手に入った食料も、お母さんは自分は食べずに全部僕に食べさせてくれてたんです。だけどその時の栄養不足が原因で、避難先で病気になっちゃって……」
話しながらシオの顔が険しくなっていった。
口は真一文字に結ばれて、両手も強く握りしめられている。抱いているのは当時のことに対する後悔か、それとも怒りなのだろうか。いつもの明るいシオの様子はまったく鳴りを潜めていた。
避難民であれば金銭的にも厳しく、医者にかかることもままならなかっただろうことが容易に推測できる。ブリュワード王国に流れ着いた後も、生活は困難を極めていたに違いない。
「申し訳ない」
「え?」
「国を守りきれなかった。それについてヴォルイーニの元軍人として謝罪する」
そのような生活をせざるを得ない状態に追い込んでしまった責任は軍に一端がある。私一人でどうにかできたわけではないが、それでもヴォルイーニを亡国にしてしまい、シオたち難民を作り出したのは国防を担う軍がふがいなかったからと考えるのが妥当。
今更謝罪したところでどうにかなるわけでもないが、やはり元軍人として謝罪はすべきだと思った。
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