4-3.私の好みには合わない
首に手が回ってくる。壊れ物を扱うように私の首筋を指先で撫で、熱いため息がかかった。
「せっかくフィリップくんをAクラスにしてあげてたくさんお金を貢いでもらってるのに、そんな事されたら贅沢できなくなっちゃうじゃない」
やはり不正だったか。認定試験で実際に戦ったのはシルヴィア?
「ううん、さすがにAクラスのモンスター相手に戦うのは無理。そこはフィリップくんがお金で雇ったB-1クラスの探索者たちで倒したの。やっぱりお金の力って偉大だよね」
「フィリップを不正してまでAクラスに認定したのは、お金が欲しかったから?」
「そう。Aクラスにしてあげたことで彼はプライドが満たされて私はお金持ちになれる。ウィンウィンの関係ってわけ」
「それにしては家が小さい」
「こっちの家はね。彼からもう一つ大きな家ももらったんだけど、一介のギルド職員が豪邸に住んでたら目立つじゃない? だから普段はこっちの家に住んでるの。その分、家具や魔導具は高級品を集めて、バッグやお化粧道具にもお金をかけてるんだ。このソファも座り心地がいいでしょ?」
「このソファは沈みすぎる。私の好みには合わない」
「あら、残念」
そう言って彼女は私の耳に軽く噛みついた。痛くはないけれど気持ち悪い。それでも黙って私が身じろぎせずにいると、彼女は小さく笑った。
「ふふふ……もうそろそろ効果が出てきた頃かな? 実はね、さっき飲んでくれた紅茶にちょっとだけお薬を入れてみたの。まだ少しは動けるかもしれないけれど、大丈夫。すぐに動くことも、考えることもできなくなるから」
「……なぜそのような事を?」
「好きなのよ」
噛んだ耳を優しく撫でる。それから舌先で舐めてきて、奇妙な感覚が背筋を走った。
「ノエルちゃんみたいな小さな子が好きなの。愛してあげたいの。愛して愛して愛して愛して愛してメチャクチャにしてあげるのがだーい好きなんだ。可愛い声を上げて鳴いて、許してって懇願してくる様子なんてたまらなくそそるの。そして最後には、私が命令したとおりに私を愛してくれるようになる。その瞬間が最っ高……分かる?
でもね、一度調教が終わっちゃうともう興味無くなっちゃうのよね。だからぁ、気に入った子を見つける度にここに招いて体に教えてあげるの。だけど、ギルド長がノエルちゃんをクビにしたじゃない? 聞いた時はあの阿呆を殺してやろうと思ったけど、まさかノエルちゃんがこうやって自分から来てくれるなんて思ってなかった。これも神様の思し召しって奴かなぁ?」
首だけをひねってシルヴィアを見上げる。彼女の頬が赤く上気していた。
「良い……その冷たい目。その反抗的な瞳が屈服して甘えた目に変わるまで何日かなぁ? 楽しみ。ね? 楽しくなぁい?」
「質問がある。私の前に貴方が屈服させた少女はどうした?」
「安心して。殺したりはしてないから。フィリップくんの家で引き取ってもらったり、その筋の商人に買ってもらったりしてるよ」
「その後は?」
「さあ? 知らない。運が良かったら生きてるんじゃないかな?」
そう。とりあえず知りたかった事は全部分かった。
「さて……そろそろお部屋に行こっか? 大丈夫、怖くないよ? 最初は優しくしてあげるから、ね?」
シルヴィアが、襟口から私の胸へそっと手を滑らせてきて――その手を私の義手がつかんだ。
「え?」
手を力づくで引き剥がし、座ったまま背負投げでシルヴィアを正面のテーブルに叩きつける。強かに彼女の背がぶつかったけれど、音が響いただけでテーブルはびくともしない。さすが高級品。私の店のテーブルならきっと木端微塵になってるに違いない。
「ど、どうして動けるの……?」
「私に薬物は効かない」
まったくというわけではないけれど、体内に入った毒物はほぼ無効化される。それは精霊と融合した魂のせいでもあり、戦時中に行われた訓練の賜物でもある。戦争が終わった今でもこうして役に立つのだから、私が過ごしたあの時間はまったく無意味というわけでもなかったのだと思う。
「くっ……!」
シルヴィアが蹴りを放ってきてそれを避ける。さすがは元探索者だけあって彼女の動きは機敏。私が回避した僅かな隙に、あっという間に窓際にたどり着いた。
窓へ飛び込み、ガラスの割れる音が響いて彼女が外へ逃げ出す。だけど外には冥魔導を展開済みだ。
「逃さない」
「ひぁっ……!?」
彼女の悲鳴が響く。割れた窓から覗けば、彼女の影から突き出た槍がスカートを貫いて足止めに成功していた。
そのまま影の紐で彼女の手足を拘束。そして。
「ひ、あああぁぁぁっっ!?」
そのまま割れた窓経由で家の中に戻ってきてもらった。
影の紐で持ち上げられた彼女の体が天井の照明にぶつかって壊れる。そこからもう一度テーブルに叩きつけてみるけれどやっぱり壊れない。これならモンスターが暴れても買い直す必要はないかもしれない。同じ物を店に並べたいと言ったら、クレアに怒られるだろうか。
「う……ごほっ、ごほっ! こぉのクソガキがぁ……!!」
思考を少し脱線させつつ、テーブルに倒れたシルヴィアの体を私の義足で踏みつけ押さえ込む。すると彼女は憤怒の表情で口汚く吠えた。ギルドでは清楚な印象だったけれど、こちらが彼女の本性なのかもしれない。
「この汚い脚をどけ――ひぃっ……!」
もっとも、それが知れたからといって何か変わるわけでもない。彼女とは今晩でこれっきりの付き合い。きっともう会うこともない。
だから――私は彼女の額に、銃口が露わになった右腕を押し付けた。
「あ、あ……」
「単に認定試験の不正だけならば拘束のみの予定だった。だけど誘拐略取、人身売買までとなると許容できない」
「こ、殺すの……? 殺したりしたら貴女だって――」
「問題ない。ここにはシルヴィアと私しかいない。シルヴィアが襲いかかってきたから抵抗していたら銃が暴発したことにする。それに、先程言ったとおりランドルフとは友人。もみ消すことは容易」
「や、やめて……」
「さよなら」
そして私は引き金を引いた。
銃声の余韻が完全に消えると、私は銃口を下ろした。
足元には頭から血を流して――はいないけれど、シルヴィアが泡を吹いて気を失っている。そして彼女の顔の隣には、穴だらけになったテーブルがあった。当然、シルヴィアを殺してはいない。不必要に人を殺害するのは良くないことだ。
それに、彼女にはまだ協力してもらわないといけない。あくまで本来の目的は、アルトの姉を救出すること。彼女の行動が気持ち悪くて気絶までさせてしまったけれど、このくらいは許容範囲。体をベタベタと触られるのは気持ち悪い。許せるのはサーラくらいだ。彼女は暖かいから許せる。とはいっても、彼女の場合は暑苦しいのだけれど。
「……」
シルヴィアがまさかこんな人間とは思っていなかった。人間見た目によらないとエドヴァルドお兄さんも常々言っていたけれど、今日も身をもって体験した。だからといって私に人の本性を見抜く力はつかないのだけれど、反省事項として記憶の片隅に留めておこう。
転がった彼女の体を抱えあげる。だらりと脱力した彼女の体を肩に担いで外に出ると、ルーヴェンに戻るために私はバーニアを噴射させて夜空へと舞い上がったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




