4-2.挨拶に来たと言った。あれは嘘
ギルドを出た私は静かになった町の中心部を離れ、ひっそりとした夜の住宅地に脚を踏み入れた。
住宅地と言ってもルーヴェンのように密集はしていなくて、小さな一軒家に庭がセットになっていて一軒一軒の間隔は広い。しかも庭には木々が植えられている家が多い。プライベートや騒音に配慮されてるのかもしれない。
これなら少々物音が立っても問題ない。そう考えながら私は扉をノックした。
「……はい、どちら様?」
時間が時間なので悪漢を警戒しているのかもしれない。家の中から訝しむ声が聞こえてきたけれど、私が名前を名乗ると扉があっさりと開いた。
「いらっしゃい、ノエルちゃん。どうしたの、こんな時間に?」
家主であるシルヴィア・ロヴネルが赤い髪を押さえながら私を見下ろした。普段からふわりとしたロングスカートを着ていたけれど、そういった服装が彼女の好みらしい。すでにパジャマに着替えてはいるものの、ゆったりとしたワンピースを着ている。長い髪はまだ少し湿っていて、どうやら風呂上がりのようだった。
「夜に失礼。明日の朝にここを離れるので挨拶に来た」
「……そっか、そうだったっけ。ゴメンね、せっかくルーヴェンから来てくれたのにウチのアホギルド長が失礼なことして。代わりに謝らせて」
「ユハナも同じような事を言っていた。だけど謝罪は不要」
「ふふっ、あの娘なら確かに言いそう」シルヴィアが小さく笑い声を上げた。「せっかく来てくれたし、中へどうぞ。お茶くらいは出せるから」
「感謝する」
彼女に招かれて家の中に入る。
外から見た様子と違い、中は立派な印象を受けた。広さは外見相応でもソファやテーブルなどは高級な物に見えるし、壁にも私でも耳にしたことがある有名な画家の物が飾られていた。もっとも、物の良し悪しや芸術の真贋は私には分からないけれど。
部屋の中を観察していると背後で鍵がかかる音がした。振り返るとシルヴィアが微笑んでいた。
「ソファに座ってて。今お茶を準備するから」
そう言って奥のキッチンに入っていく彼女の姿を追う。キッチンの棚や調理台には最新の生活魔導具が並んでいて、以前に店を開く前にカタログを見たけれどどれも高価だったと記憶している。どうせ買うなら良い物を買おうと思ったらクレアに「高いの買っても無駄や」と止められたのだけれど、今となれば彼女が正しかったと慧眼を褒め称えるしかない。
「どうしたの?」
「室内を観察していた。魔導具、調度品どれも高級な物に見える。羨ましい」
正直な感想を伝えるとシルヴィアが少し誇らしげに胸を張った。
「ありがとう。昔、私も探索者をやってたから、その時の蓄えで買ったの。後は……気前の良いお友達がいてね、プレゼントされちゃった」
「シルヴィアは美人。好意を抱く異性は多いと推量する」
出された物は一度は口をつけるのが礼儀だとエドヴァルドお兄さんに教えられたので、シルヴィアが出してくれた紅茶を一口飲む。すると、彼女が私をじっと見つめていた。
何か気になることでも?
「ううん、ただノエルちゃんの喋り方面白いなーって思って」
「私は話すのが苦手。話し方が固いとよく指摘される。不快に思ったのなら謝罪する」
「全然! ノエルちゃん可愛いから、話し方とのギャップがまた魅力的と思うな。だからそのままで良いと思うよ」
「承知した。だけれど、もう一つシルヴィアに謝罪する必要がある」
「ん?」
「挨拶に来たと最初に言った。あれは嘘」
そう告げるとシルヴィアが「え?」と目を丸くした。だけど、私が差し出した書類を目にすると一気に表情が険しくなる。
「これはフィリップのAクラス認定試験の時の書類。確認したら不備・不審な点が多数見つかった」
「……あー、これかぁ」書類を手に取りシルヴィアは困ったように、だけど柔らかく笑った。「この時、ちょっと仕事が忙しくてつい手抜きしちゃったんだ。ウチのギルドには私しか認定資格持った人いないし、他から呼ぶのも面倒でごまかしちゃったの。できれば……黙っててくれると助かるなぁ」
「手続きの不備は問題。だけれどそれ以上に内容自体に重大な疑義。フィリップの実力はAクラスとは思えない。先日の素材の剥ぎ取り技術含め、記載の評価内容とは一致しない」
「んー、最近のフィリップくんは性能の良い武器に頼ってばかりみたいだから腕が落ちちゃったのかな? 素材の剥ぎ取りも、仲間の探索者にやらせてたみたいだし。だけど試験の時はちゃんと相応の実力があったんだよ?」
話しながらシルヴィアが立ち上がった。私の方に目を向けず、自分のカップをキッチンに片付け、けれど戻ってきてもソファには座らず部屋の調度品に触りながら室内を歩き回っている。
「実力が変化したのであれば正しいクラスに評価し直す必要がある。実力以上のエリアに入れないからその方が本人も安全」
「だけどそれってギルド長の承認が要るよね? あのギルド長がうんって言うかなぁ……?」
「問題ない。ここはルーヴェン支部の管理下。ルーヴェンのギルド長であるランドルフと私は友人関係にある。エナフのギルド長より上位の彼に再評価の承認を依頼する」
そう伝えると、背後でシルヴィアが立ち止まる。私の肩に手を乗せ、そして口元を耳に近づけて囁いてきた。
「いけないなぁ……そんな事されたら困っちゃうじゃない」
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