5-4.さよなら
「再度警告。人質を離して投降を要求する」
「……く、来るなぁっ!」
「投降拒否と認識。引き続き制圧へ移行する」
私が再度の要求するも残念ながら実らない。アンネの首に剣を当てたままフィリップが後退していく。
なので。
「あっ!?」
冥魔導による黒いロープ状の影をフィリップの背後に出現させ、それが彼の手に巻き付き締め上げていく。「いだだだだだだっ!?」と悲鳴が上がるが無視して剣を没収した。
さて、これで彼も無防備になった。人質になっていたアンネの手を引いてフィリップから引き剥がし、後ろに下がらせる。そして私が見上げると彼は歯を食いしばって、けれども震えているのか微かに歯が鳴る音が聞こえた。
一歩前へ進む。彼が一歩後退った。また一歩進み、彼が同じだけ退る。それを数度繰り返すと、フィリップの脚が壁にぶつかった。
「っ……う、おおおぉぉぉぉぉっっっ!!」
もはや逃げ場は無いと思ったのだろうか。彼は素手で襲いかかってきた。
私の頭部めがけて拳が振り下ろされ、けれどその拳を左手で受け止める。
「これまでで一番良い一撃だった。称賛する」
追い詰められたことで出た彼渾身の一発だったのかもしれない。とはいえ、絶対評価としては平凡の域を出ないのだけれど。
受け止めた彼の右拳をつかみ、強引に腕を持ち上げる。体をひねり、そして後ろにあったテーブルへと彼の体を投げ飛ばした。
音を立てて彼が弾み、顔から床へと突っ込んでいく。その背中にゆっくりと近づくと、私は振り向いた彼の額に右腕を突きつけた。
「あ、あ……」
先程のガトリングモードではなく、ライフルモード。十四.五ミリ弾の大きな銃口が彼の額にぶつかる。
「先程の銃は非殺傷弾だった。だけれど、こっちの銃にその弾は用意してない。なので間違いなく実弾。付け加えるなら、Aランク相当のモンスターにも有効な特殊な弾丸」
「ひ……い、やめ……」
「私はまもなく引き金を引く。怖がらなくていい。弾丸は貴方の頭部を破壊し、痛みを感じた瞬間に死ぬから苦しみは長くない」
「やだ……やだ……死に、死にたく、ない」
「罪状を確認する限り、直接貴方が人を殺害したことはない。ただし幸せだった家庭を崩壊させる、他の探索者を再起不能に追い込むなど、他人の人生を破壊したことは確か」
「お。お願いします、お願いします……命だけは……」
「さらに今、勧告を無視して私を殺害および逃亡を企てた。反省は見られず同情の余地はない」
「ご、めんなさい……許して、ください……」
「要求に応えることは不可。そのうえで問う――他人の人生を力で壊してきた自分が、力で破壊される立場になった気分はどう?」
問いに対する答えを彼は持っていない。無言になったフィリップへ、私は告げた。
「さよなら」
次の瞬間、けたたましい銃声が響いた。
銃口から煙がたなびく右腕をゆっくりと下ろした。
足元を見下ろす。そこには頭に大きな孔の開いたフィリップ――ではなくて、単に気絶しているだけの彼がいた。
私が放ったのは空砲。音は派手だけどそれだけ。銃口からはガス以外は出ていないのだけれど、効果は絶大だったらしい。倒れた彼は白目を剥いて口から泡を噴き出し、股間からは液体がどんどん染み出して水たまりを作っていた。
「怪我はない?」
「え、は、はい……大丈夫です」
部屋の隅で身を寄せ合っていたアンネたちに声をかけ体を観察してみると、彼女が答えたとおり大きな怪我は無い。ただし、二人ほど幾つかアザがあったのでここ数日内に暴力は奮われた模様。とはいえ、すぐに治療が必要なものでも無いので過度な心配は不要だろう。
「なぁっ!?」
そこにまた新しい大声が響き渡った。
部屋の入口へ振り返る。するとあごや腹部に脂肪が多くついて顔も体も丸い男性が、室内の様子を見て目を丸くしていた。
そして私は彼を知っている。アントン・ツヴァイク。ツヴァイク家という家名に聞き覚えがあったけれど、やっぱり彼の事だったのか。
「な、なんなのだっ!? 何が起こったのだっ!? おい、そこのメイドっ! どういうことか説明するのだっ!!」
アントンが私を見て大声で呼びつけてきた。ちょうどいい、商会の最高責任者である彼とお話ししておこう。
「フィリップ・ツヴァイクにはギルド規則に違反した数々の疑いがあり、ギルド支部長より出頭命令等が通告された。その他、彼には刑法に反する容疑がある。私が通告を伝えた後、不正な手段で連れてこられたアンネ・ミュルデルを保護しようとしたらフィリップが激昂して襲いかかってきたので迎撃した。以上」
事情を端的に説明すると、アントン・ツヴァイクが手入れの行き届いたカイゼルヒゲを上下に震わせつつ顔を真赤にしていく。こういうところは似ている。さすが親子と言わざるをえない。
「……今の口ぶりだとメイド、貴様がこの惨状を作り出したように聞こえたぞ?」
「肯定。戦闘行為を行ったのは間違いなく私。だがアンネ・ミュルデルを救出するためにやむを得なかった。正当な行為の結果」
「ふざけるなっ!! 何が正当な行為だっ! 私を誰だと思っている!? アントン・ツヴァイクであるぞ! 誰のお陰でこの古臭い田舎町が成り立っていると思っているのだ! 貴様、名を名乗れ! 我が息子に手を上げ、ツヴァイク家に土足で踏み込み荒らした責任、貴様とギルド長に生涯をかけて償わせてやる!」
「主張は理解した。私からも確認。エナフの町とギルド、両方ともツヴァイク家の実質的な支配下にあると考えるのは適切?」
「そうだ! 今更怖気づいてももう遅いわ! ひれ伏して謝っても許さんぞ!」
「こちらが謝罪する理由はない。確認したのは私の個人的な理由――聖フォスタニアの敗戦部隊の軍人がここまで出世してたことに少々驚いただけ」
真っ赤な顔で怒鳴り散らかしていたが、私が聖フォスタニアに触れるとその大声がピタリと止まった。
「な……何故そのことを知っている……? 我は誰にも教えておらぬはず……」
「質問に回答する。私は軍人時代に貴方と面識がある」
そう告げてみるが、いまいち彼はピンと来ていない模様。だけど私がカチューシャを外して、当時のように髪を後ろで縛ってみせると赤かった顔が青くなっていった。
「ま、まさ、か……き、ききき貴様は……あ、あの時の……!」
「あの時が大戦中の出会いを指しているのであれば肯定。貴方の部隊を壊滅させたのは間違いなく私」
かつてまだヴォルイーニ帝国が健在だった時。とある任務でエドヴァルドお兄さんと私は彼の部隊に潜り込み、壊滅させたことがある。警備はザルで潜入は楽だったし、戦闘でも抵抗らしい抵抗はほとんどなく、容易に壊滅できたのを記憶している。
部隊に紛れ込んでいたヴォルイーニを裏切ったスパイが殺害対象だったのだけれど、隊長であるアントン・ツヴァイクも殺害するつもりだったし、実際に私はエドヴァルドお兄さんにも敵は殲滅すべし、と進言した。けれどお兄さんは、ひたすら頭を地面に擦り付けて涙をボロボロ流しながら命乞いをしてきた彼を見逃す決定をした。「ムダに人殺しをする必要はない」と言って。
その後、アントンがどうなったかは関知してなかったけれど、まさか軍を辞めてこんな場所で再会するとは思ってもいなかった。偶然という不確定な要素を私は好まないけれど、こういうことがあると偶然を楽しむ人の気持ちが少し分かったような気がする。
「ああああの時は、いい命を助けて頂いててててありがとうございました……!」
そして彼は今、その当時と同じ様に震えながら床に頭を擦り付けていた。なお、別に私が要求したわけではない。
「礼を言われる理由はない。あの時、殺さなかったのは単にそこまでする意義が無かっただけ。それより貴方に確認したい」
「なななな何でございましょう!?」
「フィリップの行ったギルド規則や犯罪行為。貴方はどこまで関与している?」
チラリと顔を上げたアントンに見えるように銃口を揺らすと、彼は「ヒィッ!」と悲鳴を上げて頭を地面に押し付けた。
「そ、その……実は私も状況を把握できておりませんで……この町のことはむ、息子と名代に任せて私は他の街での事業に集中しておりました故に……」
「本当? ギルドや町の幹部への金銭は?」
「そ、それは……」
口ごもった様子から、どうやら贈賄による町とギルドの支配は彼の指示らしい。
「私は警察ではない。正義感による断罪も興味はない。ただ、私はギルドの職員。よってギルドへの不正な金銭援助は看過できない。したがって今後の送金を取りやめると共に、犯罪行為である町の幹部への贈賄を停止することを要望する」
「か、畏まりましたぁっ!」
「それから再度確認。贈賄以外には関知してないのは本当?」
「ほほほ、本当でございますっ! 誓って嘘は申しておりません! だからいいい命だけはぁぁぁっ!!」
この怯えぶりからしておそらく彼は嘘を言っていないものと推測する。
つまり。フィリップがギルドとこの町でやりたい放題していたのも、すべて彼の独断だったということなのだろう。
「ならこれ以上私が貴方に対して何か行動を起こすことはない。その代わり、息子であるフィリップの後始末、特に商売を不正な手段でダメにしたミュルデル家などには真摯な謝罪と相応の補償を求める」
「は、ははぁ! 畏まりました!」
別に私にアントン・ツヴァイクに対する命令権は無いのだけれど、せっかくなので彼の恐怖心を利用させてもらう。お兄さんも「使えるもんは徹底的に使い潰せ!」と言っていたし。
ともあれ、これ以上私がやるべきことはなく、後はアントンに任せれば良い。
こうして短くも長いエナフの町での数日間が終わりを告げたのだった。
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22時くらいにも続きを掲載します。
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