5-2.挨拶は大事
止めていた脚を前に踏み出すと、門番が二人とも襲いかかってきた。ただし、私が子どもの容姿をしているためか剣を鞘に戻して素手で。
私に気遣いは不要だが、向こうが素手なので私もそれに応じる。弾も安くはないので節約できるに越したことはない。
私を捕まえようと伸ばしてきた男の腕を半身になって避けて、そのまま相手の脚を払う。空中に体が浮いたところを左足で蹴り飛ばせば、門番Aの体がフィリップ邸の右門をまず開けてくれた。
「タイザーッ……!? こいつっ――ゴホォッ!?」
もう一人の門番Bが、門番A――タイザーと呼ばれた男に気を取られたので、その隙に彼の胸当てに義手である右拳を叩きつけると、甲高い音を響かせてその体が勢いよく飛んでいった。
「戦闘中のよそ見はおすすめしない」
門番Bも激突して門が左右両方開かれた。これは入門の許可が得られたものと思料する。そう一方的に解釈し、気を失った二人の脇を抜けて敷地内へと脚を踏み入れた。
家に近づくと、扉や窓を閉じていても聞こえてくる中の声を私の耳がとらえた。どうやらフィリップだけでなく他にも結構な人数がいるらしい。閉めた状態でもこれだけハッキリ聞こえてくるのだから、パーティか何かを相当に楽しんでいるものと推測する。
一応玄関のノッカーを鳴らしてみる。が、予想通り反応はない。もう一度鳴らしてみる。やはり無反応。困った。
ドアノブを回してみるけれど、鍵は掛かっているようで開かない。
なら、しかたない。数歩下がり、私はスカートの裾をつまみ上げた。
そして――右脚のミサイルポッドを準備する。使用期限切れで処分に困ってたけれど、ちょうどいい。義足からせり出したそれを、迷わず私は発射した。
白煙をたなびかせて頑丈な玄関扉に着弾。爆音とが響き扉が一瞬で木端微塵に砕け散った。
「お邪魔します」
挨拶は大事。エドヴァルドお兄さんが教えてくれたとおりに声を掛けて中に入る。人の家に勝手に入るのは失礼だけど、誰も開けてくれなかったのでしかたない。「そないな問題か?」とクレアのツッコミが聞こえた気がするけれど、たぶん幻聴だろう。
「な、なんだなんだっ!?」
さすがにこれだけ音を立てたからだろう。奥の方から男が数人慌てて飛び出してきて、それから粉々になった玄関を目の当たりにしてポカンと大きく口を開けた。
「ガキッ! まさかテメェの仕業かっ!?」
「肯定。フィリップ・ツヴァイクに荷物を届けに来た。ノッカーを鳴らしても誰も来なかったので勝手に入らせてもらった。彼の元への案内を要求する」
再び要求を伝えてみるけれど、彼らは銃を構え剣を引き抜いてきた。今にでも戦闘を始めるつもりのよう。
「貴方たちと戦闘する意志はない」
「どの口が言ってんだっ!?」
「どう見たってフィリップさんへのカチコミだろうがっ!」
……否定はできない。だけどフィリップ以外との戦闘は避けられるのであれば避けるつもり。そこは確か。門番の二人は押し通ったけれど。
「ふっざけんなっ! ガキでも容赦しねぇぞっ!!」
どうやら私の希望は叶わないらしい。まず最初に剣を抜いた一人が私へと襲いかかってきたので対処行動へと移行する。
敵の斬撃を一歩、二歩と下がりながら回避。さらに大上段から私の脳天目掛けて振り下ろされた渾身の一撃を横にステップして避ける。
そこへ男が薙ぎ払うように剣を振るってきた。跳躍してかわすと――そのまま男の側面目掛けて回し蹴りを繰り出す。
「げぼぉほぉ……!?」
蹴り飛ばされた男の体が白い壁に激突し、崩れ落ちる。見れば泡を吹いて白目になっていた。しばらくは目を覚まさないと推測。無力化に成功したと判断する。
「このっ……死にさらせぇっ!」
一人目がやられたことで躊躇がなくなったのか、残った三人が銃を発砲する。幸いにして男たちが持っているのは単発式の銃。なので銃口の向きを視認しながら最小限の動きで弾丸をかわしていく。
と、魔素の高まりを感知した。回避しながらその発生源を辿ると男の一人が銃撃しながらも口を動かしているのを確認。視認はできない。けれど、空気の揺らぎと急激に近づく魔素の存在を感じ取り体をとっさに捻った。
するとメイド服の袖が鋭利に切断された。どうやら銃撃に混じって風魔導を放ったらしい。
「ちっ……ならいくらでも撃ってやるよっ!!」
舌打ちしながらも男が再び詠唱を口にする。銃撃にくわえ不可視の風魔導も回避するとなると少し面倒。頑丈な私を十分に傷つけるほどの威力は無さそうではあるが、荷物はそうもいかない。
速やかに敵を無力化する必要がある。そう判断し、私は一度後退してエントランスホール左脇にある階段に身を隠し、敵の攻撃を遮蔽できる位置に荷物を置いた。
「二階に逃げたぞっ!」
「追いかけろっ!」
男たちが私を追いかけようとする。しかしその脚がすぐに止まった。
彼らが、足元に生じた自分たちのものとは違う影に視線を落とす。そしてゆっくりと見上げて――私と目が合った。
私は階段から飛び出し、バーニアを噴射しながら空中にホバリングしていた。
彼らが急いで銃を私に向け、けれど引き金にかかった指に力を入れる前に忠告。
「速やかな撤退を推奨する」
そうして私はスカートの裾を軽く振るい――手榴弾を落下させた。
見下ろす男たちの口がゆっくりと開いていく。視線が上から下へ。床に落ち、軽く跳ねるのを目撃したところで、自分たちが取るべき行動にようやく思考が追いついたらしい。
「に、逃げろ――」
床に転がったものに背を向け叫びながら走り出す。だけどその姿はほとばしる閃光に、叫び声は爆音にかき消された。
目もくらむ光がエントランスホールを真っ白に染め上げていって、その光が収まった頃に私は自分を覆っていた黒い影を解除した。足元は白い煙で完全に覆われていて、階段に転がしていた荷物を抱え直すと一階に降りる。
少しずつ煙が晴れていき、やがて現れたのは倒れ伏した先程の男たちの姿。とは言っても気絶してるだけで目立った怪我は無し。
何故なら私が落としたのは非殺傷性の、単に音と光と煙を撒き散らすだけのもの。いくら私でもさすがに家の中で爆発物を使用するほど常識外れではない。ミサイル? 何のことか分からない。
さて。これで障害の排除は完了した。
煙の奥には男たちが出てきた部屋があり、手榴弾の衝撃で今は扉が全開になっている。一際煌々とした灯りが廊下へもあふれてきて、だけれども部屋から軽快な音楽こそ流れているものの人の声は聞こえなくなっていた。
あふれる灯りや音楽とは対照的に煙は部屋の中へ流れ混んでいく。その煙とともに私も部屋に入っていった。
するとそこはリビングルームらしく、一部屋で私の店と同じくらい広かった。
足元には毛足の長い絨毯。見るからに高級そうなソファが幾つも並び、同じく高そうなローテーブルの上には、今の今まで騒ぎながら食べていたのだろうピザや菓子類が喰い散らかされていた。羨ましい。テーブル、持って帰れないだろうか。
それはともかく。
部屋の一番奥の上座。そこに明らかに怒り狂った様子のフィリップがいた。
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