2-1.私は弟分で遊ぶ――応援したいだけ
月曜日の朝の気晴らしにでもお楽しみくださいませ<(_ _)>
シオがカフェ・ノーラで働きたいと申し出て私が断ったその翌日。
「ノエルさん、僕をこの店で雇ってください!」
またしてもシオは私の前で深々と頭を下げていた。そのセリフといい角度といい、まるで昨日の映像を見ているような気分になるけれど、間違いなく現在進行系かつ現実にシオは目の前にいる。
彼の状態を確認する。全身にはまた真新しい傷がいくつもついていた。おそらくは昨日と同様に工事作業員の目を盗んで穴を降り、所有ライセンス以上のモンスターとの戦いを経た上でやってきたのだと思料する。
シオの後ろにはアレニアの姿。昨日来た時は彼女も楽しげだったけれど、今日は疲れ切って店の入口で両膝をついていた。
「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」
詳細な状況までは窺いしれないが、セリフから推測するにどうやら死線をくぐり抜けてきたらしい。シオもそうだけれど、何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか?
そう尋ねると。
「え? だって、私が居ないところで面白い展開になったら後悔するじゃない? 見逃すなんて、そんなの絶っっっっ対イヤよ!」
そんなよく分からない返答が来た。何がどうなったら面白い展開なのか。とりあえず理解できたのは、彼女の頭の中を推量するのは私には困難だという事実だけだ。
「シオを焚き付けたん、実はアレニアやろ?」
「失礼ね。私は後悔しないように行動しなさいって助言しただけよ。心のままに弟分で遊ぶ――コホン、シオの幸せを応援したいだけなんだから」
「遊ぶって今言ったね?」
「それで死にかけたら世話ないわな」
ロナ、クレアも含めた三人の会話は、相変わらずどうにも私の理解が及ばない。これも小さい頃から軍で生きてきた弊害なのだろうからどうしようもないけれど、そのうち私も理解できるようになることを期待したい。
そんな会話はともあれ。
「断る。理由は昨日と同じ」
二日連続でやって来られたところで状況が変わるはずもなくて、したがって私の結論も変わることはない。
それはシオも覚悟してたのだろうか。残念そうな顔をしたものの、やはり昨日同様に私をまっすぐに見て「また来ます」と言い残し去っていった。
「……ちょっとは休ませてよ」
ぼやくアレニアを残して。
それからも。
「雇ってください」
「断る」
数日おきに店にやって来ては頼み込むシオを一蹴し。
「そこをなんとか」
「話にならない」
「あ、クレア。今日のお勧めスイーツ一つちょうだい」
それでも諦めないシオと、断り続ける私という構図が日常風景と化して。
「雇ってくれるなら、今ならなんと途中で狩ったモンスターの食材がお安く!」
「……断る」
「今ちょっとぶれたやろ?」
そんな日々が続いておよそ三週間が経過したある日だった。
「最近、シオたち来ぃへんなぁ」
一週間ほど彼らが店に姿を見せなくて、客がロナだけという本来の状態――悲しいことだけど――が戻ったことでクレアが安否を気にし始めた時、私はドアに近づいてくる気配を感じ取った。
いつもどおり入口付近で待っているとドアが開いてベルが鳴る。そして久しぶりにシオとアレニアが姿を現した。
「いらっしゃい。しばらくぶりやけど、どないしとったん? 何や大事でも起きたんやないかて心配したで」
「ゴメンゴメン、ちょっといろいろあったのよ。まあそこは追々ゆっくり話すわ。それより、チョコレートパフェとコーヒーちょうだい。急いできたから喉乾いちゃった」
「すみません、僕もカフェオレを一つお願いします」
注文を受けてクレアと (なぜか)ロナが動きだし、その間に二人をカウンター席へ案内する。私も何かしらトラブルがあったのではないかと危惧はしていたのだが、体の状態を観察するに怪我などはなく元気そうだ。
「それと……何か軽い料理ってできますか? お昼がまだなんでお腹減っちゃって」
「あるで。しかもとっておきや。ノエルが作ってくれるで」
「本当ですかっ!?」
席に座りかけたシオが嬉しそうに私を振り返った。なるほど、こういう声色を「声を弾ませる」と表現するらしい。
シオにうなずいてみせると破顔して「楽しみにしてますっ!」と期待しかこもっていない声をかけてくれた。こんなに期待されるのは久しぶりだ。気合を入れて作らなければ。私はサムズアップで応えた。
キッチンに入り手早く準備を進める。せっかくの注文で、しかもシオは空腹。待たせてはいけない。
素早く食材を切って下ごしらえ。主食のパンを焼いている間にスープを作成し、温めている間にフライパンでメインディッシュを焼いていく。急いでいるからといってもお客様に出す料理。雑な調理ではいけない。丁寧に、かつスピーディに調理を進めていく。
私が料理をしている間にカウンターの方ではコーヒーやスイーツが出来上がってシオたちが堪能しているようで、やがて落ち着いたのか、クレアたちとの話し声がキッチンにも聞こえてきた。
「んで、二、三日に一回は来とったのに一週間も空いてどないしたん? どっか他所に旅行でも行っとったん?」
「二日に一回のペースでこんな場所に来るのも我ながらおかしいんだけど」
「実は、こっそりくぐってた穴がとうとう完全に塞がっちゃいまして」
なるほど。二人ともCランク探索者。この店に来る手段を失ったために間が空いたということ。
しかしそれなら――
「どうやって今日は来たんや? そんな都合よく新しいトラップ穴が見つかるわけもあらへんし、Bランクの探索者とパーティでも組んだん?」
「それも考えたんだけどね。相手を探すのも面倒だし、それこそこれからも都合よく見つかるとも限らないじゃない? だから、もっと確実な手段を取ることにしたの」
確実な手段……何だろうか?
疑問に思いながら、出来上がった料理を手に持ってカウンターへ向かった。
「確実な手段って何やの?」
「ふっふっふ……これを見てください、御三方」
私がホールへ出てくると、珍しくシオがもったいぶった言い回しをして何かを胸当ての下から取り出した。
そして、それを「バァン!」とカウンターに叩きつけた。
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